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穏やかな時間と桜の景色

コーヒーを飲みながら、壁に掛けていた時計を見れば、時刻は7時半を過ぎており、いまだにチビチビ紅茶を飲んでいる美紀へ俺はこう言った。


「早くしないと置いていくぞ?そろそろ移動しないと、間に合わないからな」


「まだ飲み終わってないし……後10分待ってよ!」


いつもの事だが、カップ一杯の飲み物に30分くらいかかる奴を待っていられる訳がなく、ダイニングキッチンに向かった俺はいつものように、銀色の水筒に紅茶を作りそれを美紀目掛け放り投げる。


放物線を描いた水筒は、美紀へと綺麗に落下していき、チビチビ飲みながらも片手でしっかりとキャッチしながら、美紀はしょうがないな〜という表情をしながらカップをテーブルに置くと立ち上がり、俺はそれを見ながらキッチンの引き出しを開けると、そこに保管してある煙草の箱を取りだし一服を始めた。


「零司、またそんなの吸って……本当に飽きないよね?結構吸ってる人多いけど、そんなのいらないと思うけどな〜」


「そうだな、一回やったら止められなくなったからな。違法じゃ無くなったせいもあるんじゃないか?俺達のような存在には、多少のリラックスも必要だろ?」


綺麗に洗ってある灰皿に煙草を押しつけながら、今開けたばかりの煙草の箱とライターを、制服の内ポケットに突っ込むと玄関へと移動を始める。


「む〜それはそうだけどさ……何て言うか、悲しくならない?」


美紀が俺の後に続き、二人揃って玄関を出ていく。木造の多少古びた黒塗りのドアを閉め、鍵をしっかりし、施錠の確認を終えてから、俺は美紀の問いに答えるべく口を開く。


「さあな?悲しい悲しくない以前に、そんな事はどうでもいいだろ?」


玄関から踏み出せば簡素な庭先が広がり、玄関まで敷き詰めた石と砂利を踏みながら、俺は家先の小さな門に手をかけ押し開くが、後ろに続くはずの足音が無いことに気づき振り返る。


「……何で零司ってそうなの?そんなにどうでも良い事なの?」


視線がぶつかる。俺より頭ひとつ半は小さなあいつの視線は、恐ろしく巨大な別の生物のように感じられる。


「お前には関係ない。俺は、俺がしたいようにする。そのスタンスは崩さないと言ったよな?」


美紀の目が、閉じるかのように細くなる。切れ長のその目が、あたかもーー史実に出てくる巨大な蛇の眼光のように見え、俺は屈する気は無いと言葉を吐き出した。それだけだ。


「わかんないよ。私にはわかんない。零司は、復讐しか頭に無いの?他はどうでもいいの?」


「……聞いてどうする?それが何になる?お前の悪い癖だな。それは止めろと、前から言っている。俺は人に干渉はしない。生きるか死ぬか、それ以外どうでもいい。だから殺す。殺すだけ殺す。生きる方法は他にない」


「違う!そんなことない!零司は……ただ昔を悔やんでるだけ!!これは何回も言ってる!!零司は、自分を許せないだけ!!あの日、救えない誰かを……何かが変われなかった過去を!!零司は許せないだけだよ!!」


何かのスイッチが入ったように、俺は美紀へと向かう。砂利や石を踏みつける音は、異常に大きい。美紀は、そんな俺を正面から睨み付ける。


気に食わない。その目が、態度が、その強情な所が、俺に踏み込むその心が。


「零司、私を殴るの?当てられる?零司じゃ、絶対に無理」


知っている。俺にそんな格闘能力は無い。真っ向からの勝負など挑む訳がない。仮に挑めばーー10秒立っていられたら奇跡だろう。


故に、そんな物には頼らない。


「何よ?そんなにくたばりたいなら、望み通りにしてーー」


体を互いに接触するほどに近寄らせ、俺は瞬時に行動に移す。


更に一歩踏み出し、美紀は困惑するように一歩下がる。もう一歩立て続けに踏み出し、美紀は下がる。


後退を続けた美紀は玄関に背中をぶつけ、一瞬だけ後方に視線が向かい、そこを見逃す俺ではない。


手も足も出せず、ましてや何かの動作をすれば、瞬間的に決着が着くのは明白。無言の圧力と、手を出さないようにした結果がこうなっている。


鳴瀬美紀なるせみきという人格は、決して好戦的ではない。対話から始まり、相手が手を出さない限りは、基本的には手が出ないタイプ。それを解っているからこその、このタイミング。


