溜息ツキ子の独り言
<1> 日曜日はキライです!!
日曜日ってさ・・ドコに行っても「お父さ〜ん」「お母さ〜ん」という子供の声が耳に入って来ると思わない?
回りは皆、家族連れかカップルに見えるしさぁ・・。
自分がそう思い込んでいるだけかもしれないけれど、回りから「ふ〜ん、一人なんだぁ・・」と思われている気がするのよねぇ・・コレって<ひがみ>?
「一人が好きなんですぅ〜」って大声で叫んでも、「強がっているのね」って思われるだけだよね。
若い頃は日曜日が来るのが待ち遠しかったのに、いつの間にか日曜日が来ても嬉しく無くなっちゃって・・。
こんな風になるなんて思っていなかったなぁ・・何かを始めようって思っても、今からじゃねぇ。
以前は仲間が居たから何とも思わなかったのよ・・こうなる筈じゃ無かったんだもん。
歳を取って、おばあちゃんになったら、5人で郊外に家を建てて、畑とかやりながら暮らそうよ!!・・なんて女子大時代の友人達と約束していたんだぁ。
それが、真紀子の<出来ちゃった婚>を機にバタバタと片づいていってしまってさぁ・・気が付いたら35歳で独身は私一人になっていたのよね。
何年も前から、5つ年下の彼氏と別れたりくっついたりを繰り返していた真紀子だったから、彼女自身の結婚は心から喜べたんだけれど・・。
真紀子から「子供が出来ちゃったの〜」と聞かされた時は、相手の男がどう出るのかが心配で毎晩のように集まってさぁ・・今となっては、あの頃が懐かしくてたまらないなぁ〜。
あの時の子が今度の春には幼稚園だってさ・・真紀子のお腹には二人目が居るらしいし・・私も歳を取る訳だよ。
真紀子が結婚してから間もなく、後を追いかけるみたいに香織が結婚したのよね。
香織は負けず嫌いだったから、真紀子に先を越されたっていうのが相当癪だったんだろうな。
親に勧められるままお見合いしちゃって、お付き合いもそこそこにゴールイン・・あっという間だったからね。
「たまたまキャンセルが出たのぉ〜」なんて言っていたけどさぁ、凄い勢いで式場探しに走り回っていたの・・アタシ知ってるもんね。
派手な結婚式だったから、こっちはイイ迷惑でさぁ。
相手の家が旧家だから振り袖を着て来てね・・なんて頼まれちゃって・・面倒臭いったらありゃしない。
花嫁のご学友が振り袖を着ているという事は、この花嫁さんはまだまだ娘ッ子ですよ〜・・という<花嫁の若さの証し>という訳だったのよ。
着慣れない着物を着せられて、窮屈で料理は食べられないし、帯がキツイからお酒を飲む訳にもいかないじゃない?・・早く帰りたかったのに2次会、3次会に付き合わされてさぁ・・。
挙げ句の果てに重た〜い引き出物を背負わされたんだから・・その引き出物って何だと思う?
<旧家の古いしきたり>とかで鯛をかたどった砂糖の塊だよ!!・・コレだけでも充分重いのに、新郎が埼玉出身だからって<うどん>のセットがドカンと一箱!!
とどめは、バカな新郎新婦からの国語辞典・・お前達が読めっていうのよ!!
疲れ切ってクタクタになって、帰りは自腹でタクシーと来たもんだ!!・・ケッ腹が立つ!!・・今、思い出しても腹が立つよ〜!
