いちがつ。
白い 白い ハジマリの時。
人は皆、暖かい家に閉じこもる。
木の葉の緑も、空の青も…あらゆる物から色が消える季節。
人も 色も 全てが白くぼやけるこの時に、
僕は君のもとを訪れました。
久しぶり。元気?今何してる?
ここ寒くない?最近どう?
君は答えません。目の前には誰もいないのだから。
ただ、黒い御影石が佇んでいるだけ。墓は、話すことも喋ることもしてくれませんでした。
僕の学生服に真っ白い雪が降り積もります。
聞こえてくるのは自分の息の音だけ。
思い出の中の君の声は、今もあんなに鮮やかなのに。
何か暖かいものが目の辺りにこみ上げてきました。
けれど、泣くことはできませんでした。
その時です。
ぽとり。
何かが落ちる音がしました。微かで、すぐにかき消されてしまいそうな音だったけれど確かに僕には聞こえました。
何故だかその音を無視できませんでした。
気がついた時には、もう墓石に背を向けていたのです。
「どうしてですか?」
綺麗で、けどどこか儚い声でした。
僕は『彼女』を見た途端、思わず声をあげてしまいそうになりました。
彼女は君と瓜二つでした。けど、君じゃないと確かに感じました。
真っ黒い髪、着物にもドレスにも見える真っ白い服。
そして、頭には紅椿の髪飾り。白い白い世界の中、その花はどこか異質に見えました。
儚くて、今にも消えてしまいそうで、けどどこか凛とした雰囲気を漂わせる…そんな人でした。
彼女は、足もとに落ちていた椿の花を白い指で拾い上げました。
「散る」ことすらなく、雪に落ちた椿の花。もう、「花」ですらない椿の花。
彼女は君にそっくりでした。幽霊でも出たんじゃないか、そう思ったくらいでした。
彼女はたずねました。
「あなたはなぜここにいるのですか?」
「…どうしてそんなことを聞くんですか?」
僕はつい冷たい態度をとってしまいました。
彼女が君に似ているのが、腹立たしくて、でも、また君に会えたような気がして嬉しくて、よくわからなくて。
気持ちの整理ができなくて、もどかしかったんです。
「1月1日ってもっと素敵な日でしょう?一年の始まりを御祝いするんですよ。」
「生憎、僕には素敵な日じゃないんです。」
そして、彼女に背を向けました。
目の前には黒い御影石。世界で一番大切だった人の、骨が埋めてある場所。
花束を墓の前に置き、線香に火をつけます。
背後に立っている彼女の声はまだ消えませんでした。
「新年のお祝いはしないんですか?」
「してもしなくても、大して変わりないと思いますけど。」
口をへの字に曲げる彼女の姿が目に浮かびました。
君なら、きっとそうして、文句を言うだろうと思いました。
「だめですよ。七福神様に怒られますよ。
あげましておめでとうー!ってするんですよ!」
彼女の無邪気な声が聞こえます。
だが、その無邪気さはすぐ消えてしまいました。静かな沈黙。
寂しい。悲しい。彼女の「感情」が聞こえた気がしました。
「なぜあなたはここにいるんですか?
あなたは誰なんですか?」
僕は彼女にたずねました。
けど、彼女は答えてくれませんでした。
気まずい沈黙は、白い雪に包まれました。
そして彼女は言いました。
「…来年の今日も、あなたはここに来てくれますか?」
僕は頷きました。
次の年も、その次の年も、僕はきっとここに来るでしょう。
だって、君がいなくなって、僕はまだ悲しいから。
「じゃあ、来年は私がお祝いしてあげますっ。…そしたら、」
彼女の声が静かになりました。
雪のような、今にも消えそうな儚い声がします。
「少しだけ…笑ってくれますか?」
僕は思わず振り返りました。
でも遅すぎました。あの声も、彼女の姿も、もうどこにもありませんでした。
残ったのは、雪の上にぽつんと在る、赤い椿だけでした。