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レプリカ

作者: 典之


「自分を永遠の存在にするにはどうすればいいと思う?」

暗い部屋の中にいる溶媒液の中の少年に男は問いかけた。

「簡単な方法は自分のクローンを作ることだ。この方法ならば自分の遺伝子という存在は永遠のものとなる。」

溶媒液の中の少年は答えず、男は少年が入っているカプセルの周りをぐるぐる歩き回りながら自問自答している。

「しかし、クローンには問題が一つ存在する。クローン技術によって複製された人間にはオリジナルの意識や嗜好が一致しない。人間の意識を構成するのは遺伝子ではなく、成長段階での外的影響なのだから。」

少年はまだ男の話を黙って聞いている。

「もう一つの方法は脳の中の記憶、つまりオリジナルの所持している情報を丸ごと別の器に移植することだ。」

ぐるぐるカプセルの周りを歩き回っていた男はちょうど少年と対面する形で立ち止まった。

「人間の中にあるありとあらゆる情報はこれまさにその人間の存在そのものと言える。幸いなことに現在では脳の中の記憶は全て取り出せるようになった。しかしこれもまた問題がある。」

少年が培養液の中で口を開くが、声は泡となって消えてしまった。そのことを気にする様子もなく、男は話し続ける。

「記憶を取り出せばオリジナルは死ぬ。それに取り出した後の器にその記憶を定着させる確率は極めて低い。何故か?先ほど証言したように人間の意識は外的影響によって構成される。また今の科学技術では、初めから理想の年齢層のクローンを作ることができないからだ。」

立ちっぱなしが疲れたのか、男はどこからか椅子を持って来るとカプセルの前に椅子を置き、そこに座った。

「そこで考えられたのが、理想の年齢層までクローン人間を外的影響に晒させずに成長させ、情報を移植する方法だ。この方法ならばオリジナルのニーズに応えることが可能となり、我々研究者の数世紀に渡る永遠の命への追求に一応の終止符が打たれたわけだ。」

そこで男は一旦言葉を止め、少年に向かって皮肉げに笑った。

「しかし、どのようなことにも例外は存在する。例えば、俺の前にいる君のように。」

少年はその言葉に反応し口を開くが、また声は泡となってしまった。

「確かに君は誕生し、意識を獲得してからはその培養液の中が世界の全てであり、後はオリジナルの情報を組み込まれるのを待つだけだったのだろう?事実君にはもう情報が移植された後だ。なのに君、覚えているかね? 情報移植後、初めて発した言葉を。」

カプセルの中の少年のオリジナルは難病を患った富裕層の一人息子だった。少年の両親がカプセルの中の少年がオリジナルの亡くなった年齢に達したという連絡を受けて飛んできた際に少年が両親に向かってこう言ったのだ。

『私は、目の前にいる、男女を、知らない。』

「あの後は大変だった。情報がきちんと移植出来ていなかっただとか、俺が君に何かしら影響を与えていただとか。色々と面倒があったが何とかなったよ。若干手荒な手を使わなかった訳でもないが。」

男がカプセルの真後ろにあるスイッチを押すと、カプセルの中の培養液が抜け落ちた。

「私は、誰、なのですか。」

今まで声帯を振動させてこなかったからか、声の出し方が妙であるが少年はついに話せるようになった。

「書類上ではとある富豪の一人息子だった。だが、もうその縛りもない。俺が君にはこの世の何よりも価値がある存在だと言ったのに、無能な奴らは君を処分すると言った。外的影響を受けずに自我を獲得し、あろうことか移植した情報を跳ね除けた君を。だから始末した。」

「始末、とは?この、周りに、転がっ、ている、人、の、こと、ですか?あなた、以外、の、人、は、何故、動、かない、の、ですか?」

男は少年の問いには答えず、黙ってカプセルを開いた。

「質問、に、答え、る、べき、では?あの、人、たち、は、どう、なって、いる、の、ですか?」

「どうなってもいないさ。ただ、体が出血多量で活動停止し、このまま腐敗していくだけだ。」

男はぞんざいに少年の問いに答えると、近くにあった女性の死体から白衣を剥ぎ取り少年に放り投げた。

「ちょっと汚れているが、とりあえずはそれを身につけておいてくれ。全裸で出歩かれてもかなわんからな。シャツやズボンは後から探せばいい。」

「これから、私は、どう、すれ、ば?」

もたつきながら白衣を身につけた少年は男の後を追う。

「そんなものは後から考えたまえ。君は俺と一緒に逃げるのだから。全てが終わってしまってから君は自分のことを考えろ。」

「自分、の、こと、」

「もちろん君は俺の実験対象であることを忘れるなよ。俺はお偉い方や、富や名声なんてどうでもいい。研究さえできるなら俺はなんだってやる。邪魔する奴は何人でも殺してやるとも。」

「これ、から、私、たちは、どこへ?」

少年は部屋の出口に向かう。暗い部屋から明るい廊下は通常よりも眩しく感じる。部屋の中では分からなかったが、男の白衣は血塗れだった。

出口の横で男は恭しく出口を少年に示した。

「ようこそ、新世界へ。」

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