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花鬼  作者: KATSUKI
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プロローグ

 


 プロローグ



 無機質な光が満ちている。

 清潔だが、冷たい光だ。天井自体が光を放ち、硬質な壁と床が室内のどこにも影ができないように、かつ眩しさを感じさせない程度に光を反射している。

 白い部屋だった。壁も床も天井も白い。

 窓は無く、入口はひとつだけ。扉は固く閉ざされ、室内からは見えないが、扉の向こう側には更衣室、殺菌・シャワー室、前室が続き、コンピュータ制御された扉は決して同時には開かない。

 レベル四の施設であった。

 室内には、アクリルガラス製の円筒容器が設置されていた。

 全部で十五台。五台ずつ三列に並べられている。

 部屋はかなり広く、円筒容器は容器を支える台座部分を含めて高さ三メートル、直径一メートルはあろうかというサイズだが、それを十五台設置し、なお容器と容器の間に充分なスペースを設けるだけの余裕があった。

 容器を支える台座部分の両脇には卵型のタンクが置かれ、太い管がタンクと台座部分を繋いでいる。容器には透明な液体が満たされ、その水質は台座両脇のタンクを循環させることによって維持されている。

 容器の中で蠢くものがあった。

 丸い頭部、小さな手足――人間の胎児であった。

 胎児は容器の中央付近に浮かんでいた。臍からは太いチューブが伸び、チューブの先端は台座の内部に潜り込んでいる。チューブを通じて、胎児には栄養が与えられている。

 十五台の容器は、人工子宮であった。

 容器の中で、胎児は時々手足を動かしていた。

 すでに遠からず子宮から出られるほどに成長している。

 しかし――

 異変は唐突に発生した。

 胎児が暴れ始めたのだ。

 ひとりだけではない。隣の子宮、そのまた隣の子宮。次々と胎児がもがいている。

 胎児の口が苦しそうに開閉し、赤黒い塊を吐き出した。

 大量の血と粘液だった。

 容器内の液体が赤く濁り、しかし、すぐに透明に変わった。人工子宮の浄化機能は正常に稼働中だ。それは胎児にとって最適な環境が維持されていることを意味する筈だが、胎児は暴れるのをやめようとしない。小さな貌は苦しそうに歪み、体は何度もくの字に折れ曲がる。

 入口の扉が開き、数人の男達が入室してきた。

 全員が防護服を着ている。完全密閉式の防護服だ。酸素ボンベを内蔵し、一切の外気を遮断している。

 今や胎児の全身からは血が噴き出し、それが止まらない。

 胎児の口が裂けんばかりに大きくなった。

 次の瞬間、胎児の体が崩れた。

 血塗れの肉がどろりと溶けた。骨がむき出しになり、その骨までもぼろぼろと分解してゆく。

 浄化装置の駆動音が高くなったのは、溶けた肉を人工子宮の異物と捉えたのだろう。容器内の液体がゆらりと動き、肉片が排水口に移動していく。

 その動きが途中で止まった。

 防護服の男達が浄化装置を停止させたのだ。

 フルフェイスのマスクの中から、男達はぎらつく眼で胎児の残骸を見つめていた。その眼に、胎児の死を悼む色は無い。男達が胎児を見る眼は人間を見る眼ではなかった。研究材料を見る眼だった。

 装置を停止させたのは、浄化装置に吸い込まれてしまっては、回収が面倒になるからだ。溶けたとしても、貴重な研究材料であることに変わりはない。

 淡々と装置を止めてゆく男達であったが、最奥部で足を止めた。

 最後の人工子宮の前である。

 おお。と男達が歓喜の声を洩らした。

 胎児が生きていたのだ。

 透明な液体の中で、その胎児は静かに浮かんでいた。小さな性器の突起物から、男児であることがわかる。

 これで実験が継続できる。男達の眼が語った。再びゼロから実験を構築することを考えれば、たった一体の生存であっても研究は比べ物にならないほど飛躍する。

 この胎児だけが生き残った要因が何かあるはず。舌なめずりと共に、脳裏で次の検討を思考し始めた男達が、次の瞬間、ぎくり、と動きを止めた。

 胎児の眼が開いていたのだ。

 半眼である。その眼が人工子宮のガラス越しに男達を見ている。

 視力はまだ無いはずだ。なのに、明らかに男達の方に貌が向いている。

 黒い眼であった。深い闇のような眼。

 一切の感情を表していないその眼に、男達は凍りついた。

 気圧されたのだ。子宮から産まれてもいない胎児に。

 やがて、胎児はゆっくりと眼を閉じた。

 そのまま動かない。眠りについたのだろう。

 それでも、男達はしばらく動けないままでいた。

 ごぽり、とタンクのどこかで、空気の泡が生じる音がした。


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