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花鬼  作者: KATSUKI
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第八章  15

 

「まさか。ぼうやが?」

 ターニャが疑問を口にした。

「いや。あいつは――」

 その瞬間、照明が灯った。神殿内に光が満ち溢れた。

 高性能のモーター音が響く。

 現れたのは、電動車椅子だった。

 老人が坐っている。投げ出された両手両足は枯れ木のように細い。頭部はヘッドパットに固定され、椅子に取り付けられたボンベから酸素吸入器にエアが送られている。

 眼は薄く開いているが、白濁した眼は何も映していない。

 意識が無いという教祖だろう。

 椅子の左手側に妖艶な女が立っている。白い巫女のローブを身に纏い、頭部には白いケープを被っている。女優のような美貌はビデオで見た貌だった。

 右手側にイツキとシア。

 近づこうとすると、ずん、と空気が重くなった。

 否、重くなるような気配が湧いた。

「ちょっと。誰の気配よ。これ――」

 ターニャが叫び、次の瞬間、ひぃっ、と悲鳴をあげた。

 同じようなプレッシャがドウマから放たれたからだ。

「オ……マ……」

 消え入りそうな声でターニャが呻いた。

 悪いが、弱めてやるわけにはいかない。

 ぶつかり合った重圧が、空気をきな臭く変える。

 く、く、く、く、――

 喉を鳴らす音。笑い声であった。

 車椅子の老人が笑っていた。皺だらけの細い喉が、ひくひくと動いている。

「さすがオリジナル。コピィでは真似できない」

 嘲笑うような声。その瞬間、敵だと認識した。ぴしぃ、と空気が鳴る。

「イツキとシアを返してもらおうか」

 低い声で、ドウマは言った。

 シアだけでなく、イツキもまた虚ろな表情だった。

 もっと早く気づくべきだった。

 いつから操られていたのか――

「わしのモノを返すことはできんな。わしが拾い、わしが育てた。あの灰と化した研究施設の跡地で、胎の中で蠢くこやつを見つけてな」

 く、く、と笑いながら、枯れ枝のような指がイツキの腕に触れた。

 イツキは反応しない。

 人形のような貌だった。

「イツキの自由意志は存在したのか」

「気になるか」

「ああ」

「存在はしたな」

「存在は?」

「創世神来教の御子になれ、と言えば、レイエンとサカキを操るくらいのことは、自分で判断してできた。だが、自分がなぜそんなことをしているのか、疑問に思うことは無かっただろう」

「シアのことは?」

「シア?――ああ。そこの人形か。どこかで拾ってきて可愛がっていたな」

「イツキの意思だったわけだな」

「どうやったら少女に種を作らせられるかと悩んでいた。その瞬間、わしは天啓を得た。これこそ待ち望んでいた好機だと悟った。わしはこやつにぬしを選ばせ、主従契約を使え、と囁いた。ぬしを手に入れろ――と。こやつは全部自分で考えたと思っていただろうが、なんのことはない、全てわしの考えを反映しておっただけだ」

