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日常への誘い

やり過ぎた感がありますが、大目に見て下さい

鳥のさえずりが聞こえる。窓から差し込む光に、焦点が合わない視界を、何度か瞬きをしてようやく俺は起き上がった。


零司れいじ、ちょっと大丈夫?またうなされてたよ?」


心配そうにそう言って、俺を覗き込む視線と目が合う。


「ああ、悪い。いつもの事だ。多少、夢見が悪かっただけだ。安心しろ」


覗き込む視線は、俺の言葉を信じるか否か、床を見ながらしばらく考えていたのか、再度顔を上げた時には、笑顔で笑っていた。


「うん、解った。零司を信じる。急いで準備しないと、遅刻するんだから、さっさと準備してよ?」


そう言って、俺を起こしに来た本人、鳴瀬 美紀なるせみきは、ピンクのポニーテールを揺らしながら、扉を開けて出ていく。


静かになった部屋の中に、美紀が階段を降りていく音が響き、俺はそれを聞きながらベッドから立ち上がる。


簡素なパイプベッドが音を上げるが、俺は構わずクローゼットへと向かい、制服を取り出すと下着と一緒に持ち出し、そのまま階段を降りていく。


降りた先には、リビングへと続くドアに、下駄箱と玄関がある。


階段脇には、スリッパ置き場と表札みたいに貼ってある、手作りの三段棚があり、その一番上の棚にあるのは、俺のスリッパだ。


黒い猫が真ん中にちょこんと座っている。そんな俺に似つかわしくない白いスリッパを履き、俺はフローリングの床を踏みしめ、奥へと進む。


クランクの通路の先には、更に二つの扉があり、右がトイレ。正面が、洗濯機兼脱衣場と風呂になっている。


シャワーを浴びに来たのだから、迷わず脱衣場へのドアを開けて入る。


洗濯機の上に制服と下着を置き、パジャマを脱いでいく。


パジャマと言っても、裾やら袖はボロボロ、襟元に至っては、小さな穴が開いており、水色のチェックのこのパジャマを、俺はいつから着ていたかはもう覚えていない。


あまりにボロボロなので、美紀には、捨てて新しいのを買おうと言われていたのだが、まだ着れるからと断っていた。下着も脱ぎ捨て、風呂に行こうとして、曇りガラスの引き戸をガラリと開けるとーー


「ん?」


「え?」


同時に声が上がる。俺と声の主は、そのままの状態で固まってしまい、動かせる視線に映るのは微かな湯気と、健康的な小麦色の肌。


一般的に多少焼けたような小麦色の肌は、スラリとした腕や足を覗かせ、俺の勝手なイメージとは似ても似つかない光景を見せる。


もっと引き締まった筋肉とかを想像していたが、それは間違いだった。スラリとした腕や足は、多少の筋肉はついているが、女性らしい特有の丸みも帯びている。


小麦色の肌から流れるシャワーの水滴が、太股を伝いポタリと落ち……そこに妙に女を感じてしまい、俺は何故か後ずさる。


その行為のせいか、全体像が見えてしまう。


引き戸を開けているせいか、湯気で隠れていた部分が薄くなり、なだらかな丘が見え、軽く引き締まった腹部が露になり、全体的に見れば、そこに立っているのがスタイルの良い女性だと解ってしまう。


今度は腹部から、なだらかな丘を経由して上に視線を持ち上げれば、いつもはポニーテールのピンクの髪が肩先まで下りていて、シャワーのお湯を浴びたせいか、キラキラと日の光を反射し、小麦色の肌とその髪が、非常に綺麗に俺の視界に映り込み、唐突に視線がぶつかった。


互いに硬直したままのせいか、声の主は表情も固まったままだ。


切れ長の小さな目が、数度瞬きをし、淡い銀色の綺麗な瞳には俺が映り込んでいた。


鼻は小さく、しかし高さがある上に、顔のバランスから見ればちょうど良い大きさの唇が目に止まる。肌色の綺麗な唇と、高さのある鼻、切れ長の小さな目、これらを総合してみれば、美人と言えば美人。


