二十四話と二十五話の間くらいの話
学園が休みの日。
3つ目の鐘が鳴ったら昼食の心配をしなければいけない。ちゃっちゃと洗濯を終わらせてしまおう。
土曜の8時に活躍しそうな大きな金盥に水を張って洗濯板で汚れものをがしがし洗う。
奥さま愛用の洗濯板だ。私が来るまで毎日奥さまに使われ、色々な衣服をその控え目なデコボコに押し付けられてきたらしいこの板には何故か親近感が湧く。この板は私の気持ちをわかってくれているような気がする。キッチンのまな板とこの洗濯板は私の心の友だ。
生成薬で練り練り作り出した洗剤で、私の両手と一緒に綺麗になっていく衣類の山。今日もいい天気だ。気候もずいぶん温かくなって、洗濯が捗ること捗ること。
ふ ざ け る な ! ! ! !
なんでこの世界には洗濯機が無いんだよ!!!!
蛇口からは直接お湯が出るのに!! 魔道具のコンロもあるのに!!
冷蔵庫だってあるというのに!!
なんで!!洗濯機が!!無いんだよ!!!!
草木を伐採する道具だって私がこの間作ったのが初だ。
そういえば掃除機も存在しない。何故なのだ!?
魔道具のおかげで文明発達してんだから誰か作ってろよ! サボってんじゃねぇ! 私がサボれないだろうが!!
うぅ、洗濯板に力を入れすぎて腕が重い……くそぅ…作ってやる。
私が何もかも作ってやる。
「洗濯機も掃除機も高圧洗浄機も機械式工具も、全部私が作ってやるからな!!」
「…きょ、今日も機嫌が悪そうだねメイス」
振り返ればドクがいた。
赤面する。聞かれちゃってた。
ドクやマスケットやフレイルはもうこの邸には顔パスだ。奥さまに私の居場所を聞いて来たのだろう。
「お、おはようドク。何か用かな?」
「メイスさえ良ければデートに誘おうと思ってきたのだけど、忙しそうだね」
わざとらしく大仰な礼をしつつ言うドク。
ドクは今日も髪を撫で付けて高級ブランド服を身にまとっている。キメキメの装いだが、これがドクの普段着だ。デートの誘いというのも、いい店を見つけたから一緒に昼食を食べに行こう、くらいの意味でしかない。
ランチの誘いは嬉しいが、残念ながら私は忙しい。デートに誘うならマネージャーを通してもらわないと。
「悪いドク。ランチならまた今度だ。今日は私がランチを作らないと」
「つれないね、メイス。そう言って君はいつも僕の誘いを断るじゃないか」
「またそんな思わせぶりな言葉を…。私はてっきり、ドクはマスケット狙いなのかと」
「馬鹿を言っちゃいけない。素敵な女性を口説くのは紳士の義務さ」
「軽薄すぎる」
「…………、少し改めるよ」
ぽりぽりと頬を掻くドク。紳士を目指す貴族の男子は、いろいろと作法を勉強中のようだ。私は作法とかはわからないので端的な感想しか述べられないし、男のドクに女性として口説かれても挨拶に困るが。
「まぁ冗談はさておき、実はお祝いも兼ねてるんだ。聞いたよ。王に表彰されたらしいじゃないか」
「耳が早いな。あぁお父さんに聞いたのか。式で見たよ」
「昨日の夜にね。表彰されるのも当然の話さ。やはりメイスは凄い。僕も友人として鼻が高いよ」
「なんかピンとこなかったけど、ドクがそう言ってくれるなら丸めた紙もらうより嬉しいな」
「しかしメイスが忙しいというなら、残念だけどまた次の機会だね」
「ごめん。埋め合わせはするよ」
「気にしないでくれ。今度はマスケットも一緒に、日ごろ魔術を教えて貰ってるお礼も兼ねて、改めて誘いに来るよ」
「うん、じゃあまた明日」
手を振りながら公爵邸を後にするドク。マスケットを誘いに行くのだろう。
私は仕事をサボるわけにはいかないので、この後の昼食の献立を考える。
ドクはまたどんなお店を見つけたのだろう。明日学校で聞いてみよう。ドクの奢りとは言わず、また三人で食べに行きたい。
ドクはお礼と言っていたが、私が二人に魔術を教えていることのお礼ならすでに十分受け取っている。昼食をご馳走してもらうのだって一度や二度じゃない。だから改めてドクにお礼をされる理由など無いのだ。
それでもドクがああ言うのは、それがドク自身の気持ちということだろう。
大事なのは気持ちである。人にお礼をしたいという気持ち。たまには私からも何か出来ないか。そういえば最近マスケットには化粧品(宣伝用サンプル)をよく貰うし、何か考えないといけないな。
