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『自分探し』のはずが、高校の科学部合宿に加えられた僕の旅が、もうすぐ終わる。

 列車のドアが閉まり、プシューというため息のあと、大儀そうに動き出した。

 右から左へと流れていくホームを見ながら、僕は初めて東京に来た今年の冬の日を思い出した。高校の受験の帰りのホームに、切符を失くした女子学生がいた。たぶん彼女も、僕が今通っている高校を受けたのかもしれない。だが、学校内で彼女らしき人は見たことがないので、他の高校へ進学したのだろう。とはいえ、彼女の容姿なんか全く覚えていないが。いや、傷痕があったような、気がする。なかったかな?

「うん? 赤木あかぎくん、何しているの? 早くきなよ」

 後ろから声をかけられた。振り返ってみると、視野の中心に背の低い女性が映った。

 中途半端な長さで真っ直ぐな髪は、彼女のちょっと大きめで鋭い瞳をカーテンのように覆い隠している。その目は、車内の明かりを映し光っている。

 その目のせいで、見た目恐いと感じたりもするが、よく見ると世間一般に言う『顔立ちの整った娘』という印象を受ける奇妙な人だ。

 僕は「あー……はい」とあいまいに答える。彼女はそれを聞き、僕を待たずに左手の車両へと消えた。

 揺れ動く車両は、先日乗ったバス内よりも歩きにくいとは思わなかった。通路に障害物はない。少々ふらついても平気だ。

 壁の手すりに掴まって歩く。自動ドアがあり、開くのを待って車両内に入る。

 ――あー……。

 車内を見て、僕はそういう感想ともいえない感想を抱いた。広がっていたのは今まで見たことのないような構造。新鮮さが僕を感嘆させた。

 まず入るとすぐに壁があった。驚いたが、右手に通路があり、ちょうどイギリス辺りを昔は走っていたと思われる、機関車の客車みたいである。機関車の車両は個室のようになっているが、この車両は区切りがなく吹き抜けで、二段ベッドが反対側まで続いていた。

 ベッドは細長で、上下段合わせて一四台ある。つまり、ひとつの段に七台あるということだ。それらの寝台は吹き抜けで、隣の席も見えるのだが、申しわけ程度に台と台の境に板があった。寝転がれば隣人の顔ぐらいは見えないだろう。

 僕らは一番手前の二列、ベッド四台分が指定されていた。四台のうち、正面から見て左下が僕、その隣が科学部の先輩であるほり先輩。僕の上は部長の伊森いもり先輩。そして、残った台が……。

「先輩! すごいですよ! こんな高い場所に車窓が!」

 科学部紅一点、真乙まおつさんである。

「上からの景色が見たいからって、なあ?」

 真乙さんを無視して、伊森先輩が細長い目をさらに細くして言う。

「女性の方が、早く大人になると聞くんですが」

 僕は、本人に聞かれないよう小声で話した。先輩は苦笑いした。

「あ、べつに先輩がまだ子供っぽいとか、そういう意味合いはありませんからね……」

「べつにいいよ」

 先輩は笑う。

 僕は一息つくため、自分の席に荷物を置いた。横になると窓から外が見えた。わりと大きめの窓である。反転してよく外を見る。バスのように地面ぎりぎりまでボディーが造られているこの列車の窓からは、いつもより近くに砂利が見えた。他すべての景色も、新たな感動を覚える。

 しばし外を見てから通路に出ることにした。向きをかえ、頭を通路に出す。と、不意に頭を上から押さえらえた。もちろん驚き、上を睨んだ。ちょっと大きめの目が僕の顔を覗き込んでいた。それにも驚き、わっ! と身じろいだ。

「ハハハッ。赤木くん、ナイスリアクションだよ!」

 いたずらを仕掛けたのは真乙さんだった。僕は「そんなことすると、いつか殴りますよ」と脅迫するが、「できるものならやってみなさい」と鼻で笑われた。たいそう腹が立った。だが、しょせんは大言壮語だったので、「そのうちね」と小声で言い、通路に立った。振り返ると、ちょうど目の高さに彼女の顔があった。小動物でも観察しているような、次の行動を心待ちする目だった。そんな目を向けられて喜ぶ人はいないだろう。

「ねえ、この列車にはおもしろい場所とかないの?」

 彼女はにこにこ尋ねてきた。

「どこかに、この列車の見取り図のようなものはないのかな?」

 目を逸らしながら、誰に聞くわけでもなくつぶやいてみた。

「探検するの?」

 嬉々として真乙さんが言う。目を向けると、彼女の口元は綺麗な半円を描いていた。

「……だとしても、どっちに行きます?」

 前方車両と後方車両を、両手で指しながら聞いた。

「えーと……君が決めて」

 これといって考えもしないうちから、彼女はそう言い放った。

「すこしは……まあ、いいか」

 僕は左を指差した。

「前方車両か……。わかった」

 彼女は横幅の狭い梯子を下りてきた。最後の一段はジャンプし、着地と同時に伊森先輩に「では、行ってきます」と告げた。

「さあ、行きますか」

 僕に言って、ひとりで歩いていった。

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