ようこそ神之門学園へ2〜日常の一幕〜
彼女の笑った表情が叶が笑ったように見え、俺はつられて笑ってしまいそうな顔を引き締めると、彼女はそんな俺に小さく首を傾げ、そんな中俺達の間を穏やかな風が吹いた。
栗色のロングウェーブパーマの髪が腰の辺りまでの長さになっていて、穏やかな風に吹かれて少しだけ浮き上がり、それを彼女は片手で押さえながら俺へと視線を向ける。
目線の高さはほぼ同じ、愛嬌のある大きな目が一度瞬きを終えると、綺麗な紫の瞳が俺を映し、ピンクの小さな唇が微かに動きを見せ、口元は微笑みを見せてくれた。
整った顔のパーツと相まって、彼女は童顔と言うべきだろう。あどけない、子供のような笑みと、あの大きな目がそう思わせる。だが、パッと見た限りは綺麗な人、と言う印象が強いかもしれない。
華奢な体躯だが、実に均衡の取れた体つきをしていると思う。紺のスカートから覗く足は、彼女の肌の色と同じ絹のような白さを見せ、女性なら羨ましく思うかもしれない細さと長さを持っている。
かといって、胴体が短い訳ではなく。足の長さにちょうど良い、均衡の取れたバランスを保持している。
腕も細く、ある程度の長さを持っているそれを眺めていると、髪を押さえた指先に目が行く。
女性らしい特有のしなやかさを見せる中、彼女の動きに合わせて白のスクールシャツがある一点揺れ動く。
紺のブレザーが視界を横切り、赤い紐のリボンが胸元で揺れ、白のスクールシャツがまた揺れ動く。
今まで見てすらいなかった所が、不意に存在感を露にしてしまった為か、彼女の華奢な体つきからは、不釣り合いなその部分に目がいくのは当然の事だった。
一体、美紀の何倍あるのだろうか?美紀のは、なだらかな丘。彼女のは、例えるならば山だろう。
どこかに出掛けた際に、乗り物等から見える山が巨大だな……と思うような感覚に近い。それほどの存在感は、またも揺れる。
「……零司、後でちょ〜〜〜っと話があるんだけど?いいよね?構わないよね?」
隣にいる発展途上からの威嚇に、俺はようやく現実に帰ってきた。
「いや、俺は遠慮しておく」
即答で返し、その様子が可笑しかったのか何なのか、髪を押さえながら彼女は微笑み、俺達はその微笑みを見ながら照れたように髪をかき、つい俺はこんなことを口走ってしまった。
「悪い、いつもの事だから気にしないでくれ」
「ちょ!零司!大尉に対してそんな口調は不味いよ!」
しまったと思ってから、素の発言をしてしまった事を後悔し、背中から嫌な汗が伝うのを感じながら、俺は彼女を見やり、彼女は手を横に振りながらこう言ってきた。
「いえ、私は気にしません。むしろ、それが望ましいくらいです。階級うんぬんは、一度置いておいて、普通に喋ってくれたら嬉しいです」
そんな彼女の望みに対し、俺と美紀は互いに顔を見合い、小さく頷きながら、俺は彼女へと向き直ると改めて敬礼をし直す。
「大尉殿、我々は階級がある軍に属しています。個人的な感情を持ち込む事は、本来は有り得ません。ですが、良ければ発言の許可を願います」
「はい、良いですよ。言ってください」
彼女の許可を得て、俺は息を吸い込むのと同時に目蓋を閉じる。開いた時には、俺は微笑んでいたと思う。
「大尉殿のお考えは良く解りました。我々が同等の立場になれば、それは叶うと言ったのを覚えていますでしょうか?」
「ええ、覚えています。階級とか立場とか、私には正直理解は出来ません。でも、それを守らなくてはいけないと言うことは、よくわかっています。無茶なお願いをしている事もです」