私もさぁ、千里みたいに振り袖はレンタルにしておけば良かったのよね。
たまたま成人式の時に良い着物を作ってしまったものだから、着るチャンスに恵まれたのが嬉しくてさぁ、ちょっと大人っぽくアレンジしてみよう・・なんて欲を出して小物を買い揃え直しちゃったのよ。
着物ってさぁ、やっぱりお金掛かるわ。
美容室で髪をセットして貰って、着付けをして貰って・・。
当然、御祝いは出さなくちゃいけないし・・。
懲りちゃったから、あれ依頼あの着物一式はお蔵入り・・文字通りタンスの肥やしになっちゃったのさ・・うぇ〜ん、もったいないよ〜。
でさぁ、新婚旅行のお土産は<HAWAI>の文字が大きくプリントされたTシャツだったんだからぁ。
そう言えば、美保は堅実だったよなぁ〜。
アタシと千里は香織に乗せられちゃって振り袖着たけど、美保は「馬鹿馬鹿しい!」って断ったもんね。
彼氏と新しい事務所を立ち上げたばかりだったから、余分な事に使うお金なんか無いって・・。
美保って昔からハッキリしていたからねぇ。
短大を卒業してから専門学校で勉強し直して、インテリアコーディネーターの資格を取得した頑張り屋さんだもん。
ちょっと有望株の若手建築家と仕事中に意気投合しちゃって、彼と一緒に独立して、事務所を構えて、今じゃぁ公私共に良きパートナー。
見るからに出来る女っていう感じだもんなぁ・・アタシとは大違いだよ。
一度しか会った事は無いけれど、彼氏・・結構イケメンだったしね・・羨ましい限りだよ。
でもさぁ、あのルックスで建築家だもの、案外モテモテだったりしてね・・美保は内心ヤキモキ・・な〜んて。
千里?・・千里が居るじゃないって・・千里の事はちょっと・・。
ここだけの話だからね・・真紀子情報によると、同窓会で中学時代の彼と再会して、忘れていた焼けぼっくいに火が点いちゃったんだってさ。
何で真紀子がそんな事を知っているのかって?・・だって真紀子と千里は中学が一緒だったんだもん。
年賀状に「名字が変わりました」って書いてあったから、「何で?」って思っていたのよねぇ・・真紀子から電話もらって2度ビックリだよ・・激しい略奪愛だったらしいから驚きは2倍!!
千里ってばさぁ、クリスマスに会った時には何も言ってくれなかったんだからぁ。
寂しいクリスマスでさぁ・・ドコに行ってもカップルばっかり。
二人で肩身の狭い思いをしながら小さな洋食屋でオムライスなんか食べて・・。
千里の奴・・アタシなんかに付き合っている場合じゃ無かった筈なのに・・アタシ・・同情されていたのかなぁ?
そう思うと、何だか連絡しづらくてね。
でも、何でアタシに何も相談してくれなかったんだろうなぁ?・・日曜日毎に一緒に御飯食べたり、映画に行ったり買い物したりしていたのに・・。
アタシって・・頼り甲斐が無さそうに見えるのかなぁ?・・ねぇ、そうなの?
あ〜ぁ・・日曜日・・一緒に過ごす相手が居なくなっちゃったぁ〜!!
千里ぉ〜・・アンタが最後の砦だったんだぞ〜・・お前は独身女同盟の同志だったんじゃなかったのかよぉ〜?・・戻って来〜い!!
あ〜ぁ・・これからのアタシは、日曜日をどうやってやり過ごせばイイんですかねぇ!?
えっ?・・彼氏でも作れって?・・それが出来たら苦労なんかしないわよぉ〜・・もぅ〜千里のバカ!!
<2>話が違うじゃん!!
「略奪愛?!・・それも激しいだってぇ〜?!・・ふぅん・・そういう話になっちゃっていたんだぁ・・違うわよ全然違うんだからね・・そういう事じゃないのよぉ〜」
真紀子の情報では、同窓会で中学時代の彼と再会し、忘れていた焼けぼっくいに火が点いて、激しい略奪愛に燃えた末に結婚しちゃった・・みたいに言われていた千里が電話をしてきたのは節分を過ぎた頃だった。
「忘れていた焼けぼっくいってさぁ・・中学の時に彼に熱を上げていたのは真紀子なんだからねぇ〜」
電話の向こう側での千里のふくれっ面が目に浮かび、思わず吹き出した。
「あはは・・そうなんだぁ〜」
「笑い事じゃ無いわよぅ・・だいたい、こうなったのは真紀子のせい・・というか、お陰なんだから」
「どういう意味よぉ?」
「真紀子がね、今日は上の子を実家に預けて来たから、トコトン飲もうって言ったのよ」
