運命の出会いはそこまで劇的じゃない
河原からフラフラと走り、諏訪君達が見えない所まで来た僕は足を止めました。
乱れた息のまま、僕は自分の身体に目をやります。
長袖長ズボンの服は血や泥で汚れています。
しかし、この服のおかげで怪我が露わにはなっていません。服の汚れは目立ちますが…。
けれど、蹴られる前に実は殴られていた顔はズキズキと鈍い痛みを訴えています。
きっと紅く膨れ上がっている事でしょう。こればかりは隠しようがありません。
顔だけでも医療魔法で治せればいいのですが、医療魔法なんて高度な魔法、僕が使えるはずありません。
僕はこれからの予定を思い出しました。
(この状態どうしよう…。これからデパートで買い物しなくちゃいけないのに…)
一度家に帰って着替えてこようかとも思いましたが、そうすると夕ご飯の準備に間に合わなくなってしまいます。
(……う、う~~ん…。人の目が痛いのを我慢すればいい…かな?べっべつに悪いことじゃないし……良いことでもないけど…。はぁぁ~…まさか春休みに諏訪君達と会うとは思わなかった)
そう、今は中学3年生の春休みです。
もうすぐ始まる高校生活に想像を膨らませる時期に僕は友達から袋叩きにされたのです。我ながらなんて情けない話でしょう…。
(ほんとばったり会うなんて…普通の友達だったら遊ぼうって誘われるところだけど…そんなこと絶対ないし…)
僕はとてもどんくさくて弱い人間なので、諏訪君達のような常に堂々としていて強い人達には苛立ちの対象なのです。
しかし、今まで殴る蹴るなどの行為はされてきましたが、攻撃魔法を向けられたのは今回が初めてです。
(本当に驚いた…。一体どうしたんだろう?僕がいつまでも無抵抗なのが逆に腹が立つのかなぁ…?)
そんな考えても仕方ないことを考えているうちに目的の大型デパートに着きました。
今日は月に一度のポイント倍増デイなのです。
(夕ご飯のことを考えて気を紛らわそう…)
その考え通り、買い物を進めている内に次第に気持ちが晴れてきました。予想通り周りの目は少々痛いですが…やはり月1の特別な日とあっていつもより多くの人がいます。
多くの人は僕と同様夕ご飯の買い出しなのでしょう。またお菓子売り場の前のテレビコーナーでは子どもが幼児向けアニメを見ています。
デパートというのは様々な人達の生活を少し垣間見える空間だと思います。
河原でのあの恐怖体験が遠い昔のように感じました。
(……ここにずっといたいなぁ。…なんて)
買い物を終え、デパートの出入り口へ向かいながら僕はそんなバカげたことを思いました。
―――…その時でした。
「なぁ」
バンッ!
「イッ…!!」
突然、誰かにもの凄い勢いで肩に手を置かれました。
「あ、わりぃ。痛かったか?」
突然の衝撃に気が動転しながらも僕は声がした方を振り返りました。
そこには背の高い青年が立っていました。
しかしその青年は―――…
(若いのに白髪…っ!?しかも毛先赤いっ!なんかアクセサリーいっぱいだしっ!!)
赤髪に上から白を落としたかのような赤と白の髪。
首には2輪のリングとネックレス。
他にもピアスに指輪、ブレスレットなど、たくさんのアクセサリーをしています。
僕は経験上、こういう部類の人達とは相性が悪いことを知っています。いや、パシりパシられという関係では相性は最高なのですが…。
「うおっ!お前どうした!?顔めっちゃ腫れあがってるけど」
僕が青年の外見に驚いたように、彼も僕の痛々しい顔に驚いています。
僕はとっさに腫れあがった左頬を手で隠しました。
「あっ…えっと……お気になさらず。…そっ…それより、なんでしょうか?」
僕は身体を硬直させながら、か細い声で尋ねました。心臓は恐怖と羞恥でバクバクです。
「お気にならさずって言われてもなぁ…。服も汚れてるし」
青年は僕の身体をじぃっと見ています。
たしかに僕の今の状態は、「お気になさらず」と言われて「はい、分かりました」で済むような軽いものではありません。明らかに誰かに暴力を振るわれた後です。
それでも僕は真実を口にする事はできません。
今初めて会った人に、「実はさっき友達から袋叩きにされたんですよ~」なんて情けない事言えるはずがありません。
僕は必至に別の理由を考えました。
「あの…!不注意で土手から落ちちゃってっ…それでその時、おっ大きめの石に顔ぶつけちゃって…えと……そういう事です…」
どういう事だと言いたくなる稚拙な嘘でした。言っている最中、きっと僕の目は泳いでいたでしょう。
マンガだったら汗もダラダラと流れていると思います。
ちらりと青年の方を見ると、青年は僕に疑いの眼差しを向けています。しかし少しすると―――…
「そうか。気を付けろよ」
疑いの眼差しをやめ、そう言ってくれました。
