十一話と十二話の間くらいの話
パン屋のにーさんと友達になってしまった。
いや、友達ならそんな呼び方はしないはずだ。
フレイルさんと友達になってしまった。
……初めて、友達が出来た。
「うぅぅ~~、どうしよう、どうしようぅ」
自室をうろうろしながら考える。
友達が出来た。
友達が出来たのだ。
お父さんお母さん。私にも友達が出来ました。
………で、どうしよう?
昨日、街のパン屋の長男で騎士でもあるフレイルさんに恋愛相談を受けた。
彼がずっと憧れているというフランシスカさんに婚約者がいるのは、実を言うと数年前から知っていた。師匠の治癒魔術を受けるフランシスカさんの家には私も何度も訪問しているし、住み込みのメイドさんであるピルムさんには山菜の取れる場所や料理の仕方など色んなことを教えてもらっている。
フレイルさんが始める前からすでに恋敗れているのを事前に知っていた私は全力で事の成り行きを楽しんでやろうと、真実を小さな胸に隠したままアリーナ席で観戦することにした。その件については私の想像通りの結果に終わり、無駄に顔のいいフレイルさんがあっけなく振られ、傷心に落ち込むザマをやんややんやとおちょくったものだが、
フレイルさんは何を考えたのか、私と友達になろうと言い出してきた。
信じられなかった。
ここまでの仕打ちを受けてその相手と友達になろうというフレイルさんの神経が、では無い。
私に、友達が出来たというその事実がだ。
あまりに突然のことに、頭が真っ白になった。
オレンジジュースで乾杯をしつつも、内心全く穏やかではなかった。
どうしよう。どうしよう。
今度はベッドに飛び込んでみる。
どうすればいいのかを考えて、昨日は夜も眠れなかった。
もうお昼だというのに、今も全然眠くないのだ。
私はこれまで、元の世界に於いても友達がいたことが無い。ゆえに考えたことも無かった。
友達が出来たら、何をすればいいのだろう。
友達なのだから、一緒に遊んだりすればいいのだと思う。
……どう遊べばいいのか。
一緒にテレビゲームをしたり、アニメを見たり、インターネットのおもしろサイトなどを教えあったりするのだろうか。
そんなものはこの世界には無い。
…だったら、一緒に買い物したり、ご飯食べたり、映画見たり遊園地行ったりすればいいのか。
映画と遊園地は無いが、買い物や食事はありかもしれない。そうだまずは買い物にでも誘うのがいいのではないか。
買い物に誘う。
誘…う……?
どうやって誘えばいいんだ?
電話をかければいいのだ。メアドを手に入れなければ。
……だからそんなものこの世界に存在しないんだってば。
駄目だ、詰んだ。
いや詰むなよ! 諦めんな!
ぐるぐるぐるぐる。
ぐるぐるぐるぐる。そんなことばかりを一晩中考えて、気付けば翌日のお昼になっていた。
お昼である。正確には三つ目の鐘と四つ目の鐘の間くらい(11時)。そろそろランチを考える時間だ。フレイルさんをお昼ご飯に誘うべきかどうか。誘うとしてどうやって誘うのか。
ぐるぐるぐるぐる。
いくら考えたところで答えはひとつしか出てこない。
直接。街まで行ってフレイルさんのいる騎士詰所まで行って、面と向き合って食事に誘うのだ。もうこれしかない。
…………、
…無理だよ。
私には無理だよ。何て言って誘えばいいんだよ。
さもなければ手紙でも出すか?