「同窓会って9月だったっけ?・・そっか〜、あの時は、真紀子が二人目を妊娠する前だったもんね」
「そうなのよ。真紀子と飲むのも久し振りだったからオッケ〜って2次会まで行ったのにさぁ・・真紀子ったらアタシがトイレに行ってる間に帰っちゃったんだよ!!二次会の乾杯してから、30分も経ってなかったんだから〜」
「何で?」
「知らないわよぉ・・電話が掛かって来て、血相変えて飛び出して行ったんだってさ」
「え〜、何かあったの?」
「アタシから電話するのは癪だから、その時のメンバーに後日電話してもらった訳よ。ほら、子供に何か有ったんじゃないか・・とか、心配じゃない?・・でもね、真紀子ったらケロッと忘れていたんだからぁ!!」
「ふうん・・」
「アタシの事を詮索するの止めてくれる!!・・なんて逆に怒鳴られちゃったんだってさ。だからね、アタシは恐いから連絡していないんだぁ」
「へぇ〜・・」
「真紀子・・何かあったのかしらねぇ?・・ツキちゃん、何か聞いてないの?」
「えっ・・知らない・・何も聞いていないわよ」
真紀子とは毎日のようにメールのやり取りしているけど、そんな事・・何も言ってなかったよなぁ。
「それより、アンタの方はどうなっているのよ?・・名前が変わりましたぁ・・なんて年賀状寄越してさぁ」
千里の説明によると、結婚相手のサトケンこと佐藤健一は23の時に一度結婚したけれど結婚生活は3年しかもたず、離婚後はずっと独身だったそうだ。
この2〜3年は特定の彼女も居なかった・・という話を鵜呑みにしている訳じゃないけれど、大人の男だから色々あって当たり前だもの、気にしないわ・・と、千里は笑った。
バツイチのサトケンとの結婚だから、略奪結婚なんかじゃ無いのよ・・と語気を強めた。
「何で言ってくれなかったのよぅ?」と、思い切って聞いてみる。
「24日の・・クリスマス・イヴの晩迄はね、付き合っていると言っても良いのか、それとも、ただの昔の同級生なのか・・微妙な雰囲気だったのよ」
「クリスマス・イヴ?!」
「アタシの独り相撲だったら恥ずかしいじゃない?」
「24日の晩は、二人で小さな洋食屋でオムライスを食べたよねぇ」
「そうそう・・あの晩」
「あの後・・何かあった訳?」
「そうなのよ〜・・クリスマスの奇跡が起きたのぉ〜!!サトケンがアパートの前で待っていたのよ・・クリスマス・イヴを祝う相手が居たのか?・・だってぇ〜」
「そんな事ってあるんだぁ」
「そうなのよ〜、ツキちゃんと一緒で良かったぁ〜!!女友達万歳!!・・そこから急に盛り上がっちゃってね・・飲んでいるウチにさぁ、今度のお正月はサトケンの実家で一緒に迎えようって話にまで発展しちゃって・・」
「え〜?急展開も急展開じゃ〜ん!!」
「それでね・・次の日にクリスマス入籍しちゃったって訳よ。あんまり急展開だったからさぁ、皆にヒンシュクを買いそうで、ついつい連絡しそびれちゃって訳なんだ・・ゴメンね」
「あ〜ビックリ!!・・実家のお母さんもさぁ驚いたんじゃないの?」
「それがね、双方とも親族一同が結婚を諦めていたもんだから、逆にでかしたって大喜び!!」
「ふぅん・・上手くいく時は何でもイイ方向に流れていくもんなんだねぇ〜」
「今まで日曜日毎のデートとかっていうのをしてこなかったから、結婚してから恋愛してます・・みたいな感じでチョ〜ハッピーなのぉ!!」
「あっそう、そりゃ御馳走様だわね」
「あれ・・ちょっと怒った?」
「ちょっとね・・2ミリぐらいムカツイテいるかな?」
「ゴメンね。でも一番にツキちゃんに報告しようって決めていたんだよ」
「そりゃそうでしょうとも・・香織はうるさい事を言いそうだし、美保は何を言っても関心無いだろうし、真紀子とはちょっと難しくなっているし・・」
「それもあるけど・・ツキちゃんが一緒に御飯食べたり、映画に行ったり買い物に付き合ってくれていたから、アタシは日曜日を何とか過ごしてこられたんだと思うのよ。だから、今までありがとうって言いたかったの」
「そうなんだ」
そんな事を言われたってさぁ、ちっとも嬉しく無いよ。
アタシの日曜日はどん底に落ち込んじゃったんだから。
まっ、精々お幸せに!
