フィール・リトル・ソウル
* * * *
今思えば、あの頃の私たちはなんにも持っていなかった。
学校や、友達、家族があったけど、多分・・・人生の中で一番大切なもの。
それを、持っていなかったのだ―――――――
振り返れば、すぐそこにあった奇跡。
君が私にくれた大切な宝物。
未来の私がこんなに幸せなのは、きっと君に出会えたから――――――
* * * *
教室の中、生徒達の賑やかな話声がする。
長い授業も終わり、今は下校時間――――
「湊~、帰るぞ~」
私は、その明るくさわやかな声に呼ばれて振り向く―――そこには、やけに顔の作りが良い男が立っていた。
そのすぐ後ろには、その男と瓜二つの顔がもう一つ。
話しかけてきた方は小泉 修太君。
クラスの女子半分から同時に告白されたという伝説を持つ男で、私の幼馴染その1。
ここは、山に囲まれた田舎の小さな村―――私達三人はそんな自然豊かな環境で、日々特に何事も無く毎日を共に過ごしている。まあ、家が隣同士だから、高校生になっても仲良く一緒に帰ってるだけなんだけど…
修はいつもハイテンション、帰り道の会話は修の止まらない学校なんかの話ですごく賑やかだし、楽しい。
対してその双子の弟・小泉 太郎君は、同じ顔でも全部の筋肉が緩んでるのか、やる気のない表情、猫背でぼさぼさの短い黒髪が、整った顔を台無しにしていた。おまけに無口なせいでクラスの人気は修ばかりだ。本人は気にしてもいないけど…
「なあ、腹へらね?」
「んー」
右を向くと修がこっちを覗いている。白い歯を覗かせ、ニシシと笑う美少年は、いつにも増して輝いていた。
「なあ、いつものマップ行こーぜっ」
(またですか~好きだな修は~)
今週に入って何回目か分からない言葉に呆れる私、思わず苦笑いがこぼれた。
「……ふとるぞ」
(……え……)
左から聞こえた小さな低音が私の耳に入ったので振り向くと、太郎は何事も無かったかのようにボーっと地面を見て歩いている。
「ああ゛!?」
修は兄を睨みつけるが、太郎はあらぬ方向を向いている。
「…私、見たいドラマあるから…」
「何!?なんだよ~じゃあもう良いよ~……」
(そんな落ち込まれたって…正直な気持ちだしな…)
言いたいことは言う、感じたことはすぐ口に出す。
誰が言ったわけではないけど、私達の間でいつの間にか出来た暗黙のルールの様に思う。
春の暖かな季節――私達はいつもと変わらない道を、いつもと変わらない三人で歩く。
ふと、私は太郎の方を見上げる。
「……っ」
――――ドクン
私の胸の鼓動が響いたのが分かった。
太郎は優しく私にほほ笑んでいたのだ。
普段、顔の筋肉をすべて緩めて実に締りのない顔のくせにこれは不意打ちだ。
びっくりして、額に変な汗がでる。
(太郎は、時々こんな顔をするんだから…)
「じゃあな、湊っ」
「ん、じゃあね」
私は玄関の前で、二人に見送られもうすぐ始まるドラマに胸弾ませて入って行った。
* * * *
修は湊が入って行った玄関を見つめていた。太郎はそんな修を見つめる。
「…おい」
太郎がひょっこりと背後から顔を出し、弟に呼び掛ける。
修の視線はどこを見るでもなく、何か物思いにふけっているようだ。
僅かに顔を傾け、太郎の方をチラリと見て、すぐに背けた。
「なあ、湊って…かわいいよな」
「…はあ」
太郎は極めてテンションが低い、どちらとも付かない反応で分からない。
「ちぇ…お前はいつもそうなんだ…まあ、いいや」
そんな太郎に修は苛立ったように舌打ちをして、さっさと自分の玄関へ入って行った。
「……ふん」
太郎は、一人置いて行かれポツンと立っていたのであった。
――――次の日
「せーーのっ!!修―――――!!」
体育の時間、バスケの授業で男子達が試合をしていた。
体育館にはシューズの擦れるキュッキュという音や掛け声が響き、
上の階から試合を見学する女子たち黄色い声援が特定の人物にかけられていた。
よもや他の男子達はすでに殺気立った視線を修に送っているが、修は純粋に試合を楽しんで笑っていいた。
(修って、どうしてあんなにモテるんだろ?太郎は…あ、いた。なんだ…まだ出番じゃないのか…隅っこで他の男子と談笑してる……)
修は体育や音楽、美術の成績がかなり良い。太郎は、それを補うかのように勉強全般がクラスでトップを誇っていた。
(お馬鹿でお調子者の修にやる気のないくせに勉強ができちゃう太郎。ほんと、二人合わせて一人前か…)
「よーう、モテますな」
話しかけてきたのは私の友達、あだ名はみーちん。
「あんたってさ、ほんとに修君の事なんとも思わないの?あんだけカッコイイのに…」
(…もしかしてみーちんも、修の事好きなのかな?)
