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「僕はそれを、否定しない」

 尚彦さんがそう言うと、一気にこの部屋の温度が十度下がったのではないかという寒気を感じた。真乙さんが、身を強張らせるがわかった。さっきまでとは近い位置に、彼女がいた。顔色が悪い。

「事件の真相を、話してほしい?」

 そう聞かれ、僕は真乙さんを見た。彼女は鬱々した目を前に向けたまま、小さくうなずいた。

「夜椅ちゃんの誕生日の前日、僕は夜椅ちゃんの家をおとずれていたんだ。でも、夜遅くに尋ねたし、夜椅ちゃんは風邪を引いていたこともあって、覚えてはいないだろうけどね。

 なぜおとずれたかというと、敏哉としやさん――夜椅ちゃんのお父さんは就職活動を手助けする会社に勤めていただろう? だから僕は、就職について話したいことがあって尋ねたんだよ。だけど、敏哉さんは出張で家にはいなかった。だが姉は、あと二、三日したら帰ってくるから、それまで泊まっていけばいいと言ったんだ。当時僕は東京に住んでいたから、君の家を尋ねるだけで一苦労だったんだ。

 その翌日――つまり事件の日だけど、その日はまだ、夜椅ちゃんは風邪にうなされてた。そんなとき、夜椅ちゃんの友達が四人ほどやってきたんだ。姉はすぐにその友達を帰した。そのとき姉が『夜椅は、クラスでも人気者だったんだから』と誇らしげに言っていたんだ。だから、思わず赤木くんにあんなことを言ってしまったんだよ」

 尚彦さんはそこで話しを止め、僕らを交互に見た。ふと真乙さんを見ると、顔色が戻りつつあった。それを尚彦さんも確認したのか、話しを再開した。

「姉は夕方近く、近くのケーキ屋へケーキを取りに行くと言って家を出たんだ。そこで僕は――今思うと、本当に自分でも信じられないな……。僕は家に姉がいなくなることをいいことに、真乙家の財産を盗もうと考えてしまったんだ。僕も近くのコンビニで買いたいものがあると言って、姉とともに外に出た。僕の方が早く帰ってくるだろうと姉から鍵は預かった。ケーキ屋とは反対方向にあったコンビニへ向かう振りをして、僕は姉の姿が見えなくなってから家に戻って、鍵を開けて家の中を物色したんだ」

 尚彦さんの顔には、過去のあやまちを恥じる苦痛が笑顔を掻き消していた。真乙さんは呆然と姿勢をかえず、尚彦さんの言葉に耳をかたむけていたるように見えた。見えただけかもしれないが。

「……僕が台所にいたとき、布団で横になっていたはずの夜椅ちゃんが、僕の前にあらわれた。

 僕は騒々しく動き回ったせいで、テーブルの上に置いてあったコップを落として割ってしまったんだよ。その音が、夜椅ちゃんを起こしたんだろう。知らないあいだに僕の背後までやってきた夜椅ちゃんに、背後からいきなり声をかけられたんだ。それに驚いて、僕はいきおいよく振り向いたんだ。そのとき、僕のほぼ真後ろに立っていた夜椅ちゃんの頭に、僕の肘があたったんだ。そして夜椅ちゃんは倒れこみ、タイル張りの床に頭を打ちつけた。しかも夜椅ちゃんが倒れた場所には、僕が割ったコップが片されないで残っていたんだ。その破片のひとつが夜椅ちゃんの首筋に食い込んだんだ……」

「すぐ、真乙さんの小母さんが帰ってきたんですね?」

 尚彦さんはうなずいた。

「姉はたいそう驚いたが僕をかばってくれてね……。即席で強盗をでっちあげたんだ」

 ――弟を思う姉……僕には、一生理解のできない次元だな。

 場違いなことを僕は考えていた。しかし隣の真乙さんを見ると、あまり僕とかわらない思考を巡らしているように思われた。

「薄々、こんな日が来るんじゃないかとは思っていた。夜椅ちゃんが僕を見るとき、目に光を失くすことがあることに気づいたんだ。もしかしたら、事件当日の記憶が戻りつつあるのかと覚悟していたんだ……こんな展開は、まったく予想できなかったけどね」

 尚彦さんは、いっそうと薄い微笑を向けた。それは、僕に向けられていた。

 話はこれで終わりだ。僕は真乙さんを見やり、表情をうかがった。今まで生気のなかった目に活力が戻り、いつの間にか僕を掴んでいた手が緩まっている。

「……わかったら、すっきりしました」

 彼女は微笑した。だがそれは、空元気からくるものだ。彼女は、長いあいだ偽りの中をすごしてきたのだ。それは、知らない方がよかった事実かもしれない。だが、いずれわかることだったかもしれない。

「今日は、ここまでにしよう。……夜椅ちゃん、またいつか会った日にこの話をしよう。もちろん、敏哉さんも交えてさ。この事件について真実を知らないのは、もう敏哉さんしかいないからね」

 尚彦さんは、本当にすまなさそうな顔をして真乙さんに言った。真乙さんは深く一回、吹っ切れたようにうなずいた。

 僕たちは立ち上がり、一礼をしてから部屋をあとにした。

 真乙さんの後ろを歩き六号車へ戻るあいだ、真乙さんの足取りはいつになくふらふらになっていた。それは疲れからというわけではなさそうだった。決して、吹っ切れたわけではないのだ。

 初めて僕は、彼女のために何かしてあげられないか、と真剣に考えた。

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