旦那さまや奥さまにも、学園長にだってお世話になっている。はたして私は皆に何かを返せているだろうか。
否だ。
これはひとつ、真剣に考えないと。
私がお世話になっている人。
ドクと、マスケットと、旦那さまと奥さまと、学園長と、先生たち。一応グレイブ先生もか。そのうち東の街のみんなにもお土産の一つも持って帰りたい。
………、
あとは、やっぱり………、
○
青の国、王立騎士団本部。
正式な名前はもっと長かった気がするが、とにかくフレイルの職場である。
昼食を終え、奥さまに午後の自由時間を貰い、中央街の外れの大きな建物を訪ねる。
受け付けの人に取り次いでもらうのに苦労したが、丁度遅い昼食を終えたフレイルが帰ってきた。ほら本当にフレイルの友達だって言ったでしょ?
「なんだあの受け付けは!!フレイルの名前を出した途端話も聞かずに門前払いだぞ!!そりゃアポ無しで来た私も悪いけど、あんな態度は無いだろ!!」
「いや、なんか僕に会いに来る人って、全然知らない人も多くてさ。その度に断るんだけど、いいかげん皆うんざりしてるんだ。特に副団長がそういうの許さない人でさ。気にしないで許してあげて」
「またお前のファンか!!いい加減にしてくれ!!」
どこに行ってもこいつのファンがゴキブリのように湧いて出やがる!私がフレイルに会うのを邪魔しやがって!ふざけるな!!
フレイルの休憩時間はまだ余裕があるようで、休憩室で二人で話す。
誰もいない。テーブルを挟んで座るフレイルと二人っきり。
騎士達はローテーションで休憩を取るらしく、フレイルは最後の休憩組。ここを利用する人は今の時間は居ないのだという。
「それでメイスちゃん。今日は何の用なの?」
「うん、その、こないだはフレイルに助けて貰ったしさ。改めて何かお礼がしたいな~って思って」
「ど、どうしたのメイスちゃん!?何か変な物でも食べた!?」
「どういう意味だ!! あんまり高い物は買えないけどさ。何か無いか? 欲しい物とか。私にして欲しいこととか」
フレイルにはこの間、魔物にやられて死にかけたところを助けて貰ったのだ。
命の恩人である。あれ以来フレイルのことを考えると胸の辺りがモヤモヤするのだ。私の心をすっきりさせる意味でも、ここはキチンとお礼をしておくべきだと思う。
「お礼なんていいよ僕は」
「それじゃ私の気が済まないんだよ。何でも……は無理だけど、何かないのか?」
大事なのは気持ちである。今日のテーマだ。
これから地球に来るサイヤ人を倒すとかは無理だけど、出来る限りはフレイルの希望を叶えたい所存である。
「こないだって、大虎狼のときのことだよね。そういえばあの次の日に城前広場で会ったドレスの子ってやっぱりメイスちゃん……」
「そのことは忘れろ」
「なんでだよ。すごく可愛かったよ?」
「か、可愛いとか言うな!!」
その話は勘弁して欲しい。思い出すだけで恥ずかしいんだ。
それにあの出で立ちは奥さまとマスケットのコーディネートだった。私のものじゃない。自分でもやってみようと思い今日もがんばってみたのだが、いまだに化粧は上手くできないしドレスも一人で着られないのだ。一応化粧は形にはなっていると思うが、服はいつもどおりの帽子とローブである。情けない。
「今日も化粧してるでしょ。僕は可愛いと思うよ?」
「僕はってなんだよ……わかってるよ化粧ヘタなのは……」
「いやいやいや変な意味じゃなくてさ! あのときは服も違ったし、えーと………その、ほらそれ! あのときと同じ口紅使ってるでしょ。あ、そうだ!」
フレイルはしばらく微妙なことを言い並べていたが、ふと思いついたように、
「うん、じゃあメイスちゃん。僕にキスしておくれよ」
「…………は?」
などと信じられないことを言い出した。
「いやだから、メイスちゃんのお礼っての。頬っぺに軽くキスしてくれればいいよって」
「な…………?? 何言ってんだ!! 私が?!フレイルにキス??!!」
「……そんなに嫌がらなくてもいいじゃないか。いいよ嫌ならもう。どうせ僕なんて…」
思わず拒絶してしまうが、あからさまに落ち込むフレイルを見て我に返る。いかんいかん。今日のテーマを思い出せ。出来る限りは、フレイルの希望を尊重しなくては。
し、しかし……キスか……。
頬くらいになら………いいか?
