異世界に巻き込まれ召喚で俺は何をするのだろう?
久々の短編だ。タイトルは主人公視点的ですけど、第三者視点です。
暗く長い通路の端にある扉。そこが開いてスーツを着た男が現れる。
「やっぱり暗いな」
「お待ちしておりました、マスター」
スーツ姿の男の目の前に現れた執事服に身を包んだ男。配下としての礼をとり、スーツの男に声をかける。スーツの男もそれに答え、執事服の男へ返事をする。
「待たせたか。悪かったな。できるだけ急いだんだが、監視の目が多くてな」
「いえ、短慮な言葉を使いまして申しわけありません」
「気にするな。しかし……魔工人形か。人間と見分けがつかんな」
「そのように造られました故」
執事服の男は魔工人形――通称ドールと呼ばれる、魔導機械によって動く自動人形であった。
「さて、ここで話していても仕方ない」
二人がいるのは通路の端。とても長々と話をする場所ではない。
「失礼いたしました。先代がお使いになっていた執務室へご案内いたします」
「ああ」
道中は双方が無言で歩いた。目的の部屋に到着し、手近な椅子に座ったところでスーツの男は一息つく。
「少し休みたい。今日はいろいろなことがあり過ぎた」
そう言って腕につけていた時計をはずし、ドールのほうへと放る。母からもらった時計だが、こちらに来た以上それほど使い道は無いだろうと扱いが乱雑になった。
「長い針が一周するころに呼べ。それまでにここの主だったものを集め、顔合わせの用意をしておくんだ」
「かしこまりました。失礼いたします」
そう言って退室しようとしたドールに男が待ったをかける。
「あ、待て。お前の名前を聞いておく」
「私の名はマキスと申します。先代がつけてくださいました」
「マキスだな。分かった、行っていいぞ」
ドール――マキスは礼をして部屋を出て行った。
「ふう。本当に、いろいろあり過ぎだ。これからの事もだが、今日あった事も整理しないといかんな……」
男の意識はそこで眠りに落ちた。
男はその辺にいるような、まさしく一般の人であった。名前を相沢光希と言い、子供のころは女っぽい名前でからかわれた。高校、大学と順調に進学したものの、将来何をしたいか明確に定まらず、ついに大学3年、21歳の冬を迎えたのだった。就職活動と言うものはそれなりにしているが、どれも心に響かない所ばかりであり、そのような心理でやったところで失敗するのは当然であった。
冬休みとなり、アルバイト先の塾の冬期講習が始まったため、これ幸いとそちらに注力していたのだった。
そんな冬のある日のこと。光希にとってはいつも通りの塾の授業中。左右の生徒にとってはせっかくの休みにしなければならない勉強中。
――異変は突然始まった。
まず部屋の明かりが消えた。まだ昼間であるし、採光窓もついていたが、そこから光が入ってくる様子もない。
「うわっ停電か?」
「静かにしろ。全員自前で光源になるものは持ってるな? すぐに用意して点灯しろ」
生徒の一人、右に座っている四宮樹が声を上げるが、光希が黙らせ指示を出す。すぐに教室内に三つの光が灯る。光希のそばで二つ、少し離れて一つ。
「全員そのまま待機。動くなよ。藤堂さん、こいつを見張っててくれ」
「わかりました」
光希は左の生徒、藤堂恵に声をかけ、離れた一つの方へ向かう。それは中学生の中村俊だった。
「俊か。平気か?」
「はい……」
「他の二人の所へ行け。固まっていろ」
「はい……」
瞬は突然の停電にかなり動揺しているようだったが、光希の指示に従って移動していった。光希は正しくこの状況が異常であると感じていた。採光窓の明かりがない時点でおかしいのだが、周囲の音がうかがえないこともおかしかった。塾はそれなりに交通量のある道路沿いの建物に入っている。周りから音が消えるなど今まで無かったことだ。
――そして異変は続く。
突如、四方の壁と床、天井が淡く光りだした。正確には周囲に光る紋様が浮かび上がったのだ。それはまさしく――。
「魔法、陣?」
昔アニメで見たような幾何学模様と読めない言葉はまさしく魔法陣と呼ぶにふさわしいものだった。生徒たちも異常な現象に呆然としているようだった。
「全員その場を動かないでいろ! くそ、暇つぶしの種にファンタジー小説なんか読んだのがいけなかったか? 俺が異世界に言った何するかとか考えたのがいけなかったか?」
光は更に強くなり、ついには目を開けられないほどの強さとなる。目を閉じている間に光希は一瞬浮遊感を感じたが、それ以外に何か感じることはなかった。