「そうだ!!・・美保の旦那の友達でも紹介してもらったらどうよ?・・ほら、事務所開きのパーティーにイケメン集団が来てたじゃん!!」
そういうのを余計なお世話って言うんです!!
女は自分が幸せになっちゃうと、何故か無神経な生き物に変貌するのよねぇ〜。
そんな事より、真紀子・・大丈夫なのかな?・・ちょっと心配・・。
<3>まさかぁ!!
「千里から電話貰ったんだけどさぁ・・」
困惑気な声で美保が電話を寄越したのは、千里から電話があった3日後だった。
「千里ってば結婚したんですってね。ちっとも知らなかったわ。新婚さんだからウキウキしているのは分かるんだけど、自分の幸せを皆に分けてあげたい・・みたいに思っているのかしらね?・・勝手に浅田の友達とツキちゃんをくっつけるんだって、一人で盛り上がっちゃってるんだけど・・」
ふぅ〜ん・・美保は、自分のパートナーの事を「浅田」って名字で呼んでいるんだぁ・・なんか格好イイじゃん。
「ツキちゃん、聞いてるの?」
「あぁ・・うん、ちゃんと聞いてるよ」
そう言えば千里のヤツ、この間の電話の最後に「美保の旦那の友達でも紹介してもらったらどうよ?・・ほら、事務所開きのパーティーにイケメン集団が来てたじゃん!!」なんて言ってたっけ。
「「困るのよね・・そういうの・・」
「えっ!?」
なにもそういう言い方しなくてもいいじゃないさぁ・・そんな事を美保に頼むつもりなんか無いわよ!!
「あっ、その、違うのよ。ツキちゃんなんかに紹介したくない・・という訳じゃないからね。そういう事じゃなくて、え〜っと、コチラの都合だから・・だから、あの、気を悪くしないでよね」
いつもズケズケハキハキと回りの人間がハラハラするくらいハッキリとモノを言う美保が、言いにくそうにモゴモゴしているのが可笑しくて、つい吹き出してしまった。
「ぷぅ〜・・美保ってば・・あはは・・」
「イヤだ、ツキちゃんてば何が可笑しいのよ。人が真面目に話してるのに」
「ゴメンゴメン。だってぇ、美保がモゴモゴしてるの初めてなんだもの。それに安心してよ。アタシは別に浅田さんの友達を紹介して〜・・なんて頼むつもりなんて無いからさぁ」
受話器の向こう側で、何故か美保が安堵の溜息をついたような気がした。
「美保・・何かあったの?・・今日の美保、いつもと違うみたいだよ?」
「・・・」
「あっ、別に詮索しようなんて思ってる訳じゃないからさ・・ゴメン。それに千里もさぁ、悪気があった訳じゃないから許してやってよ。売れ残ったアタシの事を心配して・・」
「売れ残ったなんて言わないでよ!!」
「うわっ、びっくりしたぁ〜。どうしたのよ美保・・大きな声出して・・心臓が止まっちゃうじゃん!」
今日の美保は冷静でクール・・という<いつものスタイル>を忘れてしまっているようだ。
「売れ残ったなんて・・そんな言い方・・アタシはキライだわ!」
「別に・・だって・・5人グループの中で残っちゃったのはアタシだけだからって・・そういう意味で」
「イヤなのよね。そういうの!」
「でもさ、真紀子が結婚したら香織が慌ててお見合いして結婚を決めちゃったでしょう?・・美保は浅田さんと一緒になっちゃうし、千里も結婚したから・・」
「アタシは・・アタシは、別に浅田と結婚した訳じゃないでしょ?」
「あぁ・・美保、浅田さんと何かあったの?」
「ううん・・ゴメン・・そういう事じゃないの・・気にしないで」
「気にしないでって言われても気になっちゃうよぉ。美保はいつもクールなのに今日はおかしいもん」
一瞬ためらっていたが、美保は溜息と同時に重い口を開いた。
「ふぅ〜・・ツキちゃんは口が固いから・・思い切って告白しちゃおうかな」
「告白?・・告白って・・何か重大な事なの?」
「そうよぉ、凄い重大発表なんだからぁ・・だから、他の3人には絶対言わないでよね!」