 眼の奥で闇が広がる。

「目的はおれか」

「そうだ。そこの蛇に接触させ、ぬしの情報を集めさせもした。全てはぬしを下僕にし、服従させることが目的だ」

「魔物の楽園って話は?」

 背後でターニャが口を開いた。

「出鱈目に決まっておろう」

 憤怒の声をあげるターニャを、ドウマは片手を上げて制した。

 眼は老人に向けたままだ。

「下僕には逆らう自由がある。おれを服従させることはできんぞ」

 唇の端を上げて言う。

「かまわぬよ。要は『主人』を絶対的存在だとぬしが思えばそれでいい」

「何が狙いだ」

「そう急くな」

 く、く、と老人――教祖が笑う。

「ようやく会えたのだからな」

「前から知っているような口振りだな」

「最初から知っておったよ」

「最初から?」

「己が何者か悟るがよい。――ナンバーゼロ」

 ぴく、と眉が動いた。

「あの研究施設はわしのモノだった。あそこで造られたモノは全てわしに帰属する。ぬしも、この出来損ないも――」

 最後まで聞いていなかった。

 バラバラになった車椅子の残骸が床に散る。

 一瞬でゼロにした間合いから、右の拳を叩きつけていた。

 教祖の首が飛ぶ――飛ぶほどのスピードと衝撃だったはずだ。手加減などしなかった。

 だが。

 数メートル離れた位置に、教祖は平然と立っていた。

 一瞬でそこまで移動したのだ。

 人間の動きではなかった。

 ドウマは横目で教祖を見た。

「魔物だったのか」

「いいや。神だよ」

「神?」

 教祖は口から酸素吸入のマスクを外した。

 顕わになった唇に傲岸な笑みを浮かべている。

「三十年前。Dウィルスのパンデミックを見ながら、わしはどちらが神に選ばれしものかと考えた。箱舟に招かれたのは人間なのか、魔物なのか、と。わしは魔物の体液を浴び、活性化したウィルスを体内に入れた。あれは信者獲得のためのデモンストレーションではない。わしは神に問うたのだ。わしが人間のままなら、選ばれたのは人間であり、魔物化するなら、神は魔物を選んだのだと――」

「狂信者の戯言など――」

「まあ、聴け。わしは魔物化せず、それを神の意志と信じた。選ばれしものは人間であり、魔物は滅ぼされるべき存在なのだ――と。それを教義とした。だが、わしの身体を調べてみると、Dウィルスの抗体があった。だから感染しなかったのだと知った。思うに、Dウィルスは遥か昔から存在したのだろう。伝説の魔物に似ているのも当然だ。数百年あるいは数千年前に感染した人間が、魔物の伝説を残したのだ。中には魔物化せずに、抗体だけ獲得した者もいたに違いない。わしはその子孫なのだろう」

 枯れ枝のような細い指を貌の前に立てて言う。

「人間の定義を、Dウィルスの非感染者とするなら、すでにわしは人間ではなかったことになる。だが、抗体があるため、魔物化することもない。つまり、わしは人間でもなく、魔物でもない存在だということだ」

「教義を変える気にでもなったか」

 ふん、と鼻を鳴らす。

「いいや。人間も魔物も超えることにした」

「超える?」

「魔物の伝説が残るように、世界には神の伝説も残る。ウィルスと遺伝子の組み合わせ次第で、神にもなれるはずだ。たとえばぬしのように――」

「おれが? は。馬鹿げた話だな」

「そうかな。他者を恐怖で支配し、あらゆるものを塵に変える。まさに神の力だと思わぬか」

「……」

「ぬしの誕生は偶然であったが、データが残っていなかったわけではない。にもかかわらず第二、第三のぬしを生み出すことはできなかった。それもまたぬしが神である間接的証明に他ならない。神は唯一の存在であり、偶像すら許さない。そこの出来損ないが誕生できたのは、ぬしが母体にそれを許したからだ。母体が生きていればもっと造らせることができたものを――」

 オン、と空気が慟哭に似た音をたてて消失した。

 教祖の周囲で風が渦を巻いた。

 病衣の裾がはためき、枯れ枝のような足が剝き出しになる。

 土色の唇に浮かぶ傲岸不遜な笑み。

「きさま……」

「気づいたか。ぬしにわしを消すことはできない」


 わしもまた神なのだよ――


 病衣を脱ぎながら言った。

 腰布だけを纏った身体は、ごそり、と肉が無かった。

 その肉体が、次の瞬間、変化した。

 骨しか無かったような身体が筋肉を纏い、萎びた皮膚が瑞々しい艶を帯びた。

 曲がっていた関節が伸びる。

 一九〇に近い長身。

 黒い髪が肩まで流れるように伸び、黒い眼が炯炯と光を放った。

 彫りの深い貌立ちは――

「……オーマの……貌」

 ターニャが呻くように言った。

 ドウマは漆黒の眼で、教祖の貌――自分と同じ貌を見つめた。

「自分が何から創られたと思っていた? あの施設で研究されたのは全てわしの遺伝子だ。ぬしはわしの細胞から生まれたのだ。言うなれば、ぬしも、ぬしから造られたそこの出来損ないも、わしの子供のようなものだ」

 教祖の部屋にあった子供を喰らう神の絵が脳裏に浮かんだ。

「反吐が出るぜ」

 ドウマは吐き捨てた。

 く、く、と教祖が嗤う。

「ひとつ教えよう。この身体のパーツはほとんどがぬしのものだ」

「おれの?」

「ぬしが研究施設にいた時にぬしから摘出した臓器、皮膚、眼球、手足。――手に入らなかったのは、脳を除外すれば、ぬしの心臓くらいだ」

「――」

「さすがに小さかったから、移植するには数年の培養を待たなければならなかったがな」

 貌の前に掲げた右手を教祖が握りしめる。

 その瞬間、ドウマの眼の前で空気が消失した。

「神の力は手に入れた。さあ。我が子よ。世界を破壊しようぞ」




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