「おお、成功だ」
――聞いたことのない声が聞こえるまでは。
光希が目を開けるとそこは今までいた教室ではなかった。
しっかりとレンガが組まれた頑強そうな壁と、装飾の施された白い柱。そして壁にかかる松明。少なくとも現代日本でおいそれと見ることができるものではなかった。更に周囲には金属製と思われる鎧を着た集団と、布製らしいがかなり煌びやかな装飾がなされたローブの男が一人。
「全員無事か?」
周囲の様子を大体確認した光希は生徒に声をかける。
「大丈夫……」
「平気っす」
「問題ありません」
三人から返事がきたので問題はないと判断し、正面と思われるローブの男に向き直る。
「…………」
「…………」
しばらく双方で無言の時間が続く。
「なぜ何も言わない?」
ローブの男がしびれを切らしたのかそう声をかけてきた。
「……情報収集は大切だ。特に何が起きたのか分からないような状況では」
「では今の間は情報収集だったと?」
「一応」
「何が分かった?」
「なにも。知りたい情報は無いということは分かった。次の情報源はあんたたちだ」
そこまで言ったところでローブの男の隣にいる兵士らしき男が吠えた。
「無礼だぞ貴様!」
「俺はここにいる男が誰なのかも知らんし、ここがどこなのかも知らん。その状況で無礼だというならまず名乗らないそちらが無礼だ」
「なんだと!」
光希の言葉に兵士らしき男は更に怒る。
「なら想像してみろ。お前は突然目隠しをされてどこかに連れさられた。目隠しを取られ、目が開くようになったら正面には人がいる。お前は今みたいな調子で正面の人に話しかけたら横からただの兵士みたいなやつが『この方はこの国王子だぞ無礼者』と言ってくるんだ。お前それで納得するのか? 『そんなこと知るかこの誘拐犯が』と憤慨しないのか?」
光希が淡々と兵士に対して言葉を投げる。
「ぬ、む」
「俺は今そんな心持だよ」
光希の言葉にしっかりと想像したのだろう兵士は言葉を返せず唸るだけだった。舌戦に光希が勝利した所でローブの男が苦笑いしながら話しだす。
「なるほど、確かに君たちから見たらそういう状況なのだろうな。ついてきたまえ。まずはいろいろと説明せねばならんが、ここは落ち着かん」
ローブの男に続いて案内されたのは中世に作られた宮殿に残るような豪奢な広間であった。到着した所で光希を含め四人は促されるままに長椅子に腰かける。そしてローブの男が口を開く。
「さて、まずは自己紹介をせねばならんな。わしはイベヌル。この国の魔法士長をしている」
ローブの男――イベヌルの役職と思われる言葉に光希は首をかしげる。
「マホウシチョウ? どんな役職だ?」
「この国における魔法関連全般を受け持つものだな。魔法士とは魔法を使う者だ。君たちの世界には魔法はないようだな?」
「今はな。昔はあったとされているが」
光希はかつて中世で行われた魔女狩りや、宗教の祖を脳裏に思い浮かべた。
「ところで君たちも名乗ってくれるとありがたいのだが」
「ああ、申し訳ない。お前ら若い順に名乗っていけ」
イベヌルからの催促に光希は自己紹介をさせていく。
そしてイベヌルは自己紹介の際にそれぞれの内面を魔法で分析をしていた。
「えあ、はい。……中村俊、です」
一番年下。おとなしめで自己主張は弱いタイプ。しかし自分は上位にいるべきと考えている節がある。少しおだてれば簡単に乗ってくるだろう扱いやすいタイプ。
「藤堂恵です」
唯一の女性。芯がやや弱く、ちょっとした刺激でどうこうとはならないが続けて打ち込めば壊れやすい。扱いが多少面倒なタイプ。
「四宮樹です」
年長者。おそらくリーダー格。ある程度の実力とそれを盾とした自信を持つ。思慮が浅く、自分ならどうにでもなると思いがち、か。
「彼らは学生。俺は彼らに勉強を教えている相沢という」
読めない。先の会話だけでも異質さは感じるが。扱いに困るタイプ。早々に追放なり殺すなりした方が……。
そんなイベヌルの分析など知らず、自己紹介が終わり、いよいよ本題である。
「俺たちは召喚された、ということでいいのか?」
「そうだな。それで間違いない。君たちは勇者として召喚された、のだが……」
「なんだ?」
「本来この召喚魔法は3人の勇者を喚び出すものだ」
沈黙が流れる。
「……3人。勇者を見分ける方法は?」
「これだ。勇者が触れれば輝くと言われている」
イベヌルが取り出したのは手のひらにのるほどの透明な球体だった。
