第七章 13
「全然美味くないね」
「子供の飲むものじゃないからな」
「そうだね。ジュースにすればよかったかな」
そう言いながら、イツキは平然と琥珀色の液体を飲んでいる。
少年の貌に酒に酔った様子は無い。ドウマのクローンなら、アルコールは体内に入ると同時に無毒化しているはずだ。
「――欠陥品、と言っていたな」
イツキの眼が細くなる。ドウマは構わず続けた。
「何が違う?」
「答えるとでも?」
「同じことができると思って作戦をたてて、実はできませんでした、じゃ洒落にならないからな」
「その言葉、積極的に参加してくれると思っていいのかな」
「シアを握られたらおれに選択肢は無い」
膝の上に寝ているシアに視線を落とした。
テーブルを挟み、イツキがひとり掛けのソファに、ドウマがふたり用のソファに坐っている。シアだけ水なんて――と拗ねたように言っていたシアは、そのうちドウマの膝を枕にして、寝てしまっていた。相変わらず無邪気な子供のようだが、なぜ前と変わらないのか、と疑問が湧く。
「シアの現状認識はどうなっている? 母親の記憶はどうなった?」
記憶の中の『母親』を現実に眼にした瞬間、偽りの自我に綻びが生じるようにしてあったのだ、ということは容易に想像がつく。
――シアは、シアじゃないかもしれない。
――ママの記憶も。子供の頃の記憶も。知らない誰かの記憶みたい。
――シアはオーマが好き。これは誰かの記憶じゃないよね。
すがるように叫んでいた。あの時の記憶が残っているなら、こうして何も無かったかのように、ドウマに甘えられるはずがない。
「『母親』を見た前後の記憶はすでに消してあるよ。『母親』の貌もすげ替えた。だからまたあのビデオを見ても、あるいはあの女に実際会ったとしても、ラヴィアが自分の記憶に不信を抱くことはないよ」
「便利な力だな。おれにはできない」
皮肉な響きにイツキは肩をすくめた。
「兄さんの本質は王だからね。相手をひれ伏させるか、虫けらのように潰すことはできても、細かな精神操作はできないんだと思うよ。遺伝子が同じでも、力の発現は異なるという事例かな」
「虫けらと思ったことはない」
「思わなくても、兄さんの存在は他者を圧倒する。精神の弱い者は狂死することだってあるはずだよ」
「……」
「ラヴィアだけど――」
ふ、と息を吐くように、イツキが話を戻した。
不吉な響きを感じて、その貌に眼を向ける。
「『母親』を見たら、兄さんから離れて僕の元に帰るように暗示をかけてあった」
「帰ったからここにいるんだろう?」
「帰ってはこなかった。兄さんから離れて死のうとしていた」
「――」
「兄さんが自ら命を絶って主従契約を解約する可能性は当初から考慮していた。だから、ラヴィアにはことあるごとに、兄さんが生きている方がいい――と言わせるようにした。それだけで、兄さんに対する牽制になる。僕としては口だけのつもりで、本気でラヴィアの命より兄さんを優先させる気はなかった。だけど、あの時、自分の記憶に不信を抱いたラヴィアは、下僕である兄さんを真っ先に護ろうとした。死んで、契約を解約しようとした」
シアに視線を落とす。少女は静かに眠っている。
「その時の記憶は消した。だけど、きっかけひとつで同じ行動をとるかもしれない」
「暗示を消せ。おれの命なんて優先させるな」
「消せない」
「なんだと」
「無菌ルームでのラヴィアを思い出してよ。偽りの自我を封印されて、自由意志なんてかけらも無い状態で、それなのに兄さんをたすけようと動いた。偽りの自我に与えた口先だけの暗示が、どういったわけか意識の奥、ラヴィアの精神核にまで入っているんだ。そんな深層心理に手をつけたら、脳がどうなるか知れたものじゃない」
「――」
「対症療法でしかないけど、ラヴィアから眼を離さないことだね。まあ。言われなくても、兄さんはそうすると思うけど。下僕として、主人を護るために」
イツキの眼が、じっとりと絡みつくような光を放った。
「なんだ?」
「もうひとつの目的を話すよ」