拝啓、親愛なる友人フレイル様。木々の間に小鳥のさえずるお昼時、いかがお過ごしでしょうか。
落ち着け。ただ食事に誘いたいだけなのだ私は。
ああでもぐだぐだ考えている内に時間だけが過ぎてしまう。フレイルさんが昼食を終えてしまえば、私が昼食に誘うことが出来なくなってしまう。
時間は限られている。
覚悟を決めろ。
ベッドから飛び出し、机の引き出しから鏡を取り出す。
椅子に座って覗き込むと、何とも言えない表情でハの字に眉を捻った金髪幼女が映る。私です。
指でむにむにと眉間の辺りを揉み、口の端をくいと上げてみる。
鼻を摘んだり、目を強く瞑って大きく開けたりしてみる。
えーっと、
「フレイルさん。もしよろしければ、私とお昼ご飯を一緒に食べていただけませんか?」
………違う。これじゃ敬語の例文だ。
もうちょっとこう…、フランクな感じに、
「ヘイ!フレイル! これから一緒にランチでもどーだい!」
フランクすぎる。私のキャラじゃない。
うぅ~ん。やはり表情が硬い気がする。変な印象を持たれると気まずいかもしれない。セリフももっと考えないと。
「フレイルさんがどうしてもと言うなら私が一緒にお昼ご飯を食べてあげてもいいです」
上から目線か。
「フレイルさんなんかとご飯なんて食べたくないんだから! 勘違いしないでよね!」
ツンデレ乙。
「フレイルさんが一緒にお昼ご飯を食べてくれなければあなたを殺して私も死にます」
恐ろしいよ。
「さっきから何をしとるのじゃお前は」
だからどうやって友達を誘えばいいのかわからないからこうして鏡に向かって練習を……、
…………、
「……師匠、いつからそこにいたんですか?」
「お前が鏡に向かって気味の悪い百面相をしとるくらいからじゃが」
いつの間にか師匠が居た。しばらく見ていたらしい。
仮にも身体は女の子である私の部屋にノックも無しに入るなんて、師匠ったらデリカシー無いんだから、あははははは……。
○
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!
恥ずかしさのあまりいきおい家を飛び出してきてしまった。まだセリフの練習も十分でないというのに。
ううぅ、あのクソジジー。死んでしまえ。
絶対勘違いされた。落ち着いて思い出してみると、あれじゃ初めてのデートに挑む女の子みたいだ。私とフレイルさんは只の友達だというのに。
私は姿こそ美少女であるが、中身は立派な大和男子である。そうだぐだぐだ考えるなんて男らしくなかった。女々しい心を捨て去って当たって砕ければいいのだ。
ちょっと友達とお昼ご飯を食べてきます。
それだけ言って扉を蹴破り飛び出してきた。
もう後には引けない。このままフレイルさんの居る街の詰所に向かおう。
東の街の北側の門にほど近い騎士詰所。
この街の常駐騎士は現在フレイルさんだけだ。この街に配属されるのを騎士が嫌がるのも、田舎であることが大きく関係しているらしい。というのも魔物の多く棲息する東の山脈から近い場所に位置するこの東の街である。首都の人たちの偏見ではしょっちゅう魔物が襲来する人外魔境の危険地帯という認識があるようだ。だったら余計に騎士が必要ではないのかと思うが、実際は平和な街である。
それに師匠もいる。引退した身であるが、師匠は一人でこの国最強の戦力ということになるらしい。A+ランクの魔道師ということらしいが、どこまで本当なのかはわからない。
ともあれ、
「おや、こんにちはメイスちゃん。どうしたの?」
「こんにちはフレイルさん! き、今日は遊びに来ました!」
「え!?遊びに!?」
考える間も無く騎士詰所に到着した。レンガ造りの小さな建物に足を踏み入れる。
私と同じ金色の髪に、騎士普及の皮製軽鎧。机に向かって何かしているフレイルさんと挨拶を交わす。
今日から、いや昨日からこの人が、私の友達なんだ。
「そ、そうか、友達なんだから、遊ぶよね普通」
「ええまあ、遊ぶというか何というか、その……」
今回のミッションはランチタイムまでに目標を食堂へと誘導することだ。作戦に投入できる弾薬はたった一つ。
お昼ご飯を一緒に食べませんか。
これしかない。さあ言うんだ。
「フレイルさん。よかったら私と、その、お昼を、おひルごはン、、ィッショニ、、、、」(モニョモニョ
……たった一つの弾薬が不発した。
どうやら湿気ていたようだ。
みるみる語尾が萎んでいくのが自分でもわかるのだがどうしようもない。だって私の声が小さくなるのに比例してフレイルさんが耳を向けてどんどん距離を詰めてくるんだもの。近い。近い。
「ごめんメイスちゃん。よく聞こえなかったんだけど」
「近いです。フレイルさん」
「ご、ごめん!」
あわてて離れるフレイルさん。
一旦深呼吸する。言葉を発するタイミングがわからない。気付けばローブの裾を皺になるほど握り締めていた。
情けない。これが長いことぼっちだった者の弊害か。
「……………」
「……………」
…………、
天使が通る。
会話が…、会話が続かない。
何か言わないと、そう考えるほどに何も言葉が浮かんでこない。おかしいな、昨日まではこんなことなかったのに。昨日の今日で全てが違う。私はどうやってフレイルさんと会話してたんだっけ?