「持ってみたまえ。アイザワ」
「ああ」
イベヌルから光希に球が手渡されるが、光ることはなかった。
「やっぱりな。俊」
光希から俊へ、手渡される。その瞬間球は輝きだす。青みがかった白い光だった。
「俊は勇者、と。次」
「はい」
瞬から恵へ。輝きは変わらない。しかし色がやや赤みを帯びたようだった。
「恵もだな。となれば」
「おれだな」
恵から樹に手渡される。部屋にいる全員が、輝きがやや増したと感じた。色は純白。雑味は無いきれいな白だ。
「やはり俺は巻き込まれた形だったようだな」
「先生……」
「気にする必要はない。さて、勇者には別枠で説明があるんだろう?」
申し訳なさそうにする恵に一言添えてからイベヌルへと問いかける。
「む? ……ああ、そうだな。資料を用意せねばならん。少し待っていてもらおう」
イベヌルはそう言って席を立ち、目で光希へ同行を求める。何も言わずに光希はイベヌルに従って部屋を出た。
「で、俺はどうなるかな?」
「こんなことを言うのは心苦しいが、勇者で無い物を世話する余裕はない。詳しい話もできないが、敵が迫りつつあるのだ」
「そうだろうな。そうでなければ最終手段であろう異世界からの召喚なんて使わないだろう」
「故に」
光希はイベヌルに続きは言わせず、おそらくイベヌルが求めているであろう結論を提示する。わずかに自分の有利になる条件を混ぜて。
「わかった。お前たちに世話になろうとは思わない。が、せめて三日か四日は生活できる程度の金銭はもらわんとな。俺も生きていきたいんでね」
「わかった用意しよう。それだけか?」
イベヌルも無一文で放り出す気はないようで、要求はあっさりと通った。
「俺たちの国は争いが極端に少なく、人を傷つけることを悪とした法律がある。故に彼らは慣れていない。あまり無茶なことはさせないように頼みたい」
「訓練は行う。いきなり、ということはない。安心したまえ」
それは生徒を気遣う先生としての最後の言葉。今はまだ流されているだけの3人が今後どうなるか分からないが、同じ日本人として、その心が壊れるようなことにならなければいいと願っての言葉だった。
「あんたはいい人、なんだろうな。生徒を預けるのは怖いが、この世界に来た以上はもう俺の手には余る事態だ。彼らを頼む」
「まかせたまえ。これは君のものだ」
イベヌルは懐から金貨を5枚取り出し、光希に渡す。
「……四日分にしても多いんじゃないか?」
この世界の金銭的な相場が分からないが、金貨であれば効果としては上の部類になるはずだ。下手すると年収レベルになりかねない。そう判断しての光希の言葉だったのだが。
「どうやって生活するつもりか知らんが、道具をそろえる必要があればこれでも少ないくらいだ。とっておけ。街はここから歩いて半日の距離だ。道中には獣も出る。気をつけるがいい」
イベヌルはこの得体のしれない男を排除できるならこの程度出費問題はない、と考えていた。ゴネられるよりは多く渡してしまえ、と
「出口は向こうだ。真っすぐ歩け。途中で曲がったりするな」
「わかった。もう会うこともないだろう。あの3人を潰さないようにな」
光希は出口へと歩き出す。
「わかっている。彼らは我々の希望だ」
――コンコン
光希の意識は扉を叩く音で覚醒した。
――コンコン
再度叩く音がする。
「入れ」
「失礼いたします。お時間でございます」
扉が開きマキスが入ってくる。
「ああ、分かった。行こう」
光希はマキスを伴って部屋を出る。
「その前にこちらをお返しいたします」
光希が休む前にマキスに預けた腕時計であった。
「ああ」
「ではこちらへ」
マキスに先導され、光希は廊下を進む。先ほどは気にならなかったが使われている明かりはろうそくや松明ではなく、魔法を用いているのか蛍光灯のようなものだった。先の廊下よりずっと明るい。そんなことを考えながらマキスに続いて歩いていると、
「マスターの時計は先代がお使いになっていたものと同じものでございますね」
マキスの方が話題を振ってきた。このあたりも人形とは思えない技術だ。
「へえ、先代も時計を持っていたのか。ならここに時計の概念はあるのか?」
「大きな物一つだけですが一日を24分割した物が用意されています。ここに住む者たちは皆これを理解するところから始めます」
「なるほど。先代はいろいろと作るのが趣味だったのか」
「確かにいろいろ作られておいででした。私たち人形シリーズもその一つですが」