みーちんは高校に入ってから知り合った友達で、一緒に居て落ち着くし凄く姉御肌で何かと私に助言じみた事を言ってくれる。
美人さんだから、男子達の間でひそかに隠し撮りが出回ったけど、みーちんにばれて男子達を全員根性入れのビンタしたっていう伝説を持ってます。
「大丈夫だよみーちん、私は修とはただの幼馴染だからっ」
舌を出し茶目っ気を出す私。みーちんは短くため息を吐くと、呆れた顔で私を見る。
「ばかね、湊の心配をしてるのよ」
「へ?」
「いつまでもそんな男に無関心だったら、このままずっと彼氏なんて出来ないわよ…?」
「ふははっ」
みーちんは極めて冷静に言い放つ。
「みーちんは美人でモテるからなあ…」
「んなこたないわっ」
鋭く突っ込むみーちんは怒っても綺麗で、なんだか私には眩しくて、ちょっと切ない気持になる。
「うーん、私には…まだよく分かんないな。恋とか…そーゆうものは――
想像つかないくて……程遠いよ――」
「…恋愛すると、人って何倍も成長するもんよ。湊の成長は止まってる。いい?人間の生態系を否定すんじゃないよ、その世界に生きる奴らはみんな子孫残して生き残ってんの。あんたの本能がそんなの許さないし、体は反応してるはずよ」
「みーちん…年頃の女の子がはしたないわよ」
「いいの!!聞きなさい、だからさあっ鈍チンの湊が少しの変化を気付かないといけないのよっいつまでもガキみたいな幼稚なこと言ってないで、アンテナ張りなさい」
「…はい」
言ってることはめちゃくちゃなようだけど…その勢いに負けて私は何故かペコリと頭を下げてしまった。
私の返事を聞くと彼女はフンと鼻を鳴らし、前かがみの姿勢を直した。
(あれ…太郎だ、どこ行くんだろ)
さっきまで雑談していた太郎がふらりと体育館の外につながるドアから出て行く姿を見た。
周りを挙動不審に見回ると、ドアの外へ、すばやく姿を消す太郎。
(あやしい……)
私は面白そうなので、太郎のあとを付いて行くことにする。
「太郎?」
私は顔だけ外に出して覗いてみる。太郎はすぐ横の数段ある階段で座り込んでいた。
「おお」
「何してんの?」
いつもの無表情な太郎の隣に私も腰を下ろした。
「何って、決まってんだろサボリだ。苦手なんだよ団体でやるスポーツ」
「…ふーーん」
太郎は青ざめた顔で遠くを見つめた。何かトラウマでもあるんだろうか……太郎があまりにも嫌がっているようなので、思わず苦笑いを浮かべてしまった。
―――――バタバタバタ
足音が慌ただしげに近づいてくる。すぐに足音の主はさっきの私と同じように顔だけ外に出して覗いてきた。太郎と同じ顔だ。
「お、湊っ!!太郎知らねえ?」
(ああ、太郎なら後ろに…っていない!!)
振り返ると、太郎は忽然と姿を消していた。これは…たぶん逃げたのだろう…はあ
「湊?」
「え…えーと」
修はにっこりと私に向かって笑いかける。私も笑顔を張り付けて笑ってみせた。
「シラナイヨ」
「…?…ははっ」
「えへへ…」
言葉はかたことだけど…修はなんだか嬉しそうに笑うだけだった。
そんな修にほっと胸をなでおろす。
「おい、修。奴は見つかったか?」
「あーいいや!!」
クラスの男子達がやって来た。なんかすごく困っってるみたいで、頭を掻いている。
「しょーがねえ、お前続けて出ろよ」
――――ガシ!!
