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いちねん。  作者: ワルツ
11/13

じゅーいちがつ

挿絵(By みてみん)


ふわりと落ちる紅葉の錦。道を埋めてく銀杏の葉。


一つ、一つ、落ちる度、近づいてくる冬の声。


じゅーいちばんめの月。紅と黄金で染まる月。

葉が落ちきったその時に、さいごの月は目の前に…。



雲一つない快晴でした。山は紅や黄金に色づき、道に時々紅葉の葉が落ちていて、秋の景色として最高の眺めでした。

ですが僕の心は晴れてはいませんでした。下に落ちている紅葉ばかり見つめながら家への道を歩いていました。

正直なところ、未だランテの高笑いが頭から離れませんでした。「仲間になる」…本気で言っているのかと今でも疑いたくなりますが、本気だということはなんとなくわかります。

はづきが死んだ瞬間のことを思い出しました。そして、自分にかけられた二つ目の「いたずら」がまだ動いていないことも忘れてはいません。

僕はため息をついて立ち止まりました。こんなに美しい景色なのに、僕は俯いて見ようとしませんでした。

自分の内に閉じこもり、俯いて笑顔を忘れて。昔のいつだかの自分によく似ていました。冬の声が聞こえてくるような気がしました。


再び顔を上げて歩き出そうとした時、ふといつもと違う道が目に入りました。細い道の先には長い階段、その先には小さな寂れた神社があります。

何を思ったのか、僕はその神社の方へと行き先を変えました。神頼みでもしたかったのでしょうか。

階段の終わりは見えません。城の砦のように真っ赤な鳥居が僕を見下ろしていました。

僕は階段を昇り始めました。頂上ははるか上にあるのに、俯いたまま。一段一段昇る度に苦しくなっていきます。

まるで取り憑かれたように、僕はあの子とはづきのことしか考えていませんでした。どうしたらはづきに、あの子に償えるだろう。そう考えていました。

「お前がはづきを殺した」。誰もそんなこと言っていないはずなのに、そう言われたような気がするのです。

誰一人僕を責めはしません。あれは事故、そう頭ではわかっているのです。本当は「償う」という言葉が既におかしいとわかってはいるのです。

けれど心は思い通り動いてはくれません。必要のない罪悪感とあの子の悲しそうな笑顔が消えなくて今にも飲み込まれそうで怖いのです。

どうしよう。結局そんな単純な言葉を繰り返し繰り返し頭の中で再生しながら、階段を昇り続けていました。


その「どうしよう」が止まったのは階段を登りきった時でした。赤い鳥居をくぐって舗装されていない土の道に足を踏み入れた時、足元に何かが転がってきました。

大きめのオレンジ色のゴムボールです。拾い上げて持ち主を探そうと顔を上げて、僕はようやくその子と目が合いました。

緑から黄へのグラデーションの髪の毛、紅葉の葉のような鮮やかなオレンジ色の服を着た女の子がそこに居ました。目をまんまるにして驚いた様子でこちらを見ていました。

年は中学生くらい。手足が異様に細く、風が吹いただけで倒れてしまいそうなか弱そうな印象の子でした。

11月の子だと一目でわかりました。脳裏にまたランテの姿が浮かびました。その子はちょこちょこと僕の目の前まで来て可愛らしい笑顔で言いました。


「あなた…もしかしてうちが見えてはる?」


「うん。はい、ボール。」


「おおきにー。」


関西弁に似た訛りとふわふわとした話し方が印象的でした。僕がボールを渡すと、その子は丁寧にお辞儀をして言います。


「うちは11月のかえでいいます。」


かえで。その名前を僕は先月既に聞いていました。ランテがやたら何度も口にしていた名前でした。


「ところで、お名前訊いてもええ?」


「え?あ、僕は子規だよ。」


「子規…さん?ええ名前どすなあ。うちらが見える人なんて久々やわ、びっくりやわぁ。」


ほんわかしていて柔らかい雰囲気で、どこか脆そうな子でした。ランテは僕のことを話さなかったのでしょうか。かえでは僕のことを知らなかったようでした。

すると、かえでは急に神社の拝殿の方にちょこちょこ走っていきました。そして賽銭箱のところまで行くと手招きして僕を呼びました。僕はかえでのところに向かいます。

するとかえでは賽銭箱の裏から何かを取り出して僕に差し出しました。それはハロウィンのかぼちゃの印のついたキャンディでした。


「お近づきの印。アメちゃんどうぞー。」


「ありがとう。……これ、もしかしてランテが君にあげた飴…?」


僕は思わずそう言いました。カボチャの印、ランテしか思い浮かびません。


「うんっ、ランテはな、いっつもうちにお菓子をたぁくさんくれるんよー、ほらっ。」


かえでは賽銭箱の裏を指差しました。綺麗な包装紙とリボンで下手くそだけど大切に包まれた箱がたくさん積まれていました。いくつか蓋が開けてある箱があり、中には飴やチョコやクッキーなどたくさんの種類のお菓子がめいっぱい詰め込まれていました。

