「彼」を知る
「葉っぱはね、全部慎重に確認して。枯れてないか、病気になってないか、虫がついてないか」
裏の畑、傍らで見守るルカにいつかサシャに言われたことを繰り返す。
「えっと…こう?」
緊張した面持ちでルカはぼくの真似をした。でも張りつめた表情とは裏腹に、ルカのやたら華奢な手は軽々と言いつけられた仕事をこなす。
「………」
「え、あ? もしかしておれ何か間違えてる?」
「……ぼく、これ始めてやった時キャベツ何個か折っちゃったんだけど」
「ぇえ!? いやそれはないでしょってかどんだけ不器用だよユラ!」
驚きを隠さずさらりとひどいことを言われました。
「あ」
ベキッ
「…うん。実演してくれたところ申し訳ないけど、ユラが不器用なのは立証してもらわなくても解ってるから」
またキャベツをダメにしてしまった…サシャに怒られる。
「いいよ、おれが虫いないか見るからさ。ユラは水撒きと肥料やってよ。てかやれ」
ぼくの扱いがすごい早さで雑になっていくルカだけど、ぼくはもうしょんぼりと言われたことをひたすらこなすに徹底した。だって悲しいことに全部ほんとなんだよなぁ…
「あ、ユラ!肥料は葉に触れさせちゃダメだろ、変色するぞ!」
…最早畑仕事はルカに任せた方がいいんじゃないだろうか。
「…ぼくにできること、あるのかなぁ…?」
「え? だから水撒きやってってば。あ、あと洗濯!まわしといてくれたら、おれ干すよ」
「あ…うん」
ぼくはすっかり頼りない先輩だ。
でもいいや…なんて思うのは、仕事を黙々とこなすルカが生き生きして見えたからだろうか。
「あ、ルカ、でももうそろそろ日も暮れるから、畑仕事終わったらすぐ家に戻るんだよ?」
「わかってるよー!」
楽しそうに口角を上げるルカ。器用で無邪気な後輩も、こちらはこちらですっかりここに慣れたようだ。
水撒きを終えてホースをまとめる。ぼくは洗濯機をまわすため、足早に家に向かった。
その夜のことだった。
知らないはずなのにどこか懐かしげな、そんな夢を見た。
限りない草原の真ん中で、子供二人が寄り添う夢。
それはとても穏やかで、心休まるような二人の時間なのだけど、何処か儚くて危なっかしいものがあった。
やがて少女が立ち去り、残されたもう一人の少年は食い入るように夕日を睨んで、そして消滅する。その後に再び草原に姿を現した少女は、突然止めどなく号哭を始めた。
そこでぼくは目を覚ましたのだけど、何故だろう、その夢は何となくお日さまの匂いを彷彿とさせた。
目を開けても、辺りはまだ真っ暗だ。
体を起こして窓の外を伺うと、やっと日の出かどうかという頃。
…二度寝するには少し遅いな。くあ、と欠伸をひとつすると、右隣-ルカのベッドの方だ-から微かな呻き声が聞こえた。
「ん?」
首を巡らせルカを見ると、彼はうなされているのか体を縮こませるようにうずくまって汗を浮かべている。微かな吐息を漏らして、ルカは懇願するように言葉を絞り出していた。
「…何で…嫌だッ…置いてかないでよ…」
「ねぇ、ルカ? …どうしたの?」
困惑し声をかけてみるも、反応はない。それどころかルカは一層苦しそうに眉を寄せて、うわ言を続ける。
「やだよ…独りに、しないで…」
「ルカ、…起きてよっ」
荒い呼吸に合わせて忙しく上下するルカの肩に手をかけ、揺さぶる。すると、ルカは小さく呻いてようやく目を覚ました。
「はぁっ、はぁ、う、…あ?」
「やっと起きた…」
けして良くはない目覚めに顔を歪め、ルカは何とか体を起こした。ぼんやりとぼくを見つめ、目を擦る。
「んう…? …あっつ…」
「うなされてたけど…悪い夢でも見た?」
汗を袖でぬぐいながら、ルカは首をかしげた。
「…えっと…おれ、うなされてたの…?」
「え? うん」
「…最近、寝起きはいつもこうなんだけど…マジかよ…おれ、うなされてたのか」
顔を手で覆い、息をついたルカに、ぼくはキッチンからコップ一杯の水を持ってきて手渡した。
「大丈夫?」
「あ、ありがと。…あのな、思い出せない、思い出せないんだけど。…何か、怖い夢を見ていた気がするんだ」
水を口に含みながら、ルカが囁くように言った。自分のベッドに腰掛け、ぼくは相づちを打って耳を傾ける。
「夢?」
「そう。…内容なんて思い出せないのに、ただ漠然と怖かったことだけが身体に染みてる。真っ暗闇に独りで置き去りにされたみたいに、ひたすら恐ろしいんだよ」
ルカは淡々と「恐怖」を吐き出していった。最近と言っていたから今日だけではないらしく、もう限界も近かったのだろうか。そうでもしないと狂ってしまうとでも言うように、ただひたすら繰り返す。
でも、ぼくはもうその「恐怖」にヒトがつけた名を知っていた。
「『孤独』…だったの?」
「…孤独?」
ルカは一瞬遠くを見るような目をしてから、「…そう、なのかな」と曖昧に返事をした。
…孤独、か。
孤独って言うのは確か、独りだと感じて寂しく思うことじゃなかったか。だとしたら、やっぱりおかしい気がする。今まで初めて星に来たルカには、独りを意識することなんてないはずだ。
だってそれが当たり前だったんだから。
光があって影があるように、感覚というものは対になっていることが多い。片方を意識しない限り、もう片方を意識することはできないのだ。
確かにルカは数日前から、ぼくやサシャとずっと一緒にいる。でも、いくら馴染んできたとは言えこの短時間で独りとかを意識するなんて無理がある。いや、そもそも馴染んできたこと事態がおかしい。いくらなんでも早すぎるんだ。
「………」
「…どうしたんだよ、黙りこくって」
「…いや…ううん、何でもない」
ここで変に勘ぐって、それを悟られたらルカは心を閉ざすだろう。共に過ごしたのはまだ短い間でも、ルカの頑なさは充分に身に染みていた。
「ほら、早く顔を洗っておいでよ。もう朝だ、サシャが怒鳴り込んで来るよ?」
「それはヤダ。」
素直に従ったルカに苦笑いする。
…ルカは少し人見知りかもだけど、芯の通った無邪気な少年だ。でもそんな無邪気ささえ、彼の内包する未知や無知、それに繋がる恐怖を誤魔化すためのフェイクのように感じる自分がいる。要は得体が知れなくて怖いんだ。
そう自覚してから、つい吹き出してしまった。ああ、そうだな。確かにルカは得体が知れないよ。
でもそんなの、ぼく自身もだろ?
「ふふっ、あはははっ」
「うぉ!? どうしたんだよユラ」
サシャが怖くて狂ったか、とルカがおののく。
その的はずれな考えに首を振って答えてから、ぼくはそっと天井を仰いだ。
サシャ、君の言う通り、ルカは何かを抱えているかもしれない。
でもね、もしそれが大切なことだとしても、君が捉えている程重要なことではない気がするんだ。
考えてることなんて案外、皆同じなんだから。
ベッドから立ち上がる。太陽はもう、完全に顔を出していた。
ちなみに、キャベツをダメにしてしまったユラはサシャにしごかれた後ロールキャベツを一人でたいらげました。