男子達は何人かで力強く修を掴む。修は顔が引きつって変な汗を流していた。
「は!?」
「顔は同じじゃん」
「嫌だっ」
「ま~~ま~~」
「……!!」
修は容赦なく引きずられていく――
「ジョ―ダンじゃねえぞ!!!!」
――――ピ――――!!
「試合始めるぞーー」
先生の声が聞こえ、修の断末魔は儚く消えて行った。
私は良心がチクチクと痛む胸を抑え、とても修の試合を直視する事が出来なかった……
――ポン
「ふうーーー」
どこから出てきたのか…太郎は私の好きないちごミルクを両手に持ち、片方を私の頭の上に乗せてドカっと横に座ってため息をついた。
「……」
太郎も私も、少しの間静かになる。
「ぷっ――はっはっはっ!!さんきゅ、湊!!」
吹きだした太郎が、私に満面の笑みを浮かべて笑ってきた。
(太郎…すっごい爆笑してる……)
――――キュン
(…………ん?)
――――キュウン
(あ、いたた…)
――――ドッキューーン!!!!
(ああ、やっぱり勘違いじゃないっなんか私…胸がドキドキしちゃってる!?なんで…)
「あ~あ、面白かったぜーい…あの修があんなにテンパってんだもんな…ぶくく」
太郎は生き生きとした顔で両手で口を抑え、必死に笑いを堪えている。
(うーん、この笑顔自体はすっごく腹黒いのに…私ったら不覚にもドキッとしてしまうなんて…)
この気持ちはなんだろうと、私には理解できない感情だ。
「あ、そうか」
「え?何だよ湊」
――――ドクン!!
(ぁ…また…)
そうだ、太郎が私の事湊って呼ぶの…小さい頃以来なんだった…
「……」
それに気が付いた私は恥ずかしさで、顔をあげられなかった。
「……」
太郎は、そんな私に温かな視線を一瞬向け、私の上がった熱が写ったかのように――
頬を赤く染めた……
私達は無言で、お互いの顔を見ず、なんだか変な空気が流れていた―――――
* * * *
その日の放課後―――
「うふふふ……」
「な、なにさっ……みーちんってば、にやにやして」
みーちんは、両肘を机にちょこんと乗せ、笑顔で湊に顔を近づけていた。みーちんが笑っている原因は、私の手にしている手鏡だ。
「湊が、鏡を見てるっ!!」
「~~~~っ」
(みーちん、何か感ずいてるっ?分かっちゃうかな……私が、もうすぐ来るあの人に、胸を高まらせてること……)
「み~なと、帰ろうぜっ」
「ひゃっ………!!」
背後から元気よく声をかけられ、思わずがばっと体を半回転させ立ち上がる。ドッドと心臓の音が聞こえる。私は、声を掛けてくれた修の後ろをのぞくように、かかとを上げた。
「………?」
見ると、そこに太郎の姿はない。
「あ…れ…?太郎は?」
「………」
ピクリと、修の眉が動いたのに、湊は気付かない。一呼吸置いて、修は口を開いた。
「知らない女と…帰った」
* * * *
(―――なんで……)
私の頭の中では、もうわけが分からなくなっていた。心と体が、思ったように動かない。時間が、止まってしまったように、いや、むしろ考えること自体を、拒否するかのようだった。
「おい、湊」
学校の帰り道の河川敷を、修と二人で歩いていた時、修が耳元で囁いた。
「……っな、なにするの!!」
ぶるぶると、体が震え、少し変な気分になる。不意を突かれ、明らかに動揺する湊。
「ふ。そっちこそ、無視すんなよ。人が話してるときに」
「あ…ごごごごめんっ」
「ったく…それで、今日の体育の時間、俺が休みなしに試合で苦しんでる最中、湊…太郎と一緒にいたって本当…?」
「…う。それ、誰から聞いたの…」
「体育館裏で、二人で仲良くジュース飲んでたの見たって女子達が騒いでマシタ」
(ひえ~言い逃れも、できそうにないな…)
「…うう。ごめんなさい」
「ひでえよなっ湊は~~」
修はほほを膨らませ、私の頭をコツンと叩いた。
「・・・なあ、湊」
「・・・?」
修が、私のわざわざ目の前に回り込んできて、とうせんぼする。少しムッとした顔で見上げると、修にはいつもの笑顔がなく、真剣にこちらを見つめ返していた。
(ああ、修って・・・結構背が高いんだ。いつも、話すとき私と目線を合わせて、少しかがんでくれてたもんな・・・)
そんな事を、今更ながらに感じる自分に、少し嫌気がさした。いつも、私は人より周りが見えていない。みーちんや、周りの人たちの世界と、私の世界では、フィールドが違う事に、劣等感を感じる。
「俺、結構・・・そーいうの・・・その・・・気になるかも」
「なんの事?」
キョトンとする私の両肩を、修は勢い良く掴んだ。
(・・・へ?)
