第7話
「………話って?」
黙って前を歩く渡瀬に声をかけると、彼女は立ち止まり俺の方を振り向いた。
「加藤君……どういうつもり?」
「は?」
「秋川さんよ。彼女、更紗に『加藤君に近づかないで……彼も迷惑してる』って言ったそうよ。だからあの子、タロウの散歩ももうやらないって……加藤君の家にも行かないって、寂しそうに言ってた。それなのに何? 今度は散歩に行かない更紗を責めるみたいに……加藤君は更紗にどうしてほしいのよ」
思ってもみなかった渡瀬の言葉に、俺は戸惑いながらも訊ねる。
「ま、待てよ。……秋川が橘に文句って……何で?」
「知らないわよ。自分の言いたい事を彼女に代弁させるなんて最低ね」
「だから、ちょっと待てよ。あいつは只のクラスメイトで、彼女なんかじゃない。俺だって訳が解らない」
俺の言葉に渡瀬は訝しげな表情を浮かべた。
「彼女じゃないって……じゃ、何で秋川さんが更紗に文句を言うのよ」
「俺だって知らない……秋川に直接聞いてみるから。だから……橘に……迷惑じゃないからその…出来ればタロウの散歩をお願いしたい。タロウ達が寂しそうにしてるから」
そう、あいつらが寂しそうな表情で俺を見上げてくると……こちらまで寂しくなってくる。だから。
「解った。更紗に伝えとく……ところで加藤君は更紗の事、本当に迷惑じゃないのね?」
「あぁ」
頷く俺を見て、渡瀬はニッコリと笑うと『それなら、いいわ』と言い、軽く手を上げてから橘が待っている教室へと戻って行った。
そんな渡瀬を見送った後、俺は図書館へと目当ての人物を探すべく向かった。
「秋川」
思った通り彼女は図書館にいた。
「加藤君……何? どうしたの?」
俺の姿を見て、彼女は驚いた表情で訊ねた。
「橘の事だ……って言ったら解るだろ?」
「……うん」
俯いた秋川の表情は見えない……それでも俺は話を続けた。
「何であんな事を言ったんだ? 俺が迷惑しているなんて」
思わず問い詰める様な口調になってしまった。
すると秋川がゆっくりと顔を上げ、こちらを見た。
「私が……嫌だったの。加藤君と橘さんが仲良くなるのが……例え加藤君の飼っている犬の散歩が目的だったとしても、橘さんが加藤君の傍に居るのが嫌だった」
「何で?」
「ここまで言っても……まだ解らない? それともわざと言わせたいの?」
「秋川?」
困惑する俺の表情を見て、秋川は自嘲気味に続ける。
「好きなの……加藤君が。1年の頃からずっと。だから橘さんが加藤君と急接近しているのを見て、私が先に好きになったのにっ…て」
目に涙を浮かべながら秋川は訴えるが、俺は驚きの余り何も答えられなかった。
秋川が俺を……好き?
少し前なら彼女のそんな気持ちが嬉しかったかもしれない。でも、今は……重荷に感じてしまう。いや寧ろ迷惑と言った言葉が合っているかもしれない。
「加藤君?」
何も言わない俺に焦れたのか秋川が名前を呼ぶ。
「ごめん……俺は今、そんな事を言われても考える余裕が無いから……」
さすがに迷惑と言う言葉は言えなかった。大事な受験前にそんな事を言って、彼女がショックを受けるのは避けたかったから。
「ありがとう……もう、いいの。橘さんにあんな事を言った時点で、諦めているから。ごめんね……私の方が迷惑をかけてしまって。彼女にも謝っててね」
「解った。秋川……受験頑張れよ」
「うん、加藤君もね」
目尻の涙を拭いながら、秋川は笑みを浮かべるとそう告げた。