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「そうなんですか……。知りませんでした」

 真乙さんの顔は、石像のように固まり、目には恐れをともなった無力さがあった。

「ねえ、本当に聞いてなかったの?」

 小母さんが恐縮したように聞いてきた。もちろん僕は、そんなことはないことを説明した。

「つい三日前に知りあったばかりなので」

 その返答に小母さん驚いたようで、そうだったの? とふたたび質問してきた。そうですよと答えると、気が抜けたように小母さんは笑った。

「そうだったんだ。でもまあ、これからよろしくね。ところであの子、君とは苦もなく仲良くなったの?」

 急に話題がかわり反応に迷ったが、

「はい、どちらかというと、僕の方が打ち解けるのに苦労しますが。今も含めて」

 小母さんは意外そうに、へぇーと息を漏らした。どうしてですかと聞くと、小母さんは嬉しそうに、「いやね、小学校に入る前までは人見知りすることなかったんだけど、小学校に入ってから人見知りをするようになって、友達ができなくなったのよ。だからちょっと驚いたの。まあ、あとすこししかないけど、そのあいだ娘をよろしくね。それじゃあね」

 小母さんは言い終え、電話を切ろうとした。だが、勝手に接続を絶っていいものかわからないので、「真乙さんにかわらなくていいんですか?」と尋ねた。小母さんは、「かまわないよ」と言った。真乙さんを見ると、彼女も「切っていいよ」と言ったので、「それでは、さようなら」と会話を終わらせ、通話を切った。接続が切れたばかりの電話のディスプレイには、七分三二秒と通話時間が表示されていた。

 電話を真乙さんに返し、彼女が何かを言うのを待った。が、しばらく待っても彼女の口からは、空気を震わせるようなものは生まれず、閉じられたままだった。

「引っ越し、するようですね?」

 話しかけると彼女は少々うろたえ、それでもしっかりと首を縦に振った。彼女は、そのまま下を向いて俯いた。

「夏休み、って早いですね。それに、文化祭も無理ですね」

 クラスで文化祭に何をやるのか話していたような気がする。そのとき、クラス委員か誰かが、文化祭は夏休み開けすぐにあるようなことをみんなにうったえていた。

「引っ越すんですか?」

 真乙さんが無言を貫くので、仕方なく僕が話しかける。それでも彼女は「…………」となんらかの反応も示さなかった。バイブレーションもかからないマナーモード中の携帯電話みたいだと思った。黙ってないで、何か伝えることがあるのでないか?

 ガラス窓の闇がさらに濃くなり、くぐもった振動音が僕らをつつんだ。車窓に黄色いランプが見え隠れして、その光が真乙さんを照らした。

 トンネル内を圧迫するような感覚が起こり、車内がひとまわり小さくなったような気がした。その分真乙さんの存在が大きくなり、よけいに脆い彼女の姿が眼球に焼きつくみたいだ。

「どこに、引っ越すんですか?」

「……埼玉の方」

 ここでやっと、彼女は反応を示した。

「なんとか通えないんですか?」

「片道二時間半」

「……それは、無理ですね。始業は八時半ですし」

 真乙さんは顔を上げ、うなずいた。前髪が乱れ、左目があらわになったが、すぐに頭を振って両目とも髪に隠された。

「転校先では、友人ができるといいですね」

「……無理だよ。私には、無理」

 僕の声にかぶるように、真乙さんは小声で囁いた。彼女の言った言葉が、人を安心されるような内容ならば、女性歌手のような声だと思った。すーと張った氷の上でたたずむような、危なげな声音だった。

「……そうですか、友達作りは下手ですか……。でも、あなたは僕と、気がねなく話しているではないですか。しかも、会って二日三日とかからずに」

「それは、久しぶりに気分が晴れていたからだよ。初めて深夜バスに乗ったから、気分が高揚していたんだよ。だから、クラスで見かける君と、話すことができたんだよ」

 友人がいなかったのは、僕だけではなかった。真乙さんもクラスでひとり、孤独でいたのだ。親しい人としかうまく話せない人がいることを、僕は知っている。僕がその人種であるからだ。時々、自ら友人というものを破棄する人もいる。僕はそれに近い。しかし、真乙さんは違うであろう。彼女はたぶん、過去の事件が原因なのだ。

「大丈夫ですよ。事件前までのあなたは、明るく、人見知りするような子供じゃなかったんだ」

「そんなことはないよ。私は事件以前の記憶も、すこしずつ思い出してきたけれど、友達と遊んでいるような風景は、思い出せないんだよ」

 僕は彼女のその発言に、戸惑ってしまい、思わず「え?」とつぶやいていた。

「どうしたの?」

 僕の小さな驚きを真乙さんは指摘した。

「いや、だって……」

 ――あなたのお母さんは、幼稚園のときは友達がいたと言っていたよ……。それに……。

「真乙さん」

「え、な、何?」

 梅雨時の天気のように、僕の表情が急変したため、彼女はちょっとしりぞいた。僕ではなく、彼女自身が僕から距離を取った。

「事件の前、あなたは尚彦さんと会ったことはありましたっけ?」

「いや、たぶんなかったと思うけれど……親に確認しないと、なんともいえない。でも、なんで?」

「ちょっと気になって……。あのう、小母さんに電話で確認してもらっていいですか?」

 いぶかしがりながらも、真乙さんは了承した。携帯電話を取り出し、自宅へと回線をつなげた。真乙さんは、耳元に受話口をあてた。

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