「彼女」を知る
大分間が空いてしまいまして…
ごめんなさいでした!これからは多分、ちゃんとやります!
…多分。
ベッドに寝ているサシャ。
そのベッドに頬杖をついて欠伸をするルカ。
そして、二人を見守るようにソファに腰掛けるぼく。
珍しいというか見慣れないというか、腑に落ちない状況だ。正直ぼくだってまだ吃驚してるし、どうすれば良いのかわからないんだけど、とりあえずやっと落ち着いたところだった。
…何でこんな混沌とした状況なのかって?
それは、今朝に遡る-……
「ユラ、ユラ。おい、起きろ」
ルカの声。昨日早めに寝たぼくは、すぐに体を起こした。寝惚けもしてないし、スッキリとした目覚め…だけど、普段から朝が弱いルカに起こされるなんて、珍しいこともあるもんだ。
「んんー…おはよ」
「うん、おはよ。あのさ?…サシャが、家から出てこないんだ」
「は?」
ルカが不思議そうに首をかしげて言う。ぼくは、ちょっと言ってることがわかんなくてルカと同じく首をかしげた。
「どういうこと?」
「だからさ、サシャん家に行ったんだけど、いくら呼んだって出てこないんだ」
灰とも紫とも言えないような、深い深い瞳がぼくを見つめる。ぼくは戸惑ったみたいに後頭部を掻いて、とりあえず「しゃあ…着替えてもう一回行こうか」とベッドから這い出た。ルカは少ししゅんとしたように「うん」と頷いて、ココアを淹れてくれた。
「でも、なんだってこの早朝にサシャのところへ行ったのさ」
「それは…い、言えない」
ルカはだんまりを決め込んでしまった。ただやっぱり眠いものは眠いのか、ぼくがココアを飲んでいるうちにうとうとし始める。
「寝ちゃダメだってば」
「無理…」
「じゃあぼくだけでサシャのところ行っちゃうからね」
「やだ」
なんだよ、もう。反抗期か。
飲み干したココアのカップをカウンターに置いて、パーカーを羽織った。大丈夫、今回は裏表逆じゃない。
「ユラ、ユラ。それ、左右の腕逆。フードが下になってるよ」
「うあ」
「また、レアな間違え方をするなあ」
不器用って…認めるしかないのかな…
「じゃ、行こうよ。ユラ、そのままでも良いんじゃない?サシャに見せてあげなよ」
「やだ!」
なんて、じゃれあいながら家を出た。鍵はルカが掛けてくれた、ぼくは掛けちゃいけないと言われている。
まあ、この前掛けようとして鍵を根本から折って、それで鍵穴をつまらせちゃったしな…
ルカがサシャ宅のチャイムを押す。心地よい、鈴にもにた音色。
「………?」
「ほらね?」
ルカが困ったように振り返った。仕方ないのでそのまま門扉を開け、家に入る。
鍵は開いていた。お邪魔しますと声をかけて、奥へ奥へ進んでいく。
リビングには、いない。キッチンにもいなかった。お風呂場や、物置にもサシャの姿はない。
「ねーえ」
「なに?」
「何で、二階行かないの?」
ちょっとドキッとした。残す部屋は、二階にあるあと一部屋だけだった。無意識とは言い切れないけど、すこしだけ後回しにしていたのだった。
だって二階は、…サシャの部屋だけだし…
なのに躊躇いもなくルカは階段を上っていった。数秒考えた末、結局ぼくもその後を追う。
ちょっとだけ、ルカに罪悪感。ぼくは今度こそ無意識に、ルカが先に上ったなんて免罪符を手に入れてた。
「………」
ぼくは、最近サシャのことになると深く考えすぎている気がする。理由なんて思い付かないけど、ぼくは何がしたいんだろうな。
こめかみを軽く叩いて、ふーっと息を吐いた。二階で待っていたルカを追い抜かして、サシャの部屋の扉を開ける。
「っ…」
「…え?」
背後にいるルカが間抜けな声をあげた。まっすぐと正面を捉える視界には、誰の人影も映らない。
…そう、「正面を捉える視界には」。
違和感を感じ視線を下にずらして、息をのんだ。
「サシャ!?」
「えっ、わっ、…」
「ユラ!救急箱と体温計と、氷枕も!持ってきて、ほら、早く!」
ルカは即座に反応して、軽く唇を噛んで対応した。言われた通りのものを取りに階下へ走るが、混乱と情けなさとで頭のなかは真っ白だ。
サシャは部屋の中央、テーブルの前に倒れていた。ルカの反応や顔が赤かったことからして、熱でもあるのだろうけど。
セカイがぼくに教えてくれたのは、「ヒトは体温の大きな変化には耐えられない」こと。
…大丈夫かなあ…
「ルカ!とってきた」
「あ、おう。おいといて」
ルカはサシャをベッドに寝かせ、体温計を口に突っ込んだ。
「…あれ?その体温計ってさあ、口にやるやつだっけ?」
「え?」
「脇に挟む方のは?」
「え、それって何か違うの?」
「計り方とか違うんじゃない?よくわかんないけどさあ、口にいれるやつもこんな含む感じで良いの?」
「もっとしっかり噛ませるものなのか?」
「うーん、確かそんなだった気が…」
ぐい、と体温計を押すとサシャがむせた。
「「あ」」
気まずくて、目をそらす。
「馬鹿ユラ。喉につまっちゃうじゃん」
「で、でもルカだってそうかもって思ってたでしょっ?」
「わかんないから任せたんじゃん!」
「分かりにくい言い方した方が悪いよ!」
「あ…んた達、…うるっさぃ…」
サシャが体温計を吐き出して、寝返りをうった。
「あ、おはようサシャ」
「大丈夫?」
二人揃って覗き込むと、サシャは驚いたように肩をすくめた。
「…ん…?私、何して…」
「熱出してぶっ倒れた」
「ルカが心配してたよー」
「ユラもね」
「…まあ、さ、否定はしないけど」
正面から言われると恥ずかしいものだ。
あれ、とふと気づく。もしかしてぼく、いや、もしかしなくても、結構ヒトらしくなってきてる?
