第一章 4
「何を笑ってるの?」
顎の先で、少女が貌を上げていた。あどけない貌は子供よりも幼く見えた。
キスをしても、キスの意味は知らないのではないか。そう思った。
花びらが触れていくようなキスだった。
女が男にするようなキスでもなければ、男が女にするようなキスでもない。
「どうして笑ったの?」
子供のように訊いてくる。
「さあ。月が綺麗だから、かな」
「月が――?」
不思議そうな貌をする。
「月が綺麗だと笑うの?」
「かもな」
「変なの――」
くすくす、と笑う。
どこまでも無邪気な貌は男の危険性も理解していないだろう。
ドウマの胸に体重を預けながら、その身体はくつろいだ猫のように柔らかい。男の身体に密着しながら、緊張すらしていないことがわかる。
少女が、訊いてもいい?――と言った。癖なのか、許可を求める言い方をする。
「いいよ」
「どうして逃げないの?」
「逃げる?」
「キスをするとね。男のひとは逃げるんだって」
「まあ。逃げる男もいるかもしれんな」
「でね。逃げないひとはスケベだって。そうなの?」
苦笑する。誰の受け売りだ、と思う。絶対意味は理解していないだろう。大人の女に言われたら同意もするが、この少女には十年早い。とりあえず否定すると、
「じゃあ。変人だね」
にこり、と笑った。
「……」
「あ、人と言うのは変かな?」
「さあ」
「変な魔物って言うのも変だよね。変魔って言うのかな」
「妙なところにこだわるんだな」
話の流れについていけない部分もあったが、会話に応じると、少女は嬉しそうに笑った。
機嫌のいい猫のようだ。よく笑う。
「名前――訊いてもいい?」
「堂間大真」
「ドウマが名前?」
「大真が名前だ」
「オーマね。――ねえ、オーマ」
真っ直ぐにドウマを見つめ、少女は言った。
「シアの下僕になってくれる?」