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これは『Holiday -Midnight Bus-』の続きとなります。続編というわけではなく、『Holiday』という物語の後編にあたります。ややこしくてすみません。
今年の一月のある日のことだった。僕はその日、都内の私立高校受験の日だった。
国語、数学、英語とテストを終えて、ほとんど放心状態のまま、実家のある北海道へ帰るため、東京駅に辿り着いた。
――寒い……。
東京はその日、むろん寒かった空は曇天模様で、今にも雪が降ってきそうだった。駅構内に入っても寒いのはかわらず、寒さに手が震え、空港行きの切符を買うのに手間取ったりした。
僕と同じように高校を受験した中学生が多く、駅にいる人間の十人に七人は、黒いブレザーや学ランを着ていた。同じ中学同士かと思える男子の集団や、女子の集団がいた。
それらの集団をなんとか避けながら、目的のホームを目指した。駅は込み合っているし複雑な構造でもあるので、目的のホームにはなかなか辿りつけなかった。それでも、なんとかホームへと通じる階段を見つけ、それを下りた。
電車は、まだ来ていなかった。時刻表を見ると、つい一分前に出たばかりで、次が来るのは十分後だった。ひとまず、近くのベンチに座って電車を待った。
何もしないで呆けていると、階段を誰かが下りてくる音がした。どこか、陰鬱そうな足音だった。足音が一瞬やみ、でもすぐにまた鳴りだした。一度顔を上げてみると、その足音の主は、口元に手をあててしきりに息を吹きかけている女子学生だった。
その女子学生は、僕の右斜め前で背を向けて立ち、しきりにブレザーのポケットに手を入れて、何かを探すような仕草をした。
女子学生がやってきて五分ほど経ったころのこと、ふたたび顔を上げてみると、彼女はまたポケットに手を入れて、何かの存在を確認した。と、彼女がポケットから手を出したとき、何かが巣穴から出てくる蟻のように、彼女の手に引っかかりながら出てきた。それは僕の目の前に落ちた。彼女はそれに気づいていないらしく、落ちたものを拾おうとはしなかった。
落ちたものは切符だった。どうやら、彼女は極度の心配性らしい、と判断した。が、僕はそれを拾って彼女に渡そうとはしなかった。頭では、拾って渡そうという考えも浮かんだが、どこからか湧いてきた気恥ずかしさから、それができなかった。それに、きっと気づくことだろうし。
数秒後、彼女は定期的にポケットに手を入れ、何かがなくなっていることに気づいた。あわてて彼女は体中を手で叩いたり、足元を見回したりした。
僕はそこで足元の切符を手に取り、情けない勇気を出して、彼女に話しかけた。どうにも切符のありかに気づきそうになかったのだ。
「あのう……」
返ってきた反応は「キャー!」だった。その反応から、僕のことには今まで気づいていなかったのでは、と彼女の注意力を疑った。
「え、あ……な、なんですか?」
身構えて彼女は聞いた。
「驚かしてすみません。いや、さっきから何かを探しているようなので、もしかしたらこれを探しているのかと思って……」
切符を見せると、彼女は「あっ!」と小さく叫んで受け取った。
「ど、どうもありがとうございます……。あのう、これは、どこにありましたか?」
「僕のすぐ足元に……」
僕は彼女と目を合わせないように、切符を見ながら話していたが、そこで初めて彼女のことを正視した。
髪が長く、肩にまでかかっている。目が、常人よりもすこしばかり大きく思えた。
人をじろじろ見るわけにも行かないので、というよりも、すでに僕の精神状態は壊れそうになっていたので、ベンチに座りなおして、顔を伏せた。
電車がやってきて、それに乗った。彼女も乗った。
彼女は三つ目の駅で降りた。降りるとき、髪が揺れてあらわになった首筋に、切り傷が見えた。
それが、なぜだかとても、僕にとって重要な何かであったような気がした。気のせいかもしれないけど。