ようこそ神之門学園へ〜軍と特待生と一般人と〜
学園の入り口の前で美紀は、その用紙を見ながら軽く唸り、俺を見ながら手をコイコイと軽く振るのを見ながら、ようやく俺は動き出す。
「零司、適性検査の管轄から、直に来たみたいなの。多分、お母さんの所に行かないとダメなんだと思う」
「何?どう言うことだ?少し見せてくれるか?」
用紙を彼女から受け取り、俺は書いてある項目順に、上から読み進めていく。書いてある内容は、学園案内と、適性検査の通知内約、しかし、そこに書かれた内容に、俺は二度読み返さなくてはならなかった。
書いてある内容はこうだ。
『ようこそ、神之門学園最終防壁前線学兵訓練所《LSS》へ』
『貴女は、適性検査の厳正なる検査の結果、見事、幻想種適用細胞《F型33》に適応性が認められました』
『これに伴い、我が皇国。便宜上、新日本帝国・幻想種対策防衛省の許可により、貴女を最終防壁前線学兵訓練所《LSS》通称、LSSへと徴兵するものとする』
『皇国の安定と生活維持及び、国民を守護する為の大任である。よって拒否権は認められず、また、逃亡行為等が認められた場合、貴女を厳しく処罰する許可を得ている』
『よって、可及的速やかにLSSへと出向することとする。貴女の意思と、皇国への忠義に期待したい』
『検査適性結果:幻想種適用細胞《F型33》』
『適応性幻想兵科:ーー』
『現地到着後、速やかに、学園責任者兼神之門防壁司令官の元へ向かうこと』
長い文面を二度に渡り見終え、俺は正面に佇む彼女へと、視線を向けた。
「……司令官に逢えって事だな。しかし、特待生だとは思いませんでした。不適切な発言等、大変申し訳ありません!」
「申し訳ありませんでした!」
俺と美紀は、体勢を瞬時に整え、直立の状態で敬礼をしている。
「え?あ、あの……一体どういうことですか?」
「……」
「……」
無言のまま、敬礼をし続ける俺達に対し、目の前の彼女は困ったように口を開く。
「あの、質問に答えて下さい!どういうことですか?」
「……では、失礼ながら発言の許可をいただけますか?」
「発言の許可?何を言ってるか、私にはわかりません!!話をしてください!」
許可が下りた事により、俺は一連の説明を始める為に、息を吸い込み、彼女へとしっかりと向いて口を開く。
「はっ!!了解しました!我々は、貴女とは普通に会話することは禁じられている為、こうして発言の許可を求めました」
「……どういうことですか?私には意味がわからないので、説明をしてください」
「はっ!!最初に申し上げるべきは、貴女と我々とでは、階級の差が開いているのです。我々の階級は、『第二種幻想兵陸上対応型』に元付き、階級は陸、空、幻想士を合併した物を規定とします」
困惑した表情の彼女は、こめかみを指で軽く押しながら、頭を振りつつ、続きをお願いしますと丁寧に促してくれた。
「はっ!!我々の階級は、兵士以下を完全に廃止した扱いが規定となっております。下士官及び上級士官等も、その全てが廃止となっております。これらの規定は、我々の幻想種適用細胞、即ち、F型35、F型34、F型33の適性により階級が決められる為であります。幻想種適用細胞はーー」
「幻想種適用細胞は、適性検査の後に判断されて、一般市民との区別をされるのは知っています。幻想種適用細胞に適性がある場合、それを投与し、速やかに幻想種への対抗の任につくこともわかっています。なので、その説明は大丈夫です」
「はっ!!流石は、特待生です。これらの基礎知識すら認識出来ていない人は大変多いものでして、軽率な発言、大変申し訳ありません!」
「……それでですね。その、発言の前の、はっ!!って言う返事やめてもらえますか?それで、階級の説明をお願いします」
「はっ!!あ、失礼しました。了解です!先程申し上げたように、F型適性には、三段階の評価があります。F型35の適性者の階級は少尉、F型34の適性者の階級は中尉、そして、F型33の適性者の階級は大尉となります」
