第一章 3
《目標を包囲しました》
部下の思考が電子信号に変換されて、クジの聴覚領域に入った。
同時に視覚領域に画像が表示される。
目標の前後左右からの映像であった。四人の部下が目標を見ている。その映像がリアルタイムで送られてきている。
闇の中に浮かび上がるような白い少女だった。画像処理の必要は無いだろう。月の光で、少女の髪のひと筋ひと筋までもがクリアに見える。
《男がいます》
部下の思考。
見えている、と思ったが、クジは電子信号には変換しなかった。
同じものを見ていることを部下も知っているからだ。
クジの位置は目標から五百メートル以上離れている。周囲には木があった。亜熱帯性の木だ。ガジュマルが多い。ねじくれた幹と枝がクジの姿を隠している。
クジの肉眼は、月明かりに光るガジュマルの葉を見ていた。
硬質の葉に部下の見ている映像が重なっている。
白い少女が男の上に覆いかぶさっていた。
獲物なのか。それとも、仲間か。
《D反応は?》
クジは訊いた。
《ありません》
部下の答えにクジは月を見上げた。
満月に近い。魔物にはたまらぬ夜のはずだ。人間のふりができる巧妙な魔物も、満月期にはその正体を現すと聞く。
人間か――
クジは男に視点を合わせた。
波のように広がる少女の髪が男の姿を半ば以上隠している。透視モードに切り換えるよりも、クジは上空の静止衛星にアクセスした。瞬時に衛星からの画像が表示される。
男を真上から見る形になった。
少女の半身を胸の上に乗せ、男は両手を頭の下に入れて仰臥していた。
服装は黒のタンクトップに黒のストレートパンツ。タンクトップの上に、丈が腹までしかない半袖のTシャツをゆったりと着ている。
身長一八九センチメートル。画像には数値も表示される。体重八〇キログラム。こちらは推定だ。スリムに見えるが、それは余分な肉が無いためで、筋肉は充分に発達している。
画像でもそれがわかる。
猫科の大型肉食獣をクジは連想した。
D反応は、しかし、無い。
《排除しろ》
電子信号を部下に送りながら、クジは男の貌を見た。
視野の中にズームさせる。
彫りの深い貌だった。鼻筋が通っている。太い眉の下で、深い闇のような黒い眼が静かな威圧感を放っている。不敵にも見える落ち着きぶりだが、意外と若い、とクジは見た。十代後半から二十代前半あたりか。無造作に伸ばした黒髪に艶がある。前髪は眉から眼の近くまでかかり、その下で、黒い眼がクジを見ている。
見る――? 衛星軌道上のカメラを?
クジは男を注視した。その瞬間、男が、に、と笑った。