「…あれ…そっか。ありがと、心配してくれて」
「根を詰めすぎなんだよ、サシャは」
「詰めさせてるのユラじゃない?」
「ルカひどいよ、何で!」
「何でって、不器用だし」
「あーもううるさい、やめてよ…」
サシャがげんなりと呟いたので、黙った。
ごそごそと体温計を手にとって、戸惑ったように首を傾げるルカ。サシャは熱で微妙にうるんだ瞳をしていて、まばたきを一つするとルカからそれを優しく取り上げた。
「これはね、ユラ正解。脇に挟むやつです」
「………」
「うん?どうかした、ルカ」
「…いや、その…ごめんなさい」
本来脇に挟むものを口に含ませたのだ、要は。
それは謝罪の一つや二つはするだろう。
「あは、買ったばかりだから今回は特別に許したげる。でもね、もしこれで使用済みだったら…うーん、容赦しなかったかも」
笑顔で告げるサシャが怖い。
「ちなみにもっと奥に含ませたユラも同罪」
「ええっ!」
すっとんきょうな声を出してしまって、ルカとサシャが同時に吹き出した。膨れて拗ねて見せると、サシャが苦笑いに変わる。
「もう、ちゃんとしてよね。…さて、私もただの風邪みたいだし、今日は早々に寝ようかしらね」
「あ、おれ達見てるよ。」
「うん。看病看病」
「ユラ、看病って 解ってるの?」
「わかってるよ、失礼な!」
ルカはテーブルの近くから椅子を持ってきて、腰掛けた。ぼくは近くにあったソファに腰を埋めて、二人を見守るように背もたれに寄りかかる。
ルカはいつのまにか洗面器に冷たい水を入れてタオルをかけ、いつでも額にのせるタオルを交換できるようにスタンバイしてる。相変わらず、細やかな男だ。
「…見られてると寝られないわ」
「え」
「わかった。ユラ」
ルカが目配せしてきた。きょとんと怪訝そうな顔をすると、ルカがそのままうつむいて目を閉じる。
ああ、そうか。「見なければ良い」のか。
ぼくもルカにならって目を閉じた。
「…んう?あ」
「あ…おはよ、ユラ」
知らぬ間に眠ってしまっていたようだ。目の前にはタオルを絞るルカ。
そしてベッドにはすやすやと寝息をたてるサシャが目を閉じていた。前髪が、汗やタオルで濡れて額に張り付いている。
「…サシャ、どう?」
「んー、ぼちぼち、かな。熱も大分引いたし。今晩はこれで寝続けるだろうけど、明日朝起きたらまた元気になってるよ。」
「そうかあ…よかったー…」
「ほら。心配しまくってんじゃん」
「そりゃ否定はしないけどねー?」
口を尖らせればルカが笑って頭をがしがし撫でてくる。
ぼくには家族なんていないけど、もしも「お兄ちゃん」とやらがいたのなら、こんな感じなのかなあと思った。
いや、さきにここに来たのはぼくなんだけどね?
「ユラ、弟みたい」
「あ、ぼくと同じこと思ってる」
「にしてはあまり手のかからない弟かな…」
「え、そうなの?」
「確かに手はかかるかもしんないけどさ、不器用だからだろ。
ここまで素直な弟もいないよ」
ルカの口元には慈愛を含んだ優しい笑み。
なんだか丸っこくなったなあ、と頬杖をついた。昔っからの知り合いというわけでもないけれど。
「…ごめん、おれちょっと散歩してくるわ。サシャのこと、見ててくれる?」
「ん、わかった」
いってらっしゃいとばかりに手を振ると、何故かルカは少しだけ、
…本当に少しだけ泣きそうな顔をした…気がした。
ルカが出ていった部屋は静まり返って、とても寂しい。
もう温くなった洗面器の水に、タオルからぴちゃんと水滴が落ちた。
その晩、ルカは帰ってこなかった。