「わかった。言わない。真紀子にも香織にも千里にも絶対言わない!・・約束する」
「え〜っとねぇ・・本当の事を言うとさぁ・・浅田と私はね・・恋人同士とか、結婚を前提に付き合っている訳じゃないのよ。アタシ達って、便宜上パートナーの振りしているだけなのよね」
「振り?・・便宜上のパートナー?・・それ、どういう意味なのさ?」
「仕事を円滑にこなす為に一緒にいるだけなのよ。だから、二人の間には愛情は存在しないっていう事」
「愛情は存在しないって・・」
「だからね・・その・・浅田浩二郎という男は、カッコ良くてハンサムで、仕事もバリバリ出来る言うこと無しのイイ男なんだけどさぁ・・」
「なんだけど?」
「彼ね・・実はゲイなの」
「ゲイ?・・ゲイって・・あの女装とかしちゃう?」
「女装はしないわよ。ゲイ=女装じゃないんだから。ただ、彼は女性に対しての性的な興味が無いの」
微かに震える声から察するに、美保が出来る限りの虚勢を張って感情を押し殺しているのが痛いほど伝わってくる。
そう言えば、一緒に暮らす事が決まった時に酔っぱらった美保は「好きよ、大好き、死ぬほど好き・・だから、彼の支えになって側に居られるだけで幸せなのよ」なんて言っていたっけ。
「美保・・」
さすがのアタシも何て言ったら良いのか分からなかった。
「個人の住宅の設計という仕事にはね、ゲイであるという事はマイナスポイントになのよ。建て主のプライベートな生活に入り込んでいく仕事だから仕方ないけどね。家族の一人一人から話を聞いたりしなくちゃならない場合もあるでしょ?・・私が一緒だと安心するのよね・・建て主さんも・・職人さん達も・・それから銀行さんも」
強がって平静を装っているが、美保の目には涙が浮かんでいるに違いない。
「美保は・・美保は、それでも大丈夫なの?・・辛くないの?」
「平気よ、全然平気。自分で決めた事ですもの。もう、割り切っているわ。その辺も含めてお互いに理解し合っているもの。それに、浅田と一緒だから大きな仕事も出来る訳だしね」
アタシなんかに同情なんかされたら「惨めになる」と、美保が思っている事ぐらいは察しが付いた。
「そっかぁ〜、やっぱり美保はドライでクールだよね!・・そういうのってさぁ、ほら、サルトルとボーボワールみたいじゃん!!・・そういうのをプラトニック・ラブって言うんでしょ?」
今のアタシに出来る精一杯のエールを送る。
「ふぅ・・ありがと・・ツキちゃん。今度、飲みに行こうね」
美保が残した安堵の溜息が、胸に沁みて涙がこぼれそうになったアタシでした。
<4> ちょっと待ってよ!!
「ちょっと、アタシには何の相談も無いわけ?」
負けず嫌いの香織が、電話の向こうで怒っている。
「たまたま主人の知り合いの息子さんが結婚を機に家を建てたいって言うからさぁ・・紹介しようと思って美保に電話したのよね。そうしたら、千里が結婚したって言うじゃない?・・もう、ビックリだわ!」
「驚いたでしょ?・・アタシも聞いた時はビックリしちゃって・・」
香織の怒りの矛先が千里に向いているモノとばっかり思っていたから、アタシは油断しきっていた。
「そんな事はどうでもいいのよ!!・・アタシが言いたいのはアナタのお見合いの事よ!!」
「えっ?・・アタシのお見合い?」
不意打ちを食らって、香織のアッパーカットがまともに命中。
「アタシのお見合いって・・何の話かなぁ?」
無駄だと分かっていても一応シラばっくれてはみるが、頭がクラクラして目が回りそう〜だ。
「美保ったらさぁ、何も言ってくれなかったのよね!!・・千里に電話して初めてわかったんだからね。美保の彼・・浅田さんだっけ?・・その友達を紹介してもらうんですってね。水臭いじゃないのよぉ〜」
水臭いってさぁ・・その話は終わっているのにぃ〜。