「大尉殿、我々はこの場でその願いを叶えて差し上げる事は不可能です。階級が上がるような事もなければ、大尉殿に対し、我々は敬意を払う事が絶対です。故に、我々はこの場では叶えて差し上げる事は出来ません」
悲しそうな表情をしながら、彼女はそうですか。と呟き、俺はそんな彼女に対し微笑みを浮かべながら、続ける。
「ですが、一つ例外があります。司令官に逢った際に、大尉殿のお考えが変わらなければ、それは可能となります」
「……どういうことですか?ママとは誰なんですか?」
「その問いには、私が答える。全く、政府の糞共がさっさと来いと行っているから待っていたら……お前達が特待生を捕まえていたとはな」
そんな声に俺と美紀は即座に向き直り、学園の巨大な鋼の壁が、ゆっくりと開け放たれた。
中から出てきたのは、濃厚緑色の軍服を見に纏った背の高い女性。黒のヒールが地面を叩く度に音を響かせ、ダークグリーンのタイトスカートから覗く長い足は、黒のストッキングで覆われている。
軍服は、一見見れば普通のスーツと同じような物だ。ダークグリーンのブレザーに、白のYシャツ。赤の胸元までしかない短いネクタイを締め、そのネクタイが、凶器の間に埋没しながら、小さなダンスを踊っている。
歩く度にそれは弾み、きちんとブレザーのボタンを閉めているのに対し、無理矢理閉まっているかのようなYシャツのボタンは、窮屈そうにその凶器を何とか押し留めていて、その背後には真っ赤な髪が歩みと共に宙に跳ね回る。
セミロングの髪は、胸元の下辺りまでの長さを保持し、綺麗に真っ直ぐ下りており、視線を上げれば端整な顔つきの女性は、煙草を吸いながらこっちへと辿り着く頃だった。
切れ目で、鋭い眼光をこっちへと向けながら、鮮やかな銀色の瞳と俺は目が合う。紫煙を吐き出し、女性らしいぷくっとした唇には、薄い紫の口紅をつけているようだ。
背が高く、身長的には170以上はあるその女性は、どこぞのモデルのような体型をしている。体型維持がしっかりとしているのか、痩せ過ぎずそれでいて、大人の女性の体つきを見事に体現したような女性は、長い腕を口に持っていき白の手袋をした指先で食わえた煙草を地面に投げると、真っ先に女性は俺へとこう告げる。
「零司!貴様、私を待たせるとは良い度胸だ!分かっているな?後でたっぷりとしごいてやる!愚息を洗って待っておけ!!返事!!」
「了解!!司令官!!」
「あ、この人が……ママなんですね」
間の抜けたその発言に、慌てたように美紀が司令官と彼女の間に立ち塞がる。
「待って下さい!司令官!大尉は着任したばかりで、一般人だった人です。これから軍の発言を学ぶ人です!」
「ほう?それはそれは、一般人だったから、この発言を見逃せと?貴様は!軍隊の規律を再度勉強したほうが良いようだな?何だ?何か言いたげな顔だな……言ってみろ」
「ぐっ……お言葉ですが、誰でも最初の道は間違えるものだと思いますが?次から直せば良いことではないですか?」
ヤバイ、美紀の表情が引くついていた事に気付き、俺は慌てて足を踏み出しそうになるが、司令官はそんな俺の行動を見抜いているかのように、厳しい視線を一瞬だけ俺に向けて制止しろと告げる。
「ほう?では、鳴瀬美紀中尉に問おう。次とはいつ来るのだ?明日か?明後日か?」
「何をへり……司令官、次はいつ如何なる時でも来るのではないですか?我々は、その次が来るように日々を送っています。大尉も同じ事をする為に来たのではないでしょうか?」
美紀の頬がピクリと動き、歪な笑みを司令官へ向けながら、両の拳を握り締めているのを内心でやらかすなよ?と思いながら、見守る事に徹する。