僕の嘘を信じたフリをしてくれたのです。
おそらく、これ以上深入りされたくない僕のみみっちい自尊心に気付いてくれたのでしょう。
僕はほっとしたやら恥ずかしいやらで俯いてしまいました。
「はっ…はい。……それであの、何か御用でしょうか…?」
僕は再度、青年に声を掛けた理由を尋ねました。青年は思い出したかのように答えました。
「ああそうだった!あのさ、ケーキ屋ってどこあるか知ってる?」
「………へ?」
彼の口からケーキ屋という可愛らしい単語が出たことに驚き、僕は少し呆けてしまいました。
「だからケーキ屋。どこあるか知ってる?」
青年は力強くもう一度、「ケーキ屋」という単語を口にしました。
「…ケーキ屋…ですか?」
「そう。今日俺の母親の誕生日だからさ、ケーキ買おうと思ったんだけど…場所分かんなくて。デパートの地図見ても店名だけで何の店か分かんないし…」
(お母さんの…誕生日に、ケーキ…)
その青年の行動は僕にとって予想外でしたが―――…
「―――…えと、ちょっと分かりづらい所にあるので……案内、します」
単純な僕は、それだけで…彼を良い人と認定してしまったのです。
「マジか!ありがとう!」
彼は本当に嬉しそうに笑いました。
こういうことで誰かにお礼を言われるのは久しぶりです。
それからケーキ屋までしばらく歩きがら話しました。
「…えっと、ここです」
僕は目の前にあるケーキ屋を指差しました。
ショーウィンドウの中には色鮮やかなケーキが並んでいます。
「おお~ここか」
彼は興味津々な様子で店を見回します。
「…ここのケーキおいしいので、お母さん気に入ってくれると思います…」
僕は少し、差し出がましいことを口にしたかなと後悔しました。
けれど―――…
「だと嬉しいな」
彼は僕の言葉にまっすぐと答えました。
(……本当にお母さん思いなんだなぁ。…やっぱり良い人だ)
僕は見た目で人を判断してしまった自分に反省しました。
「えと…それじゃあ、僕はこれで…」
僕はそこから離れようとしました。しかし―――…
「あっ!ちょいまち」
青年に腕を掴まれました。
僕は肩を勢いよく跳ねさせてしまいました。
「へっ!?なっなんでしょうか!?」
「ちょっとこっち来い」
青年はそう言って僕を近くにあったトイレに連れて行きました。
僕は何かマズい事でもしでかしたのかと猛スピードで今までの自分の行動を思い返しました。
(最初に姿見た時ビクつき過ぎた!?やっぱ怪我の理由がダメだった!?…ここまで来る間、相槌しかしなかったのがダメだった!?こっちからも話振るべきだった!?)
明らかにそんな理由ではないはずですが、何か僕がマズい事をしたのには違いないと思いました。
僕みたいな者がトイレに連れ込まれてされる事といえば、リンチかカツアゲ、身ぐるみを剥がされて恥ずかしい写真を撮られる事ぐらいです。写真は未遂に終わりましたが…。
青年が連れ込んだ先のトイレには運良く誰もいませんでした。僕にとっては運悪くです。
僕は何かされる前に先手を打とうと思いました。
ここはお詫びにケーキ代を支払おう、そう思った時でした。
全身が緑色の優しい光に包まれました。
「っ!?」
(こっこれは…!医療魔法の光っ!?)
緑色の光は医療魔法の特徴です。
今僕は、全身に医療魔法をかけられているのです。目の前の青年によって―――…
「あっあの!こ…これは…!?」
僕は慌てて青年に尋ねました。
青年は笑顔で答えます。
「ここまで案内してくれた礼」
僕はリンチでもカツアゲでも羞恥写真の撮影でもない、「お礼」をされた事、
お礼だとしても医療魔法なんて高度で消費魔力も大きいものをこんないとも簡単にかけられた事に
困惑してしまいます。
彼が魔法使いだったという事も含めてどう反応していいか分かりません。
「そっそんな気にしないでください!全身に医療魔法なんて大変でしょう!?」
そう。全身に医療魔法なんて医療魔法を専門とする魔法医でも中々大変な事なのです。
けれど、青年は僕の断りをただの遠慮と受け取ったのか、軽く流します。
「気にすんな。実はさっさとかけたかったんだけど緑色の光発しながら長々と歩くなんて嫌だろうなぁって思ってさ。治癒力操作の魔法は時間がかかるからな。30…20分ぐらいで全部治ると思うからそれまで個室にでもいればいい」
そう言って、青年は5室程あるトイレの個室を親指で差しました。
個室に隠れるといっても、傍から見れば個室から緑色の光が放たれているようなものです。居心地が悪い事にあまり変わりはありません。
魔力を持たない一般の人達からすると「医療魔法」というのは一瞬で怪我や病気を治すというイメージがあるそうですが、医療魔法には色々と種類があります。
その中にはたしかに怪我や病原体を一瞬で消す魔法もあります。