「何でアタシに相談してくれなかったのよぉ?・・ツキちゃんに結婚願望があるなんて思っていなかったから、今まで知らん振りしちゃっていたアタシも悪いけど、そういう気持ちがあるなら言ってよねぇ〜」
「いや・・そういう気持ちって言われても・・」
「そういう話はアタシに任せてよ。ウチの主人・・アレで案外顔が広いんだからぁ。きっとイイ人を紹介してあげられると思うのよぉ!」
そう言えば香織の旦那、顔、デカかったよなぁ・・なんて。
「いや、あの、アタシは別に結婚願望みたいなものは・・」
「や〜だ、照れなくてもいいじゃない。アタシとアナタの仲じゃないの〜・・で、どういうタイプの人が良いの?」
「タイプとか・・その・・そういう話じゃなくて・・」
「うふふ・・ツキちゃんってば、恥ずかしがらないでよね。正直に言ってみてよ」
「だからぁ・・」
「見た目とか性格とかっていうのは条件を付けるのは難しいわね。背が高くなきゃダメとか、毛がフサフサしていなくちゃイヤとか、眼鏡はチョット・・なんていうのは若い小娘の言う事よ。明るい人とか、優しい人・・なんていうのもダメ。そんなの結婚してみなくちゃ分からないもの。こっちも歳が歳だから少しは妥協しないと。でも、どういう職業がイイとか、年収の下限とか、年齢の許容範囲とかは希望を出しても良いと思うのよ」
歳が歳って何よ〜!・・アンタだって同い年でしょうが!!
「あのね、香織・・ちょっと」
「何?・・あっ、それからね、大人の男性だから多少は色々あると思うのよ。女の方は・・。お金の問題とか、そうそう酒癖みたいな事も大事よね。そういうのは念の為に興信所で調べて貰った方がいいかもしれないわね」
「興信所?」
「コチラが相手様を調べるって事は、逆もあるかもしれないわ。ねぇ、ツキちゃんは何か問題ある?・・隠し事していない?・・そうよね、ある訳無いわよねぇ?・・だってアタシが聞いていないもの」
「ちょっ・・ちょっと待ってよ!!」
「あらイヤだ、何か問題・・あるの?」
興信所だなんて、何だか空恐ろしい気がする。ドキッとして、一瞬、言葉につまってしまった。
「イヤ〜・・別に無いけどぉ・・」
「そうだ!・・大事なのは家族構成よね。長男とか次男とかっていう事よりもね、実際に舅、姑の面倒をみなくちゃいけないのかどうかって事よ。ウチの近所に3男が跡を継ぐ羽目になった家が有るんだから。御長男が病弱で入院しっぱなしで、家に残っていた次男さんが一人娘と結婚してマスオさんになっちゃったのよね。一番最初に結婚していた3男のお嫁さんがボヤくボヤく。話が違う〜ですってさ」
「ふ〜ん」
「ふ〜ん・・ってねぇ、他人事じゃ無いんだからね。意地の悪い<行かず後家の小姑>とかが居たりしたらアナタだって大変でしょ?」
「アタシみたいな?」
「あっ・・そういうつもりじゃ・・」
「あ〜あ、アタシもそんな風に言われてるのかなぁ?・・テルキの嫁に」
「ゴメ〜ン」
「大丈夫だよ。そんなの気にしてないから」
「テルキって、弟さん?・・お幾つだっけ?」
「ヨースケと同い年よ」
「洋介って真紀子の旦那さんの事よねぇ?・・ツキちゃん、ヨースケって呼んでいるの?」
「テルキと高校の同級生だったから、つい・・」
「ふ〜ん。真紀子に嫌がられるわよ。気を付けなさいよ。それで、弟さんの所はお子さんは?」
「3歳の男の子が一人。もう一人欲しいんだってさ・・今度は女の子がイイって言ってるの」
「そう・・いいわね」
子供の話が出たせいなのか、急に香織の声がトーンダウンしていく。
「真紀子・・二人目が出来たんだって〜。安定期に入ったらゴハンしようって言ってたよ」
アタシは野暮じゃないから「香織はどうなの?」なんていう言葉は絶対に口はしない。
「そう・・羨ましいわぁ」
羨ましい・・なんて言葉が香織の口から素直に飛び出したので、ちょっとビックリ!!