このお菓子は全てランテが集めたのでしょうか。わざわざ自分でラッピングまでしたのでしょうか。


「ランテはなランテはな、いっつもうちにお菓子たくさんくれてなぁ、楽しいとこに連れてってくれてな、それでなそれでな…」


満面の笑みで嬉しそうに話すかえでを見て、この子がどれだけランテに大切にされているのかがわかりました。あの背筋の凍るような高笑いも恐ろしささえ感じるような笑みもこの子の前ではきっと見せないのでしょう。

けれど僕は忘れてはいません。先月のこと、はづきが死ぬ瞬間の光景も。つい暗い顔を見せてしまったようでした。かえでが急に喋るのを止めて、僕の顔を覗き込みました。


「どないしたん…?うちの話、嫌やった…?」


「ううん、そんなことないよ。」


僕はそう言ってはぐらかしました。「そう?」と言ってかえでは僕の言葉を疑いもせずにまた話し始めました。

話はそのうちランテの話から、紅葉や銀杏の木の葉が綺麗だった話、近くの民家で見かけた犬が可愛かった話など、かえでは次から次へと話題をころころ変えて話していきます。

秋の林、赤や黄色に染まった世界にかえでの声が染み渡っていくのを感じました。

この世の不幸なんて見たこともないのではないかと疑いたくなるくらいに、幸せそうな顔をかえではしていました。誰かと話す機会があるのは一カ月に二回だけ、11月という檻に閉じこめられている…そんな孤独を背負っているとは思えないような表情です。どうしてそんな顔ができるのかわかりませんでした。

僕はおもわずぼそりと呟きました。


「……寂しいって思うことはないの?」


「え?」


突然の質問に、かえでは話すのを止めました。


「あ、話の途中で急にごめんね。僕、君の他にも色んな月の子に会ってね、色々お話してきたんだ。

 その話の中でね、月の子達は人からは見えなくて…一カ月に二回、隣の月の子としか話せないとか…他の月に行くことはできないとか、色んなことを教えてもらったんだ。

 けど君はすごく幸せそうに話すから、寂しいとか悲しいとか…そう思うことってあるのかなって、ちょっと気になったんだ。」


かえではまあるい目で僕をじーっと見て、それから「んー…」と考えこみ、そしてぱあっと笑って言いました。


「そうやなあ、確かに時々寂しいとか悲しいとか思うこともあるけどな、でもなでもな、うちは今幸せやで、とーっても幸せなんやで!」


「幸せ…?」


「うんっ!」


迷いなく堂々と言うのを見て、僕は声が出なくなりました。ぽかんとして、無邪気に笑うかえでを見つめていました。一瞬だけ、風の音が聞こえなくなりました。


「確かに誰かとお話できるのが一カ月に二日だけっちゅうのは寂しいし、他の月に行けないのも悲しいよ。けどな、人間さんよりお得なこともあるんやで?」


「得?」


「うん、うちはね、11月なら世界のどこにでも行けるんよ。海の向こうでも、お山のてっぺんでも行けるんよ。どやー、お得やろ?」


「知らなかった…。すごいね…。」


僕は素直に感心しました。まだまだ、月の子達について知らないことがたくさんあったようです。


「人間さんとお話はできないけど、でも広い世界を時間かけてのんびり見に行けるから、色んな場所を見に行く度にまた楽しいことがあるから、だからうちは幸せや。」


「そっか…ちょっと安心したかも。月の子達って実はすごく孤独で辛い思いをしてるんじゃないかって、ちょっと心配だったんだ。」


「そうなん?そんな心配せんでええのにー。」


本当に幸せそうに笑う子だなと思いました。あの椿の子にもいつかこんな風に笑ってほしいなと僕は思いました。

また僕は俯きました。12月までに決めろ。そうランテは言いました。その12月はもう目の前です。

どうすれば目の前のかえでのようにあの子は笑ってくれるでしょう。僕が『月』になればあの子は笑ってくれるでしょうか。そうすれば、僕は赦されるのでしょうか、この罪悪感から解放されるのでしょうか。けれど、そんなことをすれば……。

その時かえでが立ち上がりちょこちょこ歩き出しました。どこに行くのでしょう。僕も立ち上がりました。


「もし違うたらごめんな。子規さん、会うた時からなんかちょっと元気なさそうや。違う?」


少しギョッとしました。僕、そんなにいつも元気のない顔をしているのでしょうか。けれど先月のことを考えると…確かに今の僕は「元気がない」のでしょう。


「…確かに、そうかも。」


かえでは僕を励ますように微笑みます。


「やっぱり。だったらちょっとついてきて!」


かえでは僕の手を引いて駆け出しました。僕はこけそうになりながらもかえでについていくしかありません。かえでは神社の裏から更に上の方へと登っていきます。日が沈み始め、雲がほんのりピンク色に染まっています。その空を隠すように空より鮮やかな紅葉や銀杏の葉が天井を覆っていきました。