残念な所と言えば、なだらかなあの丘……まあ、発展途上何だろう。多分、手のひらで覆ってしまえるようなそんな大きさだが、そこには触れないでおこう。


こいつの性格に難がある以上、命に関わる。俺は死にたくはない。


「……零司、いつまでそうしてる気?」


「ああ、悪いな。発展途上について考えていてな」


あ、死んだ。思考していたから、つい口をついて出た言葉に、あいつは微笑んでいた。


微笑みを浮かべた顔のまま、微かにあいつが動いた。と思う。


何せ俺の体は既に後ろに移動していた。予備動作すらない動きに反応など出来るわけもなく、背中から壁にぶち当たり、次いで来るのは腹部の強烈な痛み。


要するに視認できない速度で、腹部に強烈な一撃を加えられた俺は、身長差や体格の差など無意味だと改めて知ることになる。


前屈みで背中を壁で擦りながらズルズルと落ちていく俺に対し、あいつはこういい放つ。


「発展途上?何が?都市の復興率のこと?そんなに勉強好きだったっけ?」


「……ぐっ……俺は、何がとは一言も言ってないぞ?」


気合いで顔を上げ、それでも微笑んでいるあいつの顔を見上げながら、俺は嫌な予感しかしていなかった。


それは、現実になる。


「そうだよね〜零司は確かに、何が?とは言ってないもんね……発展途上……ねぇ?」


「いや、待て。美紀、話せば解る。そうだよな?なあ、そうだよな?」


微笑んでいたあいつは、ほんの少しだけ前に踏み出し、笑みを浮かべながら、息を吸い込むとーー


「テメエの〇ークビッ〇も発展途上だろうが!!何が、発展途上を考えていた。だ!!テメエの〇ークビッ〇なんざ、見たくねぇよ!!あらあら、お利口さんしてますね〜エライですね〜とか言って欲しいんか!?アァン!?私の発展途上じゃ、お利口さんしか出来なくて大変申し訳ありませんね!!ただし、テメエの〇ークビッ〇がお利口さん出来なくても!!あらあら、焼きすぎたせいか、皮が少々破れてしまったみたいで……少し、冷ましてあげましょうか?と言っても、半口サイズですね♪とか言わせたいのか!?どうなんだ!?答えろコラァ!?」


落ち着け、落ち着くんだ!!俺は必死になって、美紀に手で制すが、美紀は髪を振り乱しながら、更にエスカレートしていく。

「何が発展途上だ!!フザケンナ!!!ほら、ちゃんと見てみろ!!こんな綺麗な、なだらかな丘を見たことあるのか!?あるなら見せてみろ!!!私がギャフンと言わせてやる!!大体よ、テメエの〇ークビッ〇小さいんだよ!!んなもん、見せつけんな!!テメエのも私のも、同じ発展途上何だよ!!解ったかコラァ!?」


「解った!!解ったからもうこれ以上は……」


「いいや、言わせてもらうけどな!!もう三年も何の変化もしてねーんだよ!!一ミリも動きゃしねぇ!!!フザケンナ!!私はな!!毎日毎日毎日!!!それこそ、毎朝毎晩!!!メジャー持って測定してんだよ!!何の変化もねぇ!!頭に来たから、メジャーの数値が変化してねぇ先だけ切り離したっつうんだ!!それなのに……毎日同じ長さでピッタリだっつうんだ!!!バカにしてんのか!?この、クソ〇ークビッ〇!!解ったか!?発展途上バカにすんな!!!返事!!」


「アイ、マム!!!バカにしません!!!」


「解ったならいいよ。それじゃ、私シャワー浴びるから。あ!いつもの紅茶忘れないでね〜」


引き戸が閉まる。非情に、パタンと、音が響くだけ。


俺はしばらく、その場にうずくまっていた。シャワーの音と鼻歌を聞きながら、ようやく、ノソノソと動き出す。


下着とパジャマを着て、再度シャワーを浴びる事を胸に誓いながら、リビングへと歩き出す。

「……おかしい。家主は俺だぞ?しかも、〇ークビッ〇って言い過ぎだろ」


心に深い傷を残しながら、カップにティーバッグを入れ、お湯を注いでいく。


レモンのいい匂いが鼻孔をくすぐり、木造の大きめのテーブルにカップを置くと、皿の上に焼けたトーストをのせていく。


冷蔵庫から出したジャムをテーブルに準備したころ、美紀は機嫌良さそうにリビングへと入ってきた。


「お?トーストカリカリにしてくれた?」


「いつもの通りだ。嫌なら食うな。俺はシャワー浴びてくるから、コーヒーは任せた」


それだけを言うと、風呂へと直行する。何も考えず、シャワーのコックを捻り、着ている物を脱ぎ捨て、俺はシャワーを浴びる。

小麦色の肌、なだらかな丘。肌を伝う水滴。綺麗な髪、キラキラしていて、女だと思ってしまう。


頭を振りながら、俺はその光景を振り払う。


「……目に焼き付いちまった。あいつ、綺麗だったな」


そんな事を言いながら、俺は体を洗い終え。洗面所で身支度を整える。


紺のズボンに、紺のブレザーを身に付け、中は白のワイシャツに、赤のネクタイを絞める。


「よし、行くか」


リビングに戻ったら、いつも通りの俺でいよう。あいつが見せた、綺麗な体は、忘れよう。


リビングのドアを開け、イスに座りながら、チマチマと紅茶を飲むピンクの髪を見ながら、俺はただ一言。


「おい、コーヒーが無いぞ?」


「あ、忘れてた」


ため息を吐き出しながら、俺の日常はこうして始まった


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