そこまで話したところで目的地の部屋に到着したようだ。
「こちらになります。ここに住む者たちの代表者が集まっております」
「ああ、分かった。ところで、先代の名前は?」
「先代マスターはトオル様とおっしゃいました」
「トオル、ね。……さて行くか」
光希は先代の名前になぜかシンパシーを感じながら、後継者としての初仕事に臨んだ。
扉を開くと二十ほどの種族代表が集まっていた。そのどれもが人間ではない。しいて言えば人間代表はマスターである光希だろう。会場は円卓のようになっていた。その空いている位置に着く。
「待たせたか?」
「いいえ新たなマスター。それほどでもありません」
光希の発言に答えたのはすぐ右隣にいる人の姿をした魔物。所謂吸血鬼と呼ばれるモノの代表だった。他の種族も同じ意見のようだ。
「それならよかった。まずは自己紹介をしよう」
全ての種族を見回し、そして声を張る。
「このダンジョンのマスターを継ぐこととなった相沢光希だ。皆には先代マスター、トオルに対する敬意があるだろうが、俺が新たなマスターであるが故、従ってもらいたい」
「新たなマスター、ミツキ。我らはこのダンジョンに住み、仕事をもらう代わりにマスターに従うという契約を結んでここにいる。その心配は無用だ」
光希の言葉に答えたのは円卓の反対側にいるドワーフらしきの男であった。
「行き場を失った我らをここに迎えてくれた先代には恩義はあるが、契約とは別のものだ。気にする必要はない」
ドワーフに追従するように言葉を発するのはケンタウルスらしき代表。
「ここでは私たちゴブリン族までもがひとつの集団として生存を認められております。この環境が変わらない限りは」
ゴブリンすらも認めるとは、先代マスターは恐るべき男であったらしい。
そう考えたところで光希の左側から声がした。
「おや、マスター。先代マスターであるトオル様は男性ではございませんよ?」
「人の思考を読むな。だれだ?」
「申し訳ありません。夢魔の種族特性です故ご容赦を」
「読もうとしなければ発動しない能力でしょう? 夢魔はこれだから」
「何よ吸血鬼。やる気?」
なぜか喧嘩腰の吸血鬼と夢魔の代表に、光希は相変わらず仲の悪いことだと考え声をかける。
「喧嘩はやめろ。お前たちの種族をリッチロードの下につけて代表から外すぞ?」
「申し訳ありません、マスター」
「ごめんなさいマスター」
二人が謝ったところでドール代表、マキスが声を上げる。
「素晴らしいですね。先代もそのようにして二人を大人しくさせていました」
他の参加者からもそうだったそうだったと声が上がる。マキスは更に「先代から聞いていたのですか?」と言う。
「先代には会ったことなど無いはずだが?」
しかしなぜ、相変わらずなどと考えたのか? そう思うとマキスは追い打ちをかけるように言葉を紡ぐ。
「しかし先代の時計をお持ちですが」
「同じものを、だろ」
「はい、先代が使っていたものです。傷の位置などが一致していますので間違いないでしょう」
そこまで言われてようやく光希は気付いた。今まではしばしば感じていた、違和感の正体に。そして先代ダンジョンマスター、トオルとは誰なのかに。
「先代は女性だったか? 夢魔の」
「はい、先ほど男性と思っていたようでしたが」
「トオルと言う名前だな? 吸血鬼の」
「はい、先代マスターはトオル様です」
「俺は先代がつけていた時計と同じものをしているんだな? マキス」
「その時計はここで作られたものでございますから」
確認を終え、誰に言うでもなく話しだす。
「ようやく、分かった。ここに来た時、何か既視感を感じたんだ。初めてなのに知っているようだった。先ほどの吸血鬼と夢魔のやり取りを相変わらずと感じたしな。そう、俺は幼いころ寝物語に聞いていた。喧嘩ばかりの吸血鬼と夢魔のことを。何でも言うことを聞く人形たちを。草食の人狼やラミアとドワーフの飲み比べの話。ダークエルフとサハギンの恋物語もあった」
光希が語るたび、代表たちの眼が驚きで見開かれる。覚えがあるからだ。自分に、あるいは種族の仲間にそういうものがいることに。
「すべて母から聞いてきた。この時計も母がくれたものだ。そうだ、そうだったんだ。母の名前は相沢透。俺の母親が先代のダンジョンマスターだ!」
全てが繋がった。
「俺が異世界に来たら親の後を継ぐのか」
書く気が起きても実力が足りない。
続きがみたいという人がいたら感想欄にください。続きを書きます。