何か言わないと、何か言わないと、
えーと、えーと、えーと、
「……メイスちゃん?」
「ぅえ!?はひ!??」
「よく考えたら僕、仕事中だったよ。報告書まとめなくちゃいけないんだ。ごめんね。また今度一緒に遊ぼう」
「そ、そんな!」
違うんです。お昼の休憩時間を一緒に過ごしたいだけなんです。
しかし一言も言葉にならない。うぅ…完全に失敗だ。私は友達一人満足に誘うことも出来ないのか。
……はぁ、今日は諦めるか。また明日がんばろう。
うん、思えば昨日の今日で話が急すぎたんだよ。別にフレイルさんとはいつでも遊べるんだし、もっとゆっくり考えて心の準備とかもしっかりしてから改めて誘うことにしよう。
「あ、そうだメイスちゃん」
「……はい、なんですかフレイルさん?」
最後に、うなだれて詰所を後にしようとする私にフレイルさんが言う。
「そのフレイルさんっていうの。僕らはもう友達なんだからさ。年は離れてるけど、さん付けは無しにしようよ」
「え? 呼び捨てでってことですか?」
「うん、これからはフレイルって呼んでよ。敬語も無しにしよう」
「そ、そんないきなりは……、急に無理ですよ」
「ほらまた敬語出てる」
私の前に立つフレイルさんがしゃがむと、丁度目線の高さが同じになる。
じっと見られると気恥ずかしい。目を合わせられない。
フレイルさんは何故そんなことを言い出したのだろう。
私はお昼ご飯を誘うことも出来ないのに。フレイルさんは会話一つで悩んだりしないのかな。普通しないんだろうな。
たしかに普通の友達は敬語なんて使わない。フレイルさんは私以外に友達は居ないと言っていたが、酒場のマスターやフレイルさんに近しい人はみんなタメ口で話している。 フレイルさんは年上だが、友達であるならば私もタメ口で話すべきだと思う。
「じゃあ…、フ、フレイル! こ、これからはっ、敬語使わないからな。対等な友達、なんだからな」
「うん。メイスちゃん」
ちゃんと友達の目を見て、その名前を呼ぶ。
私の友達が、まっすぐ目を合わせて名前を呼んでくれる。
まだ少し気恥ずかしいが、すぐに馴れるだろう。
と、そこで街の鐘が鳴り出した。 四つ目の鐘。お昼時だ。
「ん、もうそんな時間か。
ちょうどいいや。メイスちゃんお昼ご飯まだだよね?」
「はい。…あ」
「はいじゃないでしょ。それじゃ、一緒に食べよう」
「う、うん!」
私が誘いたかったのだが、結局向こうから言われてしまった。
まあいい。これからはいつでも気軽に誘えばいいのだ。食事でも買い物でもピクニックでも。
まだ気恥ずかしいが、すぐに馴れる。
私と彼は、対等な友達なんだ。
そう考えるとなんだかうきうきして、私は珍しく上機嫌になった。
フレイルと手を繋いで、一緒にランチを食べに行く。