第二章 神の創りし子等は狂ひて
第二章 神の創りし子等は狂ひて
白い部屋だった。
壁も床も何もかもが白い。
窓は存在しない。時計が無いため、正確な時刻を知る術は無い。
天井自体が光を放っている。
冷たい光だった。
男達が自分を見る眼に似ている、と少年は思う。
今も見ているのだろう。視線を感じる。
部屋の四隅、天井付近には四台のカメラが設置され、常に少年をモニターしている。
少年はベッドの上に坐っていた。部屋の一隅に置かれたベッドである。
壁に背中を預け、足を投げ出している。
生まれてから一度も太陽の光を浴びたことの無い肌は、病的なほどに白い。
だが、しなやかな肢体は病人のものではなかった。
艶のある黒髪にも生気が溢れている。
なのに、少年はベッドから離れられないでいる。
足首には鎖付きの足環がはめられ、鎖の反対側はベッドの脚に繋がっているからだ。ベッドは床に溶接されている。
少年の身体能力値が成人男性を超えてから、この処置がとられている。それは五歳の時の話で、今は六歳だと告げられたが、少年にとって年齢は意味を持たない。同年齢の子供が他にいるわけでもなく、年齢を答える必要も無い。
ただその情報から、一年という概念を少年は学んだ。
少年の心臓部には電極が張り付けられ、ベッド脇の心電図モニターに数値が表示されている。変わらないリズムを刻む心拍数と時間の情報があれば、体内時計を構築することができる。
一日二度の採血と採尿。時おり細胞も採取される。
たまに部屋から出され、全身を測定される。CTスキャン、超音波検診、レントゲン。測定する男達は、以前はレベル四クラスの防護服を着ていたが、今は白衣とマスクだけである。
白衣だけになると、男達の匂いがわかった。
べとついた汗の匂い。
恐怖の匂いである。
特に少年を傷つける時にその匂いは顕著になる。
――治癒力を調べる。
誰かが言っていた。
最初はメスで皮膚が裂かれた。
やがて、手の指が落とされた。
切断された指は、切断面に近づけると、即座にくっついた。
数日後、もう一度落とされた指は、眼の前で焼却された。
数秒で、新たな指が再生した。
男達が驚愕の声をあげる。最初は歓喜の声だった。が、続けるに従って、恐怖の色が混ざり始めた。
足が切り落とされ、それが再生すると、誰かが言った。
――化け物。
この足は、何本目の足だろう。
深い闇のような黒い眼で、少年は白い壁を見ている。
空気が動いた。少年の左手側の壁に、スライド式の扉がある。セキュリティカードが無ければ、開かない扉――それが開いたのだ。
少年は視線を向けない。
体内時計で食事時かと思う。誰かが食事を運んできたのだろう。
絶食実験とかで一カ月ばかり水さえも絶たれたことがあるが、今は給餌する方針らしい。
食べ物の匂いを嗅いでも、食欲は湧かない。何であろうと関心は無い。
食事には毒を入れられたこともある。
体内に入れた瞬間に無毒化したが、食事を愉しむ感情が養われるはずはない。そのせいか、味覚はあまり発達していない。
ベッド際の台に食事のトレイが置かれる音。
ふわり、と甘い匂いに気づいた。
少年が貌を向けるより先に、視野の中に白い貌が入った。
白衣を着ているが、マスクはしていない。ここではめずらしい。
初めて見る貌だった。肩の線で切り揃えられた髪が、柔らかな曲線を描いて白い顔を包んでいる。明るい栗色の髪だった。
女――という概念は後日知る。
二十四歳という年齢も後で聞かされる。
少年は初めて見る女の貌を見つめた。
黒褐色の瞳だった。その眼が、真っ直ぐに少年を見つめている。
少年と視線が合うと、女は、にこり、と笑った。
――わたしはユミエ。
身をかがめ、少年と眼の高さを同じにして、女は言った。
――あなたの世話係になりました。




