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 真乙さんが、思い出したという彼女自身の記憶を聞かせてくれた。聞いているうちに、彼女が不審に思ったように、僕も話の矛盾を知った。

「……それにしても、なんでそんな重要なことを、今まで忘れてたんですか?」

「……たぶん、記憶なんてあいまいなものだから、必要ないと判断したら、忘れちゃうじゃない。それといっしょだよ」

「……やっぱり、事件の影響で忘れていたんじゃないんですか?」

「そうだね」

 僕らはため息を吐いた。どうやら真乙さん、話しをしたことによって気分が楽になったようで、いつもみたいに笑顔を見せはじめた。

「それじゃあ、おかしいところを上げてみよう」

 ハキハキと言って、真乙さんは壁に身をかたむけた。

「僕は、真乙さんの小母さんの発言に矛盾点を見つけました」

 真乙さんはうなずく。

「だってお母さん、警察には連絡したって言ってたのに……」

「それから尚彦さん。尚彦さんは、あなたが事件以前どんな子だったのかを知っていた」

「え?」

 僕の発言を真乙さんは、聞き間違いかな? というふうに顔をゆがませた。

「実は、真乙さんから事件について話してもらう前に、尚彦さんから話は聞いていたんです。……真乙さんが電話でいなかったあいだにですよ」

 真乙さんが険悪そうな表情で睨んだ。

「睨まないでください……。興味があったんです……。尚彦さんはそのとき、あなたの幼少期について、『友達がたくさんいるような明るい子だった』と言ってました。真乙さん自身は生きていくうえで普通に忘れたのだと思われますが、あなたは幼稚園時代、友達がたくさんいたんですよ。尚彦さんが証言しています」

「でも、変だよ。だって叔父さん、私と初めて会ったの、事件のあとだもん……」

「だからですよ。それならなぜ、尚彦さんはそんなことを言ったんでしょうか?」

 真乙さんは頭を抱えた。情報が錯綜しているのだ。真実がなんであるのか、わからない。

「赤木くんは、何が言いたいの?」

 彼女はその場にしゃがみこんだ。

「……僕が考えついた仮説があります。

 小母さんは警察に通報することができなかった。環境面ではそんなことはないはずだから、精神面がそうしたのだと思われます」

 僕の仮説は、真乙さんを悲しませる結果をもたらすような気がした。それもすぐに埋まる悲しみではなく、一生き残り続ける刃物の傷跡のように思われた。

「僕は、君のお母さんが尚彦さんをかばっているように思えました。なぜかばう必要があるのかは、たぶん事件と関係があるからだと思います。事件に尚彦さんが関わっていたから、警察に連絡するのをためらったのかもしれません」

 真乙さんは僕の話しを黙って聞いていた。話し終えても、僕を見上げたまま、何も言わずに沈黙している。睨めっこというわけではないので、僕は気恥ずかしくなって視線をはずした。

「……そうか、赤木くんもそう考えたのか」

 消え入りそうな声を出して、真乙さんは立ち上がった。

「そう考えたって……?」

 真乙さんは僕の横をすぎ、尚彦さんの部屋へ向かって歩き出した。

「本人に聞いて、確かめる」

「でも……」

 ――それで尚彦さんが、あなたにとって絶望的な発言をしたとき、あなたは平気でいられるんですか?

「大丈夫。でも、いっしょに来てよ。ね?」

 僕のところに戻ってきて、僕の手首を掴んだ。拒絶反応を見せるよりも速く、彼女は僕を引っ張っていた。

 僕の方が先に精神崩壊を起こすのではないかと思った。


 一度は尋ねた部屋の前で、僕と真乙さんは深呼吸をした。深く息を吐く度に、僕の手首は堅く束縛されていった。

 真乙さんが、ドアを二回、叩いた。部屋の中から、尚彦さんの声が聞こえる。足音が近づき、薄暗い廊下に室内の明かりが漏れた。

「おや、また君たちかい?」

 尚彦さんは笑顔を見せた。

「尚彦叔父さんに、ちょっと聞きたいことがあって……」

 真乙さんが切り出した。尚彦さんは「何かな?」と笑顔を続けた。しかし、真乙さんはそれ以上もの言わなかった。

「どうしたの? とりあえず、入りなさい」

 招き入れられ、僕らは前回と同じようにベッドの端に腰かけて座った。尚彦さんも同じように椅子に座った。

「で、どうしたんだい?」

 直彦さんが促すが、真乙さんは一向に口を開こうとはしなかった。だから、かわりに僕が話した。

「尚彦さん、十年前にあった真乙さんの事件について、聞かせてほしいことがあります……」

 真乙さんにかわって、僕は尚彦さんに聞いた。

「強盗事件のことかい?」

「はい」

「事件について、どんなことを聞きたいんだい?」

「その前に、尚彦さんはいつ真乙さんと初めて会ったんですか?」

 僕が聞くと、彼は「ふーん……」と唸った。それから、「確か、夜椅ちゃんが小学校に入ってからだと思うけど」と答えた。

「……わかりました。ところで、僕らはここに、尚彦さんから事件について話を聞かせてもらいたいから来たわけではありません」

 尚彦さんは眉をひそめた。

「その事件について考えた推測を、聞いてもらいたかったんです」

 尚彦さんはしばらく押し黙ったあと、「それはおもしろい」と言った。僕はその反応に驚き、自分の考えは全くの的外れなのではないかと思った。が、真乙さんがまだ腕を掴んでいることに気づき、話すことにした。


 話し終えると、彼は驚きの表情を浮かべていた。

「……どうですか。間違っていますか?」

 僕の質問に答えず、尚彦さんは目をつむったまま腕組みをした。

「どうなの、叔父さん。赤木くんの話、あたっているの?」

 今まで口を閉ざしていた真乙さんの声に反応して、尚彦さんは目を開けた。そして、ため息を吐いた。僕は、自分の考えが外れたのだと思った。

「……赤木くん。君は、僕は強盗の正体だと思っているのだろう?」

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