第二章 2
ぉぉぉぉぉぉ――
獣のような声。
闇の中に巨大なビルがそびえている。威圧感さえ漂う巨大な高層ビルだ。両側に細いビルを従者のように従え、地上を睥睨している。
獣のような音はビルの間を吹き抜ける風だった。
ぉぉぉぉぉぉ――
渦巻く咆哮の中に、荒い息がひしめき合っている。人間の吐く息だった。ひとりではない。数百人からの群集が声を殺し、興奮じみた息を吐いている。
かっ、と光が迸った。
肉眼には視えない光だ。赤外線サーチライト。群集は全員がゴーグルをつけている。
赤黒い視界の中に、ぬらついた肉塊が蠢いていた。
膨れ上がった内臓のような頭部。腸のような触手。粘塊のような肉体。
ぎぃぃぃ――
ぎぃぃぃ――
口と思しき裂け目から、錆びた鉄と鉄が擦れ合うような音が洩れている。
一体だけではない。十数体の肉塊が群集の中で蠢き、その全てが、ビルからのサーチライトによって照らし出されている。
群集の手にはナイフや鉄パイプが握られていた。
ぉぉぉぉぉぉ――
湧き上がった咆哮はビル風ではなかった。
声を上げた群集が肉塊に襲いかかり、武器を振り上げた。
ぐちゃり、
無数の鉄パイプの下で、肉塊が潰れた。
ぎぃぃぃ――
軋んだ声が上がり、腸のような触手が伸びた。ひとりの首に絡みつき、一瞬で首を引きちぎった。噴き上がる血飛沫が赤黒い視界を染める。ゆらゆらと触手が揺れ、次の獲物に向かう。
群集がざわめいた。恐怖を覚えたのだ。腰が引ける。
射出音が響き、銀のニードルが肉塊を貫いた。
ぎぃぃぃ――
軋んだ悲鳴。
動きを止めた肉塊に、再び群集が群がった。群集は容赦しなかった。一瞬感じた恐怖が、残虐な感情を煽った。ナイフが触手を引き裂き、鉄パイプは肉塊をひとかけら残さず潰した。
赤黒い闇の中で、湿った音だけが響く。
肉塊の血を浴びながら、群集は肉塊を潰して、潰して、潰しまくった。
誰もが狂気の笑みを浮かべていた。
オム・ナァ――
誰かが叫び、すぐに全員が叫んだ。
オム・ナァ――
オム・ナァ――
巨大なビルに向かって放たれる無数の雄叫び。
それは、彼らの神の名だった。