「ふ……そうか、よく分かった中尉。だが、貴様の言葉は酷く軽いな。次が来ることはあるかも知れんが、同時に、貴様は次が来るために日々を過ごすと言ったな?では、この場で次が無くなったとしたら、貴様は同じ言葉を吐けるのか?」
「この……く……ぐぅ!!司令官、我々は次が来ることを切に願っています!何度でも言いますが、次は来るためにあるのではありません!作るのです!次の機会を作るのです!」
ピンクのポニーテールが揺れ、美紀は一歩前進し、その様子を見て司令官は、鼻で笑いながら赤い髪が揺れる。
「可笑しいな、鳴瀬中尉。そんな感情を剥き出しでは、貴様は軍人失格だ。少しは成長したかと思えば、貴様のまな板同様に、進歩が無いようだな?」
「……この……クソ……!!ーーっう!!あったまきた!!この、クソババア!!」
ああ、駄目だった。火山が噴火し、俺は額に手を添え美紀を見やる。
「誰がまな板だ!?誰のお陰で毎朝起きて、飯を食ってると思ってんだコラァ!!このまな板がいるからだろうが!!毎年!毎月!毎日!!ベッドで熟睡してるテメェを起こすのに、どんだけ苦労してると思ってんだ!!あんまり起きねぇから!朝からライフル片手に空砲ぶっぱなす!!そんな女どこにいっと思ってんだ!?ここにいんだよ!!こ・こ・に!!」
美紀の豹変振りに彼女は呆然とその様子を眺め、そんな美紀を司令官は頷きながら、分かった分かった。と言ってなだめるが、美紀の怒りは収まらず、司令官へと歩み寄る。
「仕舞いには!私が準備しねえと風呂すら湧いてねえ!!冬のクソ寒い時に!シャワーだけとかバカか!?挙げ句に、下着の替えを仕舞った場所が解らないとか!!たまに料理すれば、塩と砂糖を間違えて!卵焼き失敗するとか!!天然気取ってんのか!?挙げ句に……牛の為のブラか!?って言うほどデカイのつけやがって!!私との差がどんだけあっと思ってんだ!!あったまきたから、私のまな板で魚を三枚に卸して!今日食わせんぞ!!解ったか!?返事!!」
「はいはい、全くーー我が娘ながら、誰に似たんだろうな?」
煙草を吸いながらそんなことを言う司令官に対し、俺は全力でつっこんでいた。超小声で。絶対に聞こえない心の声に近い形で。
「……アンタに似たんだ。アンタに」
「零司……貴様、何かほざいたか?聞こえなかったんだが?言ってみろ?何だどうした?貴様の愚息《〇ークビッ〇》が、ビビって機能不全に陥ったか!?女の前でそれでは、貴様は誰も喜ばす事は出来んな!!男ならきちんと発言をしろ!!後方突撃から突っ込むくらいの覚悟を見せてみろ!!正面突破なら尚、男らしい!!貴様は男だろう!きちんと喜ばせろ!!分かったか!?返事!」
「了解!!司令官!!」
「あの……すみません。これは、私が原因で、私が悪いんですけど……その、コントか何かなんですか?」
彼女は、恐る恐る片手を挙げながら前に出てきて、そんな疑問を投げ掛ける。俺は、そんな彼女に対して首を大きく横に振りながら、こう告げた。
「いえ、大尉殿。これは通過儀礼です。我々は、これを日常の一幕にしています」
俺の発言と、目の前の光景を見ながら、彼女は何故か手を叩く。
「ああ!なるほど。新参に対する、リラックスの為なんですね?打ち解け易いような配慮、ありがとうございます」
彼女は優雅にお辞儀をし、俺達は完全に固まってしまう。
「特待生……貴様、面白いな。気に入ったぞ」
「これは、危険かな。大尉は、出来る人なんだ」
「……まさかの……天然だと?」
三人でそんな言葉を口にしながら、彼女はお辞儀から直り、首を軽く傾げながら、笑った