旧家の若奥さんに治まって、順風満帆、我が世の春を満喫しているかのように見えている香織だが、子供の事では苦労しているようだ。
長男の嫁だから跡継ぎを生まなくちゃいけない・・という宿命は重く背中にのしかかっているのだろう。
「ウチの場合は主人も歳だからねぇ・・」香織が深い溜息をついた。
聞くところによると、香織の所は夫婦で専門のクリニックに通って不妊治療をしているらしい。
お金も掛かるし、精神的にもかなりヘビーだと聞いた事がある。
香織にとっては<女友達には吐き出したくない種類の弱み>なのかもしれない。
「海外旅行とかにも行きたいし・・色々と忙しくてね・・」
強がってはいるけど、負けず嫌いの香織の気持ちを思うと泣けてくる。
冬眠中の熊さんみたいな香織の旦那・・がんばってよね!!
「ね?・・アタシみたいな苦労をしない為にも、やっぱり興信所で調べて貰った方がいいわね!」
ちょっと待ってよ香織・・その話は、もう終わったんじゃなかったの〜?!
<5>アタシが悪かった!!
「よぉ・・どうしてる?」
今日は好きなだけ寝るぞ!・・そう決意したせっかくの日曜の朝だったのにテルキの電話で起こされた。
「何だよ、まだ寝てたのかよ?・・そんな風だから嫁の貰い手が無いんだぜ!!・・姉貴、幾つに・・」
「うるさいなぁ〜朝っぱらから・・何なのよぉ?・・何か用なの?」
「まぁまぁそう怒るなって。シワが増えちゃうぜ」
「日曜の朝っぱらにアンタが電話してくるなんて珍しいじゃん・・あっ〜、父さん?・・それとも母さん?・・何があったの?・・病気?それとも事故?」
「違うよ。オヤジもお袋もピンピンしてるよ。今日は伯父さん達と水戸まで梅を見に行ってる」
「じゃぁ・・佳奈ちゃんがダイキを連れて実家に帰っちゃったの?」
「ブ〜・・そんなん有り得ないでしょ!ヴァレンタインに手作りチョコと、愛情いっぱいの手編みのセーター貰ったばっかりなんだからさぁ〜」
「ケッ・・御馳走様でしたね・・胸くそ悪る〜」
「そんな事言ってるとさぁ、益々縁遠くなりますよ〜だ」
「大きなお世話ですぅ!ほっといてよ!・・で?・・何なのよ?」
「あぁ・・ちょっと、姉貴の耳にも入れておいた方がイイと思ってさぁ」
テルキが急に真面目腐った声を出したので、胸がザワツキ始めた。
「イヤだなぁ・・誰かが病気とかっていう話じゃないわよねぇ?」
「ちょっと黙って聞けよ!!」
「あぁ、ゴメンゴメン」
「昨日の夜、真紀子さんに呼び出されたんだよ」
「えっ、真紀子に?・・ちょっとアンタ、真紀子に何かしたの?」
嫌な予感がして、鳩尾の辺りが冷たくなっていく。
「だから、ちょっと黙って人話を聞けって・・俺が真紀子さんに何かする訳なんか無いじゃん!!」
「真紀子、二人目が出来たって言ってたけど、子供の事?」
「そうじゃなくて・・どうもヨースケのヤツが、手を挙げたらしいのよ」
「ウッソ〜、それで、真紀子、怪我したの?」
「いや、それは大丈夫みたいなんだけどね」
「何で?・・何で真紀子は、アタシの所じゃなくてアンタの所に行ったのよぉ?」
「そんな事は知らねぇ〜よ!・・俺とヨースケが高校の時からの友達だからじゃねぇ〜の?」
「原因は?・・何でヨースケが真紀子に手を挙げたの?」
端正な顔立ちに、すねたような笑みを浮かべたヨースケの顔が頭にちらついた。
「アイツさぁ、女が居るらしいんだよ。二人目が出来たっていうのに、悪い虫も出てきちゃったみたいなんだよね」
「悪・い・虫・・かぁ・・」
学生時代にビジュアル系のバンドを組んでいたヨースケは、初めてテルキが我が家に連れて来た時も、まだ高校生だったにも関わらず複数の女性との間に問題を抱えていた事を思い出した。
「だからさぁ、姉貴、何とかしてやった方がイイと思うんだよ」