「フレイルがそれがいいって言うなら……まあ頬くらいになら…、……わ、私は嫌だけど! どうしてもそれがいいって言うんなら、しょうがないけど………ごにょごにょ……」
フレイルにキス。フレイルにキス。
「本当に嫌ならいいんだよ? 他のものでも…」
「お礼だから! 私がフレイルにお礼したいのは本当だから。…その、本当にフレイルはそんなんでいいのか?」
「うん。メイスちゃんに何か買ってもらうってのも変だしさ。それくらいなら別にいいかな~って」
「なんだよそれ……適当かよ……、私を何だと思って……」
「いや嬉しいよ!!メイスちゃんにキスしてもらえたら凄く嬉しい!!心からそう思ってる!!」
「そ、そうか……」
まぁでも別に、フレイルがそれでいいって、それがいいって言うのなら、別に私はキス……、頬にキスするくらい別にかまわない。男にキスするなんて死んでも嫌だが、相手がフレイルなら寧ろ………別に!我慢できるし、これは飽くまでお礼で、別に私がしたいからするわけでなくて、別にそれ以上の意味は無いし別に私はフレイルに別に何も思っていない。
あ、いやいや大切なのは気持ちなのだ。今日はフレイルにお礼をしに来た。フレイルにはいつもお世話になっているし私はいつも感謝している。照れくさいから口にも出さないが、今回ばかりはその気持ちを形にしておきたい。私はフレイルにお礼がしたいのだ。つまり私がフレイルにキスしたいと思っているのはいたって正しい気持ちなわけで、
違う。私がしたいのはお礼であり、その内容を提示したのはフレイルである。フレイルの希望を出来る限り尊重しなければ。フレイルがキスを要求するなら私は全力でそれに順ずるだけだ。つまりお礼をしたいのは私だが、キスして欲しいのはフレイルなのだ。私は本当はキスなんてしたくないのにフレイルが私の弱味に付け込んで無理矢理……あれ?なんか変な気分になってきた。私はたぶん混乱している。
「…わかった。………じゃ目瞑って」
「う、うん。…これでいい?」
フレイルが目を閉じる。
私は一体、何故こんなに緊張しているのだろう。
心臓が跳ねて飛び出しそうだ。頭もくらくらする。さっきから視界が小刻みに揺れて止まらない。
「………………」
「……………………………」
椅子から立ち上がり、テーブルを回ってフレイルの側まで近づく。
フレイルの目は閉じたまま。
さらにそっと近づく。 フレイルの顔が近くなる。
フレイルの頬と私の唇が近づいていく。
たぶん私の息がフレイルの顔に当たってる。
あともう一息。
もう少し、踏み出せば、
―――――――、
「だああああああああああああ!!!!!!!!やっぱ無理いいいいいいいいいいい!!!!!!!!!」
フレイルの頬に私の右の拳が刺さった。
「なんで口じゃなくて拳!!??」
「うるさいうるさいうるさい!!!!!何がキスだ!!!このロリコン!!!!」
「痛!痛い!!ちょメイスちゃん危な!!あだぁっっ!!!??」
「うがあああああああ!!!………って、あれ?」
逃げるフレイルを追いかけデンプシーロールで息の根を止めようとしたら、当のフレイルはいつの間にか気絶していた。
体を∞の字に振るのに夢中で気付かなかった。足を滑らせて床に尻餅をつく拍子に壁に頭を打ったようだ。
「だ、大丈夫かフレイル!?」
壁に寄りかかるように倒れるフレイルに駆け寄る。
すぐに誰かを呼んで医務室に。いやとにかくまず治癒魔術…………を……、
……………、
……………………、
「……………治癒」
とりあえずの応急処置を終え、気絶するフレイルの顔を見る。
こうしてまじまじ眺めるのはどれくらいぶりか。
ほんと、綺麗な顔だよなぁ。
触れるのを躊躇ってしまうようなキメ細かい肌。
