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価値観と感情と結果

一連の騒ぎの後、司令官は彼女を連れていくから俺達も中へと入れと促し、結局、全員で学園の中へと揃って入る事になった。


鋼の恐ろしく巨大な扉が、ゆっくりと左右に開き、いつ見ても圧巻の一言の光景を眺めていると、制服の袖がほんの少し後ろに引っ張られ、何だ?と思いながら振り向くと、栗色の髪が視界に映る。


「中尉さん。少し聞きたいのですが、この大きな扉というか、壁みたいなのはどれくらいの大きさ何ですか?そもそも、こんな物はここでしか見たことがなくて……一体どういう物何ですか?」


そんな質問をする彼女は、俺のすぐ後ろに立っていた。振り向いた瞬間に栗色の髪が頬を撫で、彼女の顔が触れ合えそうな距離にあり、一瞬ーーほんの一瞬、彼女の声が叶の声に聞こえ、俺は懐かしさに捕らわれてしまったかのように、こう答えていた。


「あえて答えない」


彼女はそんな返答に瞬きを繰り返し、そんな事を言った俺は慌てて首を振ると、彼女は微笑みながら、俺へとこう切り返してきた。


「わかりました。中尉さんは、意地悪なんですね?」


「いえ、そのような事は……鳴瀬親子のやり取りの影響ですね。毒されたようです」


「そうですか。じゃあ、そういう事にしておきます」


笑いながら言った彼女を俺は困った顔で見ていたら、大声で俺を呼ぶ声が聞こえ、俺はそっちを見ると、美紀が手を振りながら俺達に向かってこう言ってきた。


「零司〜早く来いって言われてるよ〜!大尉も早く来てください!との事です〜」


美紀の横に並ぶ司令官は、待たせるなよ?というように微笑みながら、煙草に火をつけ、俺は彼女へと向き直ると、行きましょう。と一言告げてから歩き出し、彼女も俺の背を追うように歩いて来るのが、気配で解った。


「貴様等、ちゃんと着いてこいと言ったはずだが?まあいい、特待生ヒヨッコよく見ておけ、ここが貴様の帰る場所になり、同時に守るべき場所になる所だ」


司令官は、紫煙を吐き出しながらそう言って周りを見渡すように顔を動かし、そんな司令官を見習うように、彼女も周りを見渡すと、驚いたように目を大きくしながら、彼女はただ一言ーー


「これが……学園?」


そんな声を聞きながら、俺は初めて来た時の事を思い出す。彼女と同じように、この光景を見ながらそんな声が出たな。なんて、思い出さずにはいられなかった。


眼下に広がるのは、巨大な穴。いや、穴という表現は、実際には間違いだ。


「見ろこれを。これが、貴様が守るべき場所だ。終わりかけの世界とやらが生んだ奇跡だ。崩落した学園都市、またの名を、地に落ちた楽園。故に、我々はここをこう呼んでいる。『フォーリングヘブン』と……特待生ヒヨッコここはな、日本と言う一国家の、落ちた天国だ」


司令官の声に合わせ、俺はこの光景を瞼に焼き付けていく。忘れる訳がない。俺は、忘れる訳にはいかない。


「天国というのが、善人を迎え入れるのならば、地上に落ちた天国はーー善人のみならず、生者せいじゃすら迎え入れたわけだ。ここはな、我々の逃げ場が無いことを、我々が敗走した場合どうなるか?その答えは、目の前にある。今貴様が見ているのが答えだ」


彼女に言ったはずの言葉は、俺に向けられたように思え、俺の手は無意識に拳を握り締めていた。


「……ここには、どれくらいの人がいるんですが?いえ、そんな事は問題じゃないですね。ええ、改めて聞かせて下さい。ここにいる、『市民』は何人いるんですか?」


「この学園の全体の約75%。正確な数は言えんが、5千〜6千人と言う数値だろう。残り25%が我々だ。だが、全てが戦える訳ではない。貴様も知っているだろう?我々の適用細胞は万能ではない」


