第四章 16
「……心はどのように生まれると思います?」
窓際に立ちながら、少年が口を開いた。
淡いオレンジ色のナイトスタンドが、暗い窓ガラスに少年の姿を映している。ガラスに映る少年の眼は背後に立つレイエンの貌を見つめていた。
「心……ですか」
少年が何を言おうとしているのか、探るようにレイエンは言葉を繰り返した。
「たとえばここに不死身の魔物がいたとする。手を切り落とそうが、足を切り落とそうが、数分または数秒で再生する。眼を潰しても。皮膚を剥がしても。臓器を摘出しても。何をしても殺すことができない。脳も心臓も弱点ではない。――そんな魔物がいたとして、その心はどのようになると思います?」
「心理学は専門外ですけど。そうですね。まずその魔物は恐怖を感じないでしょうね。恐怖は自分の死を感じるからこそ発生するものですから。死の恐怖が無いなら、生きたい、生き残りたい、という生存欲も希薄になるでしょう。痛覚があれば多少は自分の身体を護ろうとするかもしれませんが、何をしても再生するというなら、自己防衛の必要はありません。防衛本能は持ち得ないか、あっても退化していくでしょう。――以上のことから考えて、その魔物は自己愛を持たない存在になると思います」
「自分を大事にしないってことだね」
簡単に………ちゃうわけだ――くすくす、と少年が笑う。
「何かおっしゃいましたか?」
「ううん。何でもない。ところで今の話、強化人間にも当てはまるんじゃない? 強化人間も不死身だよね? 壊れても、パーツを換えれば済むんだし――」
「強化人間は脳という弱点を持ちます。肉体はパーツさえ交換すれば不死身ですが、脳をやられたら死ぬ、という恐怖があるはずです。生身の時の記憶も感情もありますので、お話された魔物のようにはなり得ません」
「クジも?」
少年の眼が愉しそうな光を放っている。その眼がガラスに映ったレイエンを見ている。
まさかクジとの関係を知っているとは思えないが、この少年の眼は何でも見透かすような気がする。
「クジの場合は――」
あの男は恐怖を感じない、と言っていたことがある。
一度死んだからだろう、と自己分析をしていた。
魔物に殺され、気がついた時は強化手術が終わっていたそうだが、殺された時の記憶が強すぎて、未だに生きている実感が湧かないらしい。生きていると思わないから、死を怖れず、恐怖も感じない。
ただ魔物を殺す時だけ、歓びを感じるらしい。
おそらくクジの心も――
「その魔物と同じでしょう。自分を愛してない」
「他人も愛さない?」
「クジはたぶん」
死んだ男が他人を愛するとは思えない。
「不死身の魔物は?」
「生きているわけですから、クジとは違うでしょうけど。他人を愛するかどうかは、他者をどのように認識しているかに因ると思います」
「と言うと?」
「不死身の魔物から見れば、他者とは死ぬ存在です。人間も。魔物も。――魔物の中には他にも不死身性を持つ魔物がいますが、そこまで完璧に言葉通りに不死身の魔物はおりません。多かれ少なかれ弱点があります。心臓を潰されれば、吸血鬼だって生きてはいられない。だとしたら、不死身の魔物は自分だけが異質だと思うでしょう」
おそらくその魔物は人間と魔物を明確には区別しないだろう。
人間にしろ。魔物にしろ。
自分以外は死んでいくのだから――
それを
虫けらのように――と思っているなら、愛情を注いだりはしない。
「考えられる反応は三つ。ひとつは無関心。虫けらが何をしようと、自分に害があるわけではありませんから。好きにさせるでしょう。寛容と言い換えることもできます」
「好きにさせる――ああ。なるほど。わかるような気がするね」
少年が言う。
「ふたつ目は支配。子供が虫けらの足をちぎって笑うように、命の重みを知らず、他者をおもちゃのように好きに扱う。気分次第で大事にすることもあるかもしれませんが、飽きてしまえばそれまで。相手に心があるとは露ほども思わない。無知、幼児、暴君と言い換えることもできます」
「手厳しいね」
くすくす、と少年が笑う。愉しそうな貌。この少年は、間違いなく幼児にして暴君だ。
他人の痛みを理解しない(できない)者はほとんどがこの支配の層に分類される。何も不死身の魔物に限ったことではない。
「三つ目ですが。その魔物に喪失の経験があるなら――たとえば、無知あるいは幼児の時期に死によって他者を失くす、奪われるなどの経験があれば、他者は弱きものであり、命は儚きものと認識するかもしれません。そうであるなら、庇護しようとする可能性があります。ただ、庇護から恋愛関係のような愛情に発展するかはわかりませんが」
「それはね――」
やり方次第だよ――くふふ、と少年が愉しそうに笑った。
ガラスに映った黒い眼は外の闇よりも暗く、レイエンはぞくりと背筋を凍らせた。