それほど高いわけではないが、定規で引いたように通った鼻。
閉じられた目は、まつ毛がとても長い。金色の髪もサラサラだ。
呼吸の度に小さく動くが、目を閉じていると作り物の人形みたいだ。
「……………」
そ~っと、頬を指で突いてみる。
……全然起きない。
「……………………」
…なんとなく、キョロキョロと周りを見る。
休憩室には誰もいない。
私とフレイルの、二人っきり。
二人っきり。
……そのフレイルも、今は気を失っている。
「……………………………………………」
フレイルは、
目を、覚まさない。
きっと今なら、何をしても気付かない。
私が何をしても、
事実として、残らない。
………私は、
……………たぶん、混乱している。
●
とんでもないことになった。
「これは酔っ払って広場の寝てるところを介抱してくれたときの分………、
これは9才の誕生日に髪飾りをプレゼントしてくれたときの分………、
これは師匠のために薬草を取りに行くのを手伝ってくれたときの分………」
今僕の身体に馬乗りになっているのは、僕の友達であるメイスちゃん。
浅黄色のローブととんがり帽子。金色の髪と年の割りにも小さな背。可愛らしいのだが自他共に認めるわがまま少女である。
今日はどういう風の吹き回しか、僕にお礼をしたいという殊勝な用件で訪ねてきた少女であるが、僕はというと罠を警戒するあまり無理難題な要求を出してみた次第だ。それが結局はこんな事態を招いてしまうとは。
最終的に我慢が決壊したのか癇癪を起こすメイスちゃん。いつもこの調子で僕に殴り掛かるのだ。ここらで少し悔い改めさせる必要アリといたずら心が芽生えてしまい、少しからかうつもりで暴れる少女の目の前で気絶した振りをしているわけだが。
「はうぅ…、フレイル…フレイルぅ……、全然起きないな………。
こ、これは師匠のおしおきから逃げたのを匿ってくれたときの分……、
えとえと、あとこれはボナンザの分……」
ぶつぶつと聞き取り難い声で何かを呟きながら、執拗に僕の頬にやわらかいものを押し付けるメイスちゃん。
いや、これ唇だよね。鼻息がくすぐったいし。
あのメイスちゃんが!?
驚愕の事実だ。これは現実なのだろうか。冗談とはいえ僕がそうするよう言っておいて何だが、メイスちゃんが僕の頬にキスしている。
気絶した振りのままなので目を開けることも出来ないが、少女の両手ががしりと頭を固定しているのが怖い。爪が食い込んで痛い。
「はぁ…はぁ…どうしよう、何にも思い浮かばなくなってきた……。
というかなんで私はこんな、ううぅ……どうしよう…どうしよう…」
この不機嫌な少女が一体どんな顔をして僕の頬っぺにキスをしているのか大変興味があるのだが、しかしやはり目を開けることは出来ない。「ふれいるがわるいふれいるがわるい…」と繰り返す声だけが耳に聞こえて、なんか色々と、致命的にマズい気がする。
いつまで続くんだろう、これ。
このままではマズい。じりじりと奈落の崖に近づいているような気がするんだけども。「次で!
次で最後にしよう! そうしよううんそれがいい!
………フレイル、お願いまだ起きないで」
ほ…、どうやら次で最後にするらしい。
なんとかこのまま乗り切れそうだ。これが終わったら僕は少し間を開けて何食わぬ顔で目を覚まそう。
そして全て忘れてしまおう。それがきっと巡り巡って人類の平和に繋がるはずだ。
「さ、最後か…、
……………、……口か?
誰も見てないし、最後に思い切って、マウストゥマウスで」
と思ったらとんでもないことを口走っている。
一体どうしたんだよ今日のメイスちゃんは!? さすがにそれは駄目だって! 女の子が簡単にそんな……、まさかファーストキスじゃないのかな?