「よーい!!ドン!!」


「え!?な……なに!?何事!?」


あたふたする美紀を背面に思い浮かべながら、既に俺は全力で駆け出している。


「ちょ!?零司!!何?どうなってんの!?」


「早くしろ!!走らないと間に合わないぞ!!先についた方には、豪華景品!!」


そう、こうして解るように、鳴瀬美紀は要するにーー


「なによそれ!!卑怯だし!!こうなったら、普通に追い抜いてやる!!」


単純で、根が素直で馬鹿だ。いや、バカ正直と言った方が正しい。


「さっさと行くぞ!ほら、早くしろ!」


そんな声を上げていたら、既に横を駆け抜けるピンクのポニーテールが視界を横切り、それを見ながらヤレヤレと内心で首をふりながら、ジョギングのように駆けていく。


「……困った奴だ。本当にな」


そんなボヤきを言いながら、圧倒的な速さで駆けていく背中を眺めていた。


紺のブレザーを身に付け、風を裂きながらピンクのポニーテールが後ろにたなびく。陸上の選手の100メートル走のような、綺麗なフォームをしながら速度は恐ろしく速い。


視界に、ヒラヒラというかビラビラと風にたなびく紺のスカートが見え、不意にそこから紫色が綺麗に見えて、俺は笑いを噛み殺す。


平和だ。あいつといると、平和だと思う。


見てる風景や、思考や、生き方や、存在が違うのだと思う。


だからだろうか?俺は、良く笑えているんじゃないか?なあ?そうだろ?


終わった世界にしちゃ、出来すぎてるんだよ。世界は、こんなにも平和だ。


見上げれば快晴の青空。家から学園までの道に続くのは、生い茂る木々と緩やかな舗装された一本道。


道の両脇に連なる手前の所は、全てが桜の木で彩られている。今は満開。桜の花びらが、風に吹かれて綺麗に舞い踊る。


幻想的で、しかし、隔絶された景色なのかもしれない。今は後方にある我が家は、多少小高い丘の上にある。


木々に囲まれた自然の只中にポツンと一軒、周りには何もない。


あるのは木と、虫と、所々点在する街灯と、電柱に、この緩やかな一本道。あ、家には水は通ってるし、電気も使える。


不自由は無い。食材やらは、学園で調達出来るし、生活用品も同じことだ。


「零司〜〜!もう着くよ!!景品ま〜だ〜?」


のんびりし過ぎたようだ。美紀の呼び掛けに合わせるように、俺は速度を上げていく。


桜の木がある一点で無くなっている場所へと急いで向かう中、先に着いてしまった美紀は、桜の木に寄りかかりながら待っていた。


「遅いよ!しかも間に合わないとか嘘ばっかり言って!考えたら、あそこから10分かかんないで、ここまで来れるってことに気付いたんだけど?」


「ハァハァ……そうか、いや……間に合わないかと思ってな」


あれだけの速度で走っていたのに息すら上がってない美紀に対し、俺は呼吸を整える事に必死になっていて、この差に苦笑いをしながら、煙草を口にくわえ火をつける。


「全く……零司は相変わらず直ぐに煙草なんだから」


ぶつくさと文句を垂れている美紀を見ながら煙を吐き出し、ようやく整った呼吸と共に、俺は前方の建物へと視線を向け、美紀はそんな俺にこう言ってきた。


「ねぇ、零司。ここでの事、覚えてる?」


その問いに、俺は紫煙を吐き出しながら、美紀の方を向くとゆっくりと答える。


「何のことだ?一杯あって、どれだか解らないんだが?」


これは嘘だ。俺は多分アレだろうと思う事があった。美紀が覚えてるか?と言ったら、真っ先に浮かぶ事と言えばそれしかなかった。


「わかんないならいい。一杯あったからね〜何だか懐かしいなぁって、そう思ってさ〜」


穏やかな風に吹かれて、美紀のポニーテールは、たなびく。黒のヘアバンドで綺麗に結っている部分を触りながら、美紀は穏やかな表情で桜の木を見つめ、不意に俺へと向き直るとーー