天井も足元も紅と黄色で染まっている坂道を僕はかえでと進んでいきます。


「どこ行くの?」


「うちのとっておきの場所、教えてあげるっ!」


細過ぎると思うくらいに華奢な体なのに、信じられないくらい元気にかえでは坂道を登っていきます。道なんてものはなく、足場の悪い斜面を僕とかえでは登っていきます。

名前もわからない植物の葉が落ちていたり、くるみやどんぐりの木があったり、秋の森はとても賑やかです。ここはどこでしょう。僕がよく知っているこの町の、神社の裏山であるはずなのにまるで異世界のように感じました。

しばらくして、ようやく道らしき道を見つけました。かえではそのまま道に沿って歩いていきます。

僕は何をやっているんだろうと少し思いました。この道は完全に山道です。学校から帰る時の寄り道にしては少々きつい道でした。

少し疲れたな、そう思った時、木々の切れ間が見えて、明るい空が目に飛び込んできました。


「ランテに教えてもらったんや。ここ、うちが一番大好きな場所や。とっても綺麗やろ?」


僕は黙ってうなずきました。

そこから見えたものは、紅一色に染まっている僕の住む町でした。

木で作られた安っぽい展望台があり、そこから町全体が見渡せます。僕は展望台へと駆け出し、身を乗り出してその景色を見ました。

ちょうど赤く染まりきった紅葉が散り始める時期でした。町の所々にある赤い木から葉が舞い散り、道をぽつぽつ赤く変えていきます。道だけじゃありません。葉は川を埋め尽くし、下流へ下流へ、海の方へ流れていきます。

そんな赤い葉っぱ達の行く末を、夕焼け空が見守っていました。


「もう一つ、うちの幸せ自慢、してもええ?」


「…いいよ。教えて。」


僕は町から目を離さずに言いました。


「子規さん、うちらは『孤独』なんやないかって心配してたやろ。うちはそうは思わへん。」


しっかりとかえでの話は聞いていました。聞いてはいましたが、町から目を離すことができませんでした。


「うちにはな、お友達が11人もおるんや。会ってお話できるのは2人だけやけど、みんなそれぞれの月で同じ空と町を見て暮らしてるんや。

 うちは寂しくあらへんよ。子規さん、この町で他の月の子達にも会ってきたんなら、見えるやろ…?」


かえでが僕を見ます。僕はただ町だけを見つめてそして、少しだけ、少しだけ泣きそうになりながら頷きました。


「…うん、見えるよ。」


目の前には、今まで月の子達と会った全ての場所がありました。マカロンとひなと会った商店街、桜花と月ルナと会った桜並木、サツキと会った橋、ジュンと会った公園、彦星と会った僕の家、ランテと会った踏切、ひまわりと……あの椿の花の子と会ったはづきの墓。

この一年の思い出が蘇ってきました。どの子の顔も鮮明に蘇ります。なんだ、みんな一人ぼっちじゃないんだ。

心のモヤモヤが少しだけ軽くなって舞い上がって消えていきました。一つ錘が消えました。

一つ僕は確信しました。あの椿の花の子は絶対に幸せになれると。あの子が誰であろうと、はづきが死んだからあの1月の子が生まれたのだとしても、「月の子」であることは「不幸」とは違うと。



「ありがとう、かえで。」



「はぁい?」



僕はようやくかえでの顔を見ました。不幸どころか、羨ましいとさえ感じるくらいの笑顔でした。



「ありがとう、君みたいな子が11月の子で嬉しいよ。かえでは、本当に優しいね。」



「優しい…?」



「うん。とっても。」



かえでの顔が今までより更にぱあっと明るくなりました。


「ほんと?おおきに、おおきに。ありがとう!」



僕はにっこり笑い返しました。もう一度、この景色を目に焼き付けてから、山道を引き返していきます。

かえではもう少しここに居るようです。僕についてこようとはしません。僕は振り向いてもう一度かえでを見ます。かえでは僕に手を振りました。


「ほな、さいならぁ!」



「さよなら!」



そう言って僕は山を下り始めました。少しずつ、空は茜色から紫、そして濃紺へと移り変わっていきます。空気も少しずつ冷たくなり、冬が近づいてきます。

僕は目をつぶり、先ほどの景色を思い出しました。今まで会った月の子達のことも。一歩一歩、滑り落ちないように慎重に山を下っていきます。




さあ、あとは決めるだけ。判決の12月が来ます。


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