「……授業で習いました。幻想種適用細胞、これに適性があった場合、それは国の為に尽くす義務があると。しかし、それは同時にーー」


彼女は、言葉を切ると俯き、俺はそんな彼女を見ながら、何ともいえない気持ちになっていく。


「そうだ。我々は、選ばれた壁となる。新たな命を誕生させ、次の戦場では、より多くを殺せる兵士。新たな兵器を開発する天才。食料を生産する市民。建築物、壁を作り上げる技術者。これら全ての壁となる。時代を継ぐ、新たな人の為にな」


「それは詭弁ですよね?わかって言ってますよね?私達は、ただの……実験台モルモットですよ。幻想種適用細胞は万能じゃないです。これを投与した場合の平均寿命は、投与した際の年齢にも左右されてましたが、おおよそ6年後には、93%以上が死亡していますよね?戦死等も含まれている数値だとしても、幻想種適用細胞の副作用……としか思えません」


「なるほど。特待生ヒヨッコ、この場は聞かなかった事にしてやる。だが、覚えておけ。詭弁はな、自分の身を守る為に吐く言葉だ。貴様が上に立った場合は、これを思い出せ。それから、今から言うこれは聞かなかった事にしろ」


司令官は、厳しい目付きをしながら煙草を地面に投げ捨て、彼女へと向き直ると彼女は司令官の方を向きながら、静かに頷く。


「幻想種適用細胞は、我々の軍には必要な物だ。奴等を叩きのめすには、これが無いと始まらん。しかし、この細胞の適性者は、全てが戦いに向かう訳ではない。当然だろう。死ににいくような行為に、人というのは本来耐えられないように出来ている」


司令官は一度言葉を区切ると、いつの間に出したのか、新たな煙草に火をつけ紫煙を吐き出すとやるせない表現で続きを語りだした。


「逃亡行為は重罪だ。しかし、それは実際に起きている事実でもある。逃亡するだけならまだいいだろう。自分達の寿命が、限られた時間しか無いと悟った人間は……それを受け入れた上で真っ当な使命とやらを全員がやり遂げる。そこまで出来てはいない。人間は、そこまで誠実ではないのだ。故に、実際はあり得ないだろう」


「それは当然だ。当然の事だ。軍に属するからと言って、全ての人間が同じように行動をし、理念を共にし、志しを同じくするなどあり得ない事だろう。そんな事を仮に可能だとすれば、洗脳……もしくは、強大な宗教のような人心を操る術が必要だ。世界の危機だから戦う。市民を守る為に戦い、この国の未来の為に奮起する。愛する者を守り、仲間を守り、一個人として可能な限りの全てをやり遂げて死ぬ。他者に称賛され、それは国の為の尊い犠牲だと言われ、お前は偉い、それこそが人間としての行いである。それこそが、日本人としての本懐であると言われたとしよう」


「そんな綺麗事や称賛など、糞の役にも立たん。そんな事を言ってる暇があるのなら、銃を持ち、敵という敵に撃ちまくれ!弾が無いなら、その辺のナイフでも拾って突き立てろ!戦場に称賛など不要。生者は動ける、死者は物言わぬ。一瞬前まで話をした者は、一瞬立たぬ内に物言わぬ身になることもある。それが全てだ。それが事実であり、それが真実だ。寿命が決まっているかもしれない、それは仕方がない事だろう。そうなってしまったのだからな、誰も好き好んでそれを背負う者などいない」


「だが、それでも我々は進むしかないのだ。退くことは許されない。前進し、奴等を叩きのめす!そして、人というのが、諦めの悪い集まりだと知らしめる事が必要なのだ。それは、我々にしか出来ない。身を捧げる事を強要し、死地に向かわせ、あわよくば生者として帰還し、次の戦場へ行けと命令する。腐っているだろうとも。こんな事をしなくては、我々は生き残れないのだからな。ああ、分かっているとも、全て承知の上で我々は戦う事を強要させられているのだと」


