第6話
「ねぇ、雅樹。更紗ちゃん……何かあったの?」
「知らない」
母親の質問に、俺は素っ気なく答えた。
「知らないって、あんた……更紗ちゃんと喧嘩したの?」
「してないし。って言うか、俺と橘は学校では話なんてした事無い」
「はぁ?」
驚いた様に俺を見る母。
「あんなに仲良いのに話した事無いとか……莫迦言わないでよね。私は真面目に聞いてるの!」
「だから、本当に知らないって」
俺はウンザリしながらそう言うと、母の問いかけを避ける様に自分の部屋へと逃げた。
「全く……何なんだよ。俺だって知りたいよ」
ベッドへ寝ころびながらそう呟く。
あの翌日から橘は俺の家に来るのはおろか、タロウの散歩にも姿を見せなくなった。
最初は『風邪か?』と思い、あまり気にもしなかったけど、学校で偶然見かけた彼女は元気そうだった。
さすがに数日経った頃からタロウの元気が無くなってきた。寂しそうに俺を見上げるタロウの身体を撫でてやるけど、いつもの様に元気よく尻尾を振る事は無かった。
何故か『かえで』や『けいと』も俺を見ると、何かを訴える様な目を向けてくる。
「俺にどうしろって言うんだよ」
母に言った通り、俺は学校で橘と話をした事なんて1度も無い。接点が無かったからと言うのが大きな理由。
タロウとあいつが仲良くならなければ、多分…卒業まで話をする機会なんて無かった。
「明日……あいつのクラスに行くか」
これもタロウやけいとの為だ……俺はそう自分に言い訳をした。
翌日の放課後、俺は教室から出ると橘のクラスに向かった。
まだ帰ってなければ良いけど……
そう願いながら教室の扉を開けると、橘が友人と笑いながら話をしていた。
「橘……」
俺が彼女の名前を呼ぶと、こちらを向いたその表情が驚きに変わった。
「加藤君……?」
「ちょっと話がしたいんだけど」
「あ……」
「更紗、行っておいでよ」
橘と話していた女子生徒---確か渡瀬亜季、見た目は橘の様に化粧をした派手な外見だが、試験で毎回学年10位以内の成績優秀な女子生徒だ。
「亜季ちゃん、ありがと---加藤君……話って何?」
入口までやって来た橘は、俺を見上げるとそう切り出した。
「何で……タロウの散歩に来ない? それに、けいとにも会いに来てないだろ?」
俺の問いかけに彼女は俯くと、黙り込んでしまった。
「橘?」
「…………た…の」
「は?」
もう1度聞き返すと、橘は顔を上げてこちらを見返した。
「もう……飽きたの。だから……加藤君の家にも行かない」
その返事に、俺は驚いて何も言えなかった。
まさか、飽きたなんて言葉が返って来るとは思わなかったから。
「けいと……の事は、加藤君に押し付けた形になってしまって……悪かったとは思ってる。もし、飼うのが嫌だって言うなら……私が飼い主を探す迄で良いから預かって………」
「もう、いい。橘の言いたい事は解った。けいとは母さんが可愛がってるから家で飼う」
彼女の言葉を遮りそう答えると、俺は踵を返して彼女の教室を後にした。
「加藤君」
橘の教室を出た後、自分の教室から鞄を取り家へ帰ろうと駅へ向かっていた俺を誰かが呼び止めた。
振り返ると、渡瀬がこちらへ近づいて来た。
「渡瀬?」
「ごめん、少し時間ある? 更紗の事で話があるの」
そう言った彼女の表情は怒っている様に見え、その理由が気になった俺は黙って頷いた。