「……大尉?えーと、どれくらい偉いんですか?」
困ったような表情は変わらない。一般市民だと思っていた人が、まさか大尉になるとは、夢にも思っていないだろうと内心で思いながら、俺は説明を続ける。
「F型の適性検査の数値化に合わせてご説明します。国民全土のF型適応率は、全体の約42%、内、42%を100%と仮定した数値で表します。F型35の適応率は約82%、F型34の適応率は約15〜16%、F型33の適応率は、約2〜3%、となっております。なので、貴女は、選ばれた特待生になり、極ほんの一握りの中に入っているということです」
「……信じられない。私が?全国民の、たった1割に満たないかもしれない中に、入っているってことですよね?」
「その通りです。貴女の階級の上は存在していますが、この戦場を生き抜いた結果そうなったのです。貴女には配下が付き従い、それに対し命令を下す権限も与えられています。貴女は、選ばれた特待生なのです」
「……話は大体わかりました。フゥ……普通に喋ってもらうには、どうしたらいいんですか?」
ため息を吐きながら彼女は俺達を見て、その問いにどう答えるべきか、少しだけ考え、素直に言うことにした。
「その様な気遣いは無用です。我々の階級が上がった際に同等の立場になった場合、それは叶えられるかと思います」
「わかりました。しばらくは、このままでいいです。敬礼はもういいので、普通に戻して下さい」
彼女からの言葉に、俺と美紀はゆっくりと体勢を戻す。と言っても、休めの姿勢になっただけなのだが。
「それでですね。私が大尉と言うのは、わかりました。あなた達は、どの階級になるんですか?」
「我々は、いえ、我々と言うのは語弊があります。隣にいるのは、鳴瀬美紀中尉になります。自分は、立場上中尉になりますが、実際には階級には当てはまらない立場になっています」
「どういうことですか?確か……『第二種幻想兵陸上対応型』って言ってましたよね?第一、幻想種適用細胞は三段階に区分されていますよね?階級に当てはまらないとは、どういうことですか?」
多少の沈黙が降り立つ。俺は深々と息を吐き出し、その問いに答えるべく、彼女を真っ直ぐに見つめる。
「『第二種幻想兵陸上対応型』とは、F型34の適性がある為に、第二種となっております。第一種と言った場合は、F型35の適性となります。第三種の陸上対応型は、今の所見たことはありません。存在するかどうかすら不明です。陸上対応型は、主に、身体変則強化型と有人特殊兵器を扱うタイプに分類されます」
「身体変則強化型?特殊兵器ってなんですか?」
「身体変則強化型については、美紀中尉がご説明しますので、特殊兵器の説明は自分がします。有人特殊兵器、正式名称は、『対幻想種汎用殲滅型機動有人式二脚戦車』。我々は親しみを込めて、通称で桜月と呼んでいます。全長は約3メートル。二脚と言っていますが、歩行は出来ません。移動には、ローラーを使用します。車のタイヤと、同じ原理だと思ってもらえれば解りやすいかと思います。後部には、簡易なガス式の跳躍機能があります。正直、これ単体では機能しないのですが、それにはまずーー」
「ああ、わかりました。わかりました。桜月という、ロボットに乗って戦うんですね?よくわかりました。身体変則強化型についてお願いします」
慌てたように説明を途中で遮られ、俺は渋々美紀に説明の場を譲る事にする。桜月について、もう少し喋りたかったのは胸の内に秘めておこう。