「何とかって・・どうしろって言うのよ?」
「アイツ、高校の時から姉貴には一目置いてた・・というか、なついていたじゃん?・・俺がまともにぶつかると喧嘩になりそうだしさぁ・・それに、俺、これからディズニーランドだし・・」
「あっ、そういう事・・家族でディズニーランドだから、他人の事なんかにかまっている時間は無いってか!」
「だってさぁ、真紀子さんは姉貴の友達だろ?・・友達の窮地なんだから救ってやれよ」
「だけど、ちょっと、この場合は・・」
「じゃぁ、そういう事でヨロシク〜!!頼んだからね」
「ちょっとぉ、頼んだからねってさぁ・・あ〜ぁ・・まずいよなぁ・・」
我が親愛なる弟よ・・アンタの鈍感さには感謝するけど、この問題ばかりはマズイんだよねぇ。
アンタの推察通りなんだよ・・ヨースケはさぁ、初めて出会った時からアタシになついちゃっているんだから・・。
残念な事に、本当に、非常に残念な報告ですが、その気持ちは今も変わっていないみたいなんだよねぇ。
その証拠に・・コレも、まったくもって情けない事なんだけれど、今、アタシの横で寝息を立てている訳なのよ。
えっ、誰が?って、決まってるじゃない!・・ヨースケが・・ですよぅ!!
元々はさぁ、アタシがヨースケの気持ちを受け止める事が出来なかった・・というのが発端だったのよ。
アタシも若かったからね・・女子大生と高校生じゃぁねぇ・・5つも年下で、弟と同い年、それも弟の親友ときたら二の足を踏んで当然でしょ?
ヨースケは、妙に大人びて冷めたヤツだけど、子供みたいに無邪気な部分も在って、本当はアタシの方が強烈に惹かれていたんだけど、回りの人や世間様にどう思われるかが気になって恐くて踏み込めなかったの。
ヨースケったら、そんなアタシを真正面から見据えて、ただもう真っ直ぐに向かって来たんだぁ。
恥ずかしいやら嬉しかいやら・・回りには内緒で付き合う事にしたけれど、いつか他の若い子に鞍替えするに決まってる・・って、内心はビクビクしていたのよねぇ。
結婚の話が出た時も、突き放したり、避けたり、逃げてばかり・・不安の方が大きすぎて、ヨースケときちんと向き合えなかった。
それで、堪りかねたヨースケが、アタシへの腹いせに真紀子に手を出したって訳。
アタシはさぁ・・自慢じゃないけど、口だけは固いのよ。
皆は真紀子の恋愛話だと思って大騒ぎしていたけど、本当はアタシの恋愛話と表裏一体だったんだよねぇ。
そう言えば、アタシの事・・最初に<ツキちゃん>って呼んだのはヨースケなのよね。
アタシの本名は溜石早月・・皆、サっちゃんって呼んでいたのに、真紀子にヨースケのが伝染って<ツキちゃん>になったの・・真紀子、この事でも思い出しちゃったのかなぁ?
アタシはね、罪滅ぼしじゃないけれど、真紀子の悲しむ顔を見たくなかったから、一生懸命ヨースケを説得して、結婚をお膳立てをしたっていう訳よ。
子供が生まれた事だって心から喜んでいたのよね・・本当なんだからぁ〜。
それなのに、アタシの内に住んでいる<もう一人のアタシ>が耳打ちしたのよ。
「ヨースケは帰る先が決まったのだから、前みたいにビクビクしなくてもイイんじゃなぁい?」ってね。
でね、秘めた恋っていうヤツは、秘めれば秘めるほど激しく燃え上がっちゃうんだよねぇ〜・・ヒドイ話でしょう?・・悪いヤツだね・・ア・タ・シ。
でも、今回ばかりは、さすがのツキちゃんも絶体絶命の大ピンチかも・・。
たぶん真紀子に問いつめられて、アタシの事を守るつもりでコイツは手を挙げちゃったんだよ・・きっと・・。
それって、バレバレっていう事だよねぇ?・・どうするアタシ?・・マジヤバ〜イじゃん!!
ちょっとヨースケ起きなさいよ・・呑気に口開けて寝てる場合じゃないぜぃ!!
完