けれど、魔法というのは一度解いてしまうとその効力を失います。
怪我や病原菌を魔法で消してもその魔法を解いてしまえばまた復活してしまうのです。
だから通常、身体を治癒する時は治癒力操作の魔法で治癒力を高めます。
そうする事で怪我や病原菌を自分の力で治していきます。
もちろん、この魔法では治せない病気はありますが、怪我の場合は大抵この治癒力操作の魔法で事足ります。
青年が言っている通り、身体の負担にならない程度まで治癒力を高め治していくので多少時間がかかります。
だから、彼はわざわざトイレというあまり人目のつかない所で治療しようとしたのです。
けれど、別にそんな事はどうでもいいのです。
多少時間がかかるという事はその分魔力を消費するという事です。
発動するだけでも消費魔力が大きい医療魔法を長時間―――…普通は医療魔法専門の魔法医が働く魔法病院で行われることです。
そして、普通の病院より高めの治療費を請求されます。
たかがケーキ屋まで案内しただけでここまでされるなんてギブ&ベリーベリーテイクにも程があります。
動詞に「ベリー」は変ですが…。
彼は僕が思っていた以上にお人好しなのかもしれません。
「いやいやいや!!そんな事は全然気にしてないです!これくらい普通に治りますから…!ほんと、気にしないでください!!」
僕はお金を要求されてもおかしくない施しにむしろ申し訳ない気持ちになりました。
僕は身内以外からの善意には免疫がないためどう対応していいか分からず、「遠慮」という選択肢をとってしまうのです。
普素直に受け取ればいいのでしょうが…。疑いも含まれているかもしれません。
こんな僕に優しくするなんて何か裏があるのではないかと。
ここはやはりケーキ代を支払う流れだろうかともう一度財布に手をかけました。
「これぐらいなんともないって。俺魔力だけは嫌って程あるからな。むしろある程度消費しないと身体がキツくなる」
(そんなマンガのチートキャラみたいな事言われても…)
「人の善意は怖いか?」
「!!」
さっきまで明るかった青年の口調が急に大人びたものになりました。
心を読まれたような気持になり、ドキッとしました。
彼のブラウンの瞳がじっと僕を見つめます。
僕はなんだか居たたまれなくなりました。
(…せっかく良くしてくれた人にこんな事言わせちゃダメだよね。遠慮も過ぎれば失礼になるってお父さんも言ってたなぁ)
僕は自分の行動を反省し改めました。
「あ…あんまり、こういう風に良くされた事がないので…ちょっと戸惑って。…あの本当はすごく嬉しいです。助かります。…ありがとうございます」
僕は深々と頭を下げました。
青年は少しほっとしたのか、穏やかな口調で話します。
「うん。それなら良かった。こういうのは遠慮せずに『儲けだ』って思っちまえばいい」
「は…はい」
(そうだよね。別に悪い事されてる訳じゃないんだから…)
「じゃあ俺はもう行くな。20分したら解いとくから」
そう言って青年はトイレから出ようとします。
「あっはい。ありがとうございました!」
僕は再度青年に頭を下げます。
「俺もありがとな。ケーキ屋まで案内してくれて」
青年はトイレから出る直前、「その光は個室でも目立つか」と言って、緑色の光を個室の外からは分からない程度に弱めました。
こんな事できるのかと僕は少し驚きつつ、彼が出て行った後は大人しくトイレの個室に入りました。
それからしばらく経ちました。怪我は順調に治っていっています。
(ほんとに助かったなぁ。わらしべ長者ってこんな気持ちなのかな?)
若干見当違いな事を考えていると、何やら外が騒がしくなってきました。
「…なんかイベントでも始まったのかな?ここ2階だけど…」
しかし…その考えは次の瞬間すぐにに打ち消されました。
『よ―――――く聞けぇぇい!!!愚かな人間ドモォォオ!!このデパートはたった今から魔生集団【ブラックウィザード】が支配したぁぁァァアッ!!!コロされたくなければ大人しくオレ様達の人質となり、オレ様達の願いを叶える汚ぇコマとなれぇぇいっ!!!』
デパート内に響き渡ったのは、そこにいる全員を絶望へと突き落とす言葉でした。
(…魔生集団って…言った…?しかもこれ……典型的な過激派だっ!!)
魔生集団とは、
魔力を持たない普通の人達を自分達より下等だと考える魔法使いの集団です。
下等な人間達の恩恵を一切享受せず、自分達の魔法だけで生きていく、宗教団体に近いものだと言われています。
おおよその魔生集団は普通の人達と一切関わり合うことがないのでほとんど無害に近いのですが、まれにこのようなテロ行為を行う過激派がいるのです。
(…けどまさか自分がその現場に居合わせるなんて…)
一難去ってまた一難。二度目の命の危機です…。