「それでは、身体変則強化型について説明します。身体変則強化型。通称で、私達はこれを変則機能と呼んでいます。車やバイクを想像してもらえたら、解りやすいと思います。回転数を上げて、ギアを一段階ずつ上げていくような形です。回転数は、私達の能力の差違になります。始動、形成、衝撃、疾走、崩壊。基本的には五段階変化しかありません。極稀に、六段階変化型がいるようなんですが……人の体の性質上、無理な負荷を続けた場合は死にいたります。それ故に、私達、身体変則強化型の最大の欠点は活動時間の短さです。変則機能を完全使用した場合の戦闘可能時間は、最長で約15分。これを過ぎた場合、ほぼ間違いなく、私達は死にます。その間に、ある程度の敵の数は減らさなくてはいけません」
「なるほど、変則機能という能力を使って戦うんですね?よくわかりました。ありがとうございます。では、どうして階級に当てはまらないんですか?」
「……幻想種適用細胞、この細胞に自分は、何一つ適用していないからです」
彼女は、俺を見ながら瞬きを数度繰り返し、俺は渋い顔をしていたと思う。
「適用していない?ちょっと待って下さい。確か、幻想種には幻想種適用細胞が無いと対抗出来ないのでは、なかったですか?」
「その通りです。幻想種には、幻想種で無いと対抗する事は不可能です。ですが、自分には……何一つ、適性が合わなかったのです」
「どうしてですか?何故ここにいるんですか?適性が無い人物がいても、死にに行くだけじゃないんですか?」
彼女の言うことはもっともだ。俺は、単体で奴等にあったら、確実に死ぬ。それは必然の結果だろう。
「理由は簡単であります。自分は、極限幻想と対峙し、唯一生き残った存在だからです」
「極限幻想!?そんな……もしかして、貴方はあの日の?」
「『第一種幻想種遭遇日』通称、ファーストタッチ。あの日の生き残りです」
その事実に彼女は口元を押さえ、俺はそれを見ている事しか出来ずにいた。
しばらく彼女は何事かを考え、俺に対してこう言ってきた。
「あの日の生き残りですか……無事に生きていて、本当によかったです。中尉さんは、生き残った為にここにいるんですか?」
「そうなります。自分は、数少ない生き残りで極限幻想を直に目にし、その圧倒的な破壊を、殺戮を、恐怖を体験し生き延びました。自分は、ただの一般人です。ですが、奴等を許すことは出来ません。それ故に、あの時の償いをさせてもらう為に、自分はいます。大尉殿のお心遣い、大変恐縮です!出過ぎた発言を失礼しました!」
深々とお辞儀をし、彼女の足元は小さく後退する。
「頭を上げて下さい。私の方が偉いと言うのは、よくわかりました。でも……です」
上体を起こしながら、俺は彼女へと視線を向け、その視線を真っ直ぐに見つめ返しながら、彼女は真剣な表情で言葉を紡いでいく。
「階級が全てーーではないでしょう?私は、たまたま少数の中に入ってしまったけど。中尉さんは、いえ、貴方は普通の人として、幻想種に戦いを挑んでいます。それは、誇るべき事じゃないですか?そして、貴方はとても強いと思います」
瞬きを繰り返し、俺はただ彼女を見つめ、彼女は微笑んだ。
「あの殺戮と恐怖を体験して、それでも、貴方は戦う事を選択した。誇るべき事ですよ。だって、貴方はその恐怖から逃げたりしなかったんです。それは、とても強い事じゃないですか?」
「……自分には、解りません。そのように考えた事など、今までありませんでした。自分はーー」
復讐したいから。あの日、何もかもを食い散らかした奴等を、皆殺しにしたいから。何も出来なかった俺をーー
「生き延びた事を、許せないんです」
初対面の彼女に何を言ってるのだろうか?俺の心情を言って何になるのか?無様だ。俺は無様だ。
「そうですか。それは、駄目ですね。最低です。貴方は生きている価値が無いほど最低です」
彼女は、俺にそう言って、ですがーーと続く言葉をこう言ったんだ。
「貴方は死にません。きっと生き延びます。そして、生き延びた事を、また悔やみます。だって……」
彼女は、俺に笑顔を向ける。それは、眩いほどの笑顔。
「そんな話を聞いたら、死なせる方が楽な道になります。もっと、悔やんでもらわないといけません」
そんな事を言いながら、彼女は笑った