「でもね。私は覚えてる。悔しいから零司に言うけど、私は覚えてる。大事な思い出だから……ね」


そう言って微笑む。とても穏やかな、癒されるような、優しい微笑み。


「……そうか。それは、悪かったな」


その表情を見ていたら、今更嘘だとは言えなかった。知らない振りを貫くべきだと、忘れてしまったんだと、その方がーー


「いいよ。気にしてないし」


互いに、近付かなくてすむ。心とか、そういうのが、触れ合わないで済む。


終わった世界は、終わった世界。それしか、俺は知らない。


「そうか。なら……いいんだがな」


目が覚めて、もしも、その世界じゃないとしたら、俺は変わるのだろうか?


「……ほら、行こうよ。あ!零司、景品ちゃんと貰うからね!」


桜の花びらが、そんな二人の間を舞い踊る。笑いながら、美紀は俺を見つめ、先に歩き出す。


「解った。ちゃんと渡すから、楽しみにな」


そう言って、多分笑っていたと思う。


「約束だからね〜ちゃんと、渡すように!」


美紀の笑顔、俺の笑っていると思う表情。


桜の木を背後にしながら目的の場所へと二人で歩き出し、その間に俺はただ、こう思っていた。


ちゃんと笑えているのか?俺は、こんな平和を体験していていいのか?


なあ?どう思う?仮にだ。仮に、俺の思った事を口にするならばだ。


この時間が、この一瞬が、俺が描いたーー


幻想ファンタジー何だと思う。


叶うはずは無く、これを望む事を良しとはしない。


故に、これは、俺の日常ではないんじゃないか?夢物語の一部なんじゃないだろうか?


変わるはずの世界。時間は進み、何かが変わる世界。


それは、良いことかもしれない。悪いことかもしれない。その変化が、どちらに転ぶにせよ、時間は進むだけ。


そんな世界の変化は、至極あっさりと、俺へと訪れたんだ。


「あの〜すみません」


思考の渦から帰って来たのは、困ったような声を聞いたからだ。


「ん?何だろ?はいはーい、何ですか〜」


美紀は直ぐに反応を返し、俺は遅れてそっちを見やる。


「あ、あの……道に迷ってしまって……困っていたんです。よかったら、お尋ねしたくて」


何の冗談だ?これは、この光景は何の冗談だ?


「迷う?あれ?だって、ここの制服着てるよね?あ、もしかして、新しく来た人?」


その問い掛けに、目の前の人物は笑顔で頷き、俺はその顔を見ながら、何も考えずにただ一言ーー


「叶……なのか?」


発した言葉に、目の前の人物は首をかしげ。美紀は、ゆっくりとこっちを見やる。


「いえ、違います。私は、叶さん……と言うかたではありません」


「あ、ああ、そうーーか。そうだよな。いや、すまない。昔の知人に良く似ていたから、ついな」


似ている?違う。そんな者じゃない。そうではない。


同じ人物にしか見えない。コピーしたかのような、俺の記憶の中の叶が、そのまま大きくなったような、そんな印象の彼女を美紀は、再度見つめながらこう言った。


「ああ〜ごめんね。時間とらせて、それでどこにいきたいの?」


仕切り直すように美紀がそう言い、彼女はそれに答えるべく、持参した一枚の用紙を鞄から取り出して美紀に見せながら話をしていく。


その光景に、その姿に、その表情に、俺は少しの間見入ってしまっていた


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