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花鬼  作者: KATSUKI
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第一章   5


 月の光の中に四つの影が躍った。

 光が閃く。

 ざん、と音をたてて、四本の軍用ナイフが地面に突き刺さった。

 その瞬間までドウマが寝ていた場所だ。鋼鉄のブレードに、銀色の文様が描かれている。

 対魔物用武器であった。

 元素記号Ag。原子量一〇七.八の金属の何が魔物に効くのか、今もって解明されていない。しかし、現実に何発もの銃弾を撃ち込まれても平気な魔物が、ひとかけらの銀が体内に入っただけで動きを止める。

「問答無用だな」

 五メートルほど離れた位置で、ドウマは口を開いた。

 右腕に少女の腰を抱いていた。少女の長い髪がドウマの移動を証明するように水平に流れていたが、今ゆっくりと重力に従って落ちていく。

 四体の影が、ゆらり、と起き上がった。

 人の形をしていた。

 貌は見えない。口と鼻をガスマスクで覆い、眼はマスクと一体型のゴーグルで隠している。全身は漆黒のダイバースーツ。足には脛をカバーする軍用ブーツ。ナイフを握る手も手袋をしている。肌を露出している部分がまるで無い。

(対吸血鬼用スーツか)

 ドウマは唇の片端を上げた。

 身体を霧化する吸血鬼は、鼻や口はもとより、皮膚からでも体内に侵入することができる。それを防ぐために、全身を覆う対吸血鬼用スーツが開発された。吸血鬼の鋭い牙を防ぐと同時に、ナノレベルの分子の侵入さえも許さない高密度、高硬度の性能を誇る。

 もちろん、吸血鬼の能力を防ぐものなら、大概の魔物にも有効である。

「ヴァンパイアハンター。それともデーモンハンターか」

《人間に用は無い》

 影の一体が言った。マスクのせいか、くぐもった声だ。

《その少女を渡せ》

「いやだと言ったら?」

 最後の「ら」を言う前に、四体の影の左手が霞み、発砲音が響いた。

 握られたハンドガンは四つ。音は一つだった。四体の動きが同調している。

 そのくせ狙いはきっちり分かれていた。眉間、心臓、肺、脾臓。眉間以外はいずれも身体の左側に集中しており、右側に抱いた少女を避けたことがわかる。

 影達の顎が上がった。

 月の中に浮かぶ少女の姿。背中を下にした状態。広がったスカートの布地が月の光に透け、細い脚のラインが浮かび上がっている。放り投げられたのだと影達が悟ったかどうか。

 次の瞬間、影達の首は百八十度回転し、膝から崩れるように倒れた。

 腕を交差した姿でドウマは実体化した。

 銃弾は一発も身体に当たっていない。

 少女が腕を広げながら、落ちてくる。

 これを受け止め、足から下ろしてから、影の一体に近づいた。

 片膝をつき、影の貌からゴーグルとマスクを剥がす。

 人工皮膚とカメラ・アイが露わになった。

「強化人間か。――なるほど」

 魔物に対抗するため、人間の武器は対魔物用に進化し、さらには人体の改造にまで及んでいる。なるほど、と呟いたのは、首をひねった感触が生身のそれではなかったからだ。

《きさま……何者だ》

 マスクを剥がされた影が声を発した。

 首を折っても死なないレベルにまで改造してあったらしい。声は肉声ではなく、機械の合成ヴォイスを外部スピーカから流しているようだ。

《人間の動きではない。魔物なのか。D反応は無かったのに――》

「だとしたら? おれも捕えるか?」

 ドウマは冷ややかに訊いた。

「少女を渡せ、と言ったな。銃で傷つけることも避けた。目的は命じゃない。何のためにこの少女を狙っている?」

 貌を近づけて、囁いた。

「研究と称して生きたまま切り刻むか?」

 びくん、と影の身体が震えた。

《暗い? いや寒い? なんだ、これは――》

 ドウマの眼がカメラ・アイに映っている。

 深い闇のような眼。深淵のような闇がそこに存在している。

 ひい、と影が叫んだ。身体が動けば後ずさっただろう。

《見るな。闇が……おれは知らん。その少女の身柄確保を命じられているだけだ》

 影は怯えていた。ドウマに。ドウマの眼に――

 その底無しの闇に――

「誰に?」

 低い声で、ドウマは続けた。

《そ――》

 ぶつん、と声が途絶えた。影の身体から力が抜ける。

 背後から少女が近づいてくる。ドウマは立ち上がった。

「狙われる覚えは?」

 振り向きもせずに言った。

「シアは知らない」

 何も知らない子供のような声だった。

 ドウマは半身を開き、少女に眼を向けた。

 影を怯えさせた両眼の闇はまだ薄れていないはずだが、白い少女は月の光を浴びながら、現れた時と同じようにあどけない貌で立っていた。

「おれが怖くないのか?」

「どうして?」

 怖くないよ――無邪気な貌で少女は笑った。

「ほう――」

 ゆっくりと少女に身体の正面を向けた。

 少女に怯む様子は無い。身長差から少女を見下ろす形になったが、あどけない貌でドウマを見上げてくる。透明な眼にドウマの眼を映しながら、無邪気な笑みを浮かべている。

「下僕にならないかと言っていたな」

「うん。なってくれるの?」

 少女の声が子供のように弾んだ。

「下僕の意味を知っているのか?」

「主人のもの」

 にこり、と笑う。

「まあ、そうだが――」

 子供のような貌は、どこまで理解しているのか疑わしい。

「下僕は主人の命令に逆らえない。逆らえば死ぬってことも知っているのだろうな?」

 少女は首を傾げた。知らないのかもしれない。

 ドウマは肩をすくめて思考した。

(逆らえば死ぬか……)

 少なくとも逆らえるだけの自由意志は残るわけだ。

「おれを下僕にしたい理由くらいは聞かせてもらえるのだろうな」

「変人だから」

「……」

「変人を自分のものにしなさいってママが言っていたから」

 さっき言っていたあれか。キスをすればどうのという――

「……変わったおふくろさんだな」

 子供に何を教えているんだか――と思う。

 く、と喉が鳴った。くく、と続ける。

「変人だから下僕になれ、ねえ。そんなふざけた理由、初めて聞いた」 

 くっくっと笑い続ける。ひとしきり笑った後で、

「いいだろう。下僕になってやる」

 そう言った。

「ほんと?」

「主人持ちになるのも面白そうだ」

 ドウマは唇の端を上げた。



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