フィルター付近まで吸った煙草を司令官は地面に投げ捨て、長い息を吐きながら司令官は空を眺め、ゆっくりと口を開く。


「だからこそ、だからこそ!我々は我々のすべき事を、しなくてはいけないのだ。仮に逃げても構わんし、その力を悪用、もしくは、その力を行使しなくてはいけなかったとしよう。それはそれだ。その人間は、それが正しいと思っているのだろう。そうせざる負えなかったのだろう。それしか方法がなかったのだろう。人間として、実に正しいと思うが……果たして、それはーーこの世界の終焉に対して救いになるだろうかな」


「そして、それは、当の本人が思考し、何らかの答えを出さなくてはいけない事でもある。我々の時は短いかもしれんし、長いかもしれん。屈するなーーとは言わん。死に対する恐怖に震える事は、それは生きた証を日々に刻む事と同意だ。それが、生きている証拠になるだろう。いつ死ぬか分からない日々に怯える事は、恥では無い」


「故に、私はなーー恐怖を体感しながらも、退くことはあり得ないだろう。そんな生き方しか、逆に私は知らんのだ。それだけだ」


長い話を聞き終え、俺達は何も言わずにこの光景を眺めていた。


何か言わなくてはいけないのだろうが、何かを言うことは出来ないだろうと思っていた。俺には、その資格は無いのだから。


司令官が口にした言葉は、反逆ともいえる行為だろう。軍には秩序が必要だ。秩序は守る為にあり、人の感情や意見など容易くねじ伏せる。


そういうものだ。大きな括りは、覆せないものを生むのだ。それが、この世界の在り方で、俺達のような歪な存在には……全てを受け入れる事を望んでいるわけだ。


だが、それは叶わないのだろう。それが、人という脆弱な存在なのだから。


人は、人である以上、人としての尊厳を捨てられない。それは、美徳であり、ただの愚かさの象徴でもある。


俺は愚かな人間だろう。復讐したいと願い、感情を破棄する事は完全に出来ず、こうしてーー


馴れ合いの中にしか、自分の身を置くことが出来ずにいる。それが、酷く脆くて、直ぐに壊れてしまうと解っていて、いつか無くなると理解して、それでも……


それでも俺は、ここにこうして存在していることを、俺がここにいて当たり前だろうと、自分が認識していることを受け入れてしまっているのだから。


ああ、そうだとも。こんなに醜い。俺の心は、歪んで腐っている。


人間だからか?人というのは、こんなにも弱いのか?ただの他人の言葉に、こんなにも影響されるのか?


解らない。俺には理解出来ない。司令官の言った言葉は、俺には理解出来ない。


俺は、人間をそこまで愛せないのだから。人間の自分自身を愛せないのだから。


結局、俺は自分が嫌いなんだと、この場で再認識したに過ぎない。


当たり前だ。俺は、自分の思考にヘドが出そうになりながら、喉からせりあがる言葉を飲み干し、変わりにほんの少しだけ前に足を踏み出す。


何も言わず、俺は踏み出した足と共に頭上を見上げ、真っ青な快晴の空を見つめながら、息を吐き出す。


誰にも言えない。これは、俺への解けない問題なんだ。解いたら、俺の何かが変わってしまう。だから、解かない。解くわけがない。


「……さて、無駄話はここまでだ。貴様等、行くぞ」


赤い髪が風に舞うのを見ながら、俺は後に続くように踏み出し、煙草をくわえて火をつける。


「……零司。貴様、後で一本よこせ。私の予備が無くてな、無駄話などするものではなかったな」


「無駄かどうか、アンタが決める事じゃない。俺から言わせてもらえばーー」


俺は箱から煙草を出し、司令官は軽く振り返りながら俺を見ると、煙草を受け取り火をつける。


「いや、何でもない。柄にも無いことを口走りそうになっただけだ」


「貴様の悪い癖だな。胸の内に溜めて置くと、いつか崩壊するときが来るぞ?その時には、貴様が言う言葉が意味を為せばいいだろうな」


意味とかそんなものはない。きっと、ないんだ。


俺の世界は、とっくの昔に終わりを告げているんだからな


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