いやいやいやいや、だとしてもそれはマズすぎるでしょ!! 目を覚ますんだメイスちゃん!!
「フ、フレイル、 こんなわがままな私と友達でいてくれて、いつも一緒にいてくれてありがとう!!」
「メイスちゃんちょっと待ったぁ!!!!」
飛び起きて少女を制止する。ああ、やってしまった。
「!?フレイル起きて…!? ………最初……から…?」
「あ…いや…さすがにそれはどうかな~って思ってそれであの…………ごめん」
「…………………どういうことだってばよ」
一瞬だけ驚いた顔をするメイスちゃん。ぷるぷるしながら俯いてしまった少女がどんな顔をしているのかわからない。
はたしてこの後どういう対応をするのが正しいのかもわからない。
メイスちゃんは……また聞き取り難い声でぶつぶつと何かを呟き始めていた。
「………なきゃ……さなくちゃ」
「メ、メイスちゃん?」
メイスちゃんは俯いたまま、ころさなきゃ、ころさなきゃ、と繰り返している。怖い。 とんがり帽子の広い鍔に隠れて表情は窺えないが、きっとそこには怪物がいる。このままでは僕の命が危うい。
なんか言わないと。何かいわないと。
「えぇーとえーと、何て言ったらいいのか、メイスちゃん」
「……………」
言葉が浮かばない。
何を言っても無駄な気がする。あれ?これもう僕が死ぬの確定してるんじゃないのか? しかしあのメイスちゃんがこんなことするなんて、マスケットちゃんもこの間言っていたけど、ひょっとしてメイスちゃんって僕のことを……、
「 記 憶 を 失 え ! ! ! ! 」
などといらんことを考えている内に執行の時は来たようだ。
メイスちゃんの手から放たれる雷が部屋を隈なく蹂躙し、僕の意識と記憶はあっけなく掻き消えることになった。
○
…………、
…………うぅん?
「やっと起きたか。騎士フレイル」
「……あれ? 副団長??」
なんでサーベル副団長がこんなところに??
……ってヤバっ!!
跳ね上がるように起き上がり、スパンと音がするくらいの敬礼。
「貴様の客だろう。例の魔道師の少女が来た」
「?? メイスちゃ…彼女が何かしたのでしょうか?」
「貴様が倒れていると報告を受けた。少女はすぐに帰ったがな」「失礼しました!!! すぐに任務に戻ります!!!」
「馬鹿者が!!言う前にさっさと戻らんか!!!」
逃げるように部屋を出ようとするが、やはり殴り飛ばされた。
壁に打ち付けられて後頭部を強打する。あれ?何か思い出しそう?
「騎士フレイル!!!!」
「は、はいっっ!!!!」
「貴様は、よもやそんな顔のまま任務に戻るつもりではないだろうな?」
「はい!?? おおおっしゃる意味がわかりません!!」
そこでまた殴られた。
理不尽を感じるが、これでも手加減はされている。この人が手加減無しに殴れば、その人間はよくて病院行き、悪ければ墓場行きだ。
「たるんどる……、すぐに顔を洗って来い!!!!」
「は、はい!?了解しました!!!!」
「……懲罰は覚悟しておけよ?」
「…………了解であります」
わけがわからない僕を尻目に、それ以上は何も言わず部屋を出て行くサーベル副団長。 しかし相変わらず凄いパンチだ。僕の頬を抉るような、頬の皮を削るような殴り方だった。 …そういえば顔を洗えと言っていたな。僕の顔に何か付いているのだろうか?
付いていたとしても今のパンチで全て削り落ちただろう。皮膚が無くなって血が吹き出ていてもおかしくない。
まあ顔を洗えと言われたのだ。素直に従って顔を洗う他無い。
それはともかく、メイスちゃんが来ていたのか。ううん、記憶がはっきりしないが、何か、思い出してはいけないことがあったような気がする。
…っと、いけない。ぐずぐずしているとまた副団長に殴られる。
サーベル副団長のことだ。今度は剣を抜くということもあるかもしれない。訓練という名の粛清が行われるかもしれない。
本当、すぐ手が出るところなんかは、メイスちゃんに似ているかもしれない。
しかしあの少女とは違う。
サーベル副団長は、僕とそう変わらない歳でありながら、この青の国最強の騎士と称される女性なのだ。