第八章 11
「上に抜ける? それとも下?」
滑るように廊下を移動しながら、ターニャが言う。
監視カメラの類は存在しない。教祖のフロアを監視するのはおこがましいということか。等間隔で配置されていたドアが消え、巨大なドアが現れた。教祖の部屋だ。
「上に行こう。外に出た方が自由度が高い」
ラヴィアに命じる
僕の元におかえり
イツキの声が響き、背後にいたシアの気配が、す、と離れた。
最後尾にいたイツキの手が、シアの手首を握っていた。
黒い眼がどこか歪んだ光を放っている。
「何の真似だ」
「何の真似? 自分のものを取り返しただけだよ」
「まだ種はできていないぞ」
「できるできないじゃない。作るか作らないかだよ」
冷ややかにイツキが言う。
「ラヴィアにその気があれば、とっくに種を作っているはずだ。作らないということは作る意思が無いんだ。ならもうあなたに預けておく意味は無い」
イツキの手がシアの腹に触れた。
シアは反応しない。表情は虚ろだった。
「シアをどうする気だ」
「このまま誰かに抱かせて種を作らせる」
「本気で言っているのか」
「本気だよ。僕にしてみれば、相手があなただろうと他の誰だろうと関係無い。ラヴィアが種を作ればそれでいいんだから」
「だったら最初からそうしていたはずだ。なぜおれを愛させた」
「……」
「偽りでも、シアに幸せな夢を見せてやろうとしたんじゃないのか」
「そんなの――」
イツキの貌が歪んだ。
「もうどうでもいい」
シアの手を引いて、イツキが退がった。人形のようにシアが続く。
反射的に肩が動いた。
「動かないでよ」
イツキの声に動きを止める。
イツキの背後でドアが開いた。
教祖の部屋。
「出ていきたいなら出ていけばいい」
何もかもを拒絶するような声を呑み込み、ドアが閉まった。