「俺・・・湊の事・・・好きだ」
―――――――キュウ
(・・・今朝から、自分の胸が今までにないくらい変な音を出すな・・・私、どうにかなっちゃうのかな・・・)
修は私の手首を掴んで、ぐいっと自分の方へ引き寄せる。抵抗するように体を反る私の腰に両手を回して、抱きしめた。
「ちょ・・・やめ」
「やだ!!」
子供みたいに甘い声を出した修に、私は一瞬だけ体の力が抜けるのを感じた。
―――――そう、感じた・・・
修から、昔よく遊びに行ってた、懐かしい家の匂いがする。だからなのか、こんな状況の中で、妙な居心地の良さを感じていた。強く抱きしめられ、足が浮いている。
「・・・みな・・・と」
(・・・はっ)
――――――ドン!!
修の呼びかけに、私はやっと自体を把握し、修を突き飛ばした。顔が焼けるように熱くて、上手く息継ぎが出来ない。修は、地面に尻もちをつき、眉を上げて驚いた顔をしている。そんな修に私はグワッと怒りがこみ上げてきて、修に向かって怒鳴り散らす。
「信じらんないっ!!サイッテー!!バカ!!」
「な、おい・・・みな・・・」
修が私の名前を言い終わるのを待たずに、私は走った。カバンがズレたけど、構わず、1分1秒でも早くここから離れたかったから。
置き去りにされた修は、一人ぽつんと地面に手をつけたままの格好で、湊を見送った。
「はあ、はあ・・・」
(びっくり・・・した、本当に。ただただ、それだけ・・・修、なに考えてんの。血迷ったとしか考えられない・・・いや、そうじゃないと・・・こまる)
あの時・・・修に抱きしめられて、私の名前を呼ばれて、頭によぎったのは太郎の顔・・・不本意だけど、似てる声にドキリとしてしまう。匂いにも。
「―――――こまるよ・・・」
* * * *
次の日、4時間目の体育館裏。
ボールの弾む音や、体育シューズのキュッという音が、遠くに聞こえている。
「・・・おい」
「・・・」
「おいって」
「なんだ!!・・・よお~」
呼びかけたのは、兄の太郎。返事をした語尾に、イマイチ力が入って無かったのは、弟の修だ。
元気の無い修に、太郎は気づいたが、感情の入ってないいつもの口調で、しゃべりだす。
「昨日はよくも先に帰ってくれたな。おかげで、ちょっと教室やら図書室やらに探しに行っちまったじゃねえか・・・」
「うるせえ、女に告白されてたくせに」
「すぐ戻るって言ったろ?」
(・・・っ!)
――――――ドガ!!
「イテ!!」
修が、転がってたボールを太郎に投げつけた。睨む修を、太郎は頭を抑えながら睨み返す。
「そんなもん、その場ですぐ断れ!!俺なら、そっこー、迷わず、ズバンだ!!」
「・・・そーいう、無神経なところが、振られた原因だったら?」
太郎は、実にいつもの調子で、でも、はっきりと口にして言った。まるで小さな子供が母親に質問するみたいに。
「な!!この!!」
―――――――ガン!!バシ!!
修は一気に頭に血が登り、太郎に襲いかかる。二人は芝生の上に倒れて、修は太郎の上に乗り、拳を上げる。太郎は修の腕を掴み、修の拳を受け止めた。
「ふざけんな!!お前なんかっまともに話も出来てねえじゃねえか!!」
「な、俺のことはほっとけ!!」
修の言葉に、カチンと来る太郎。お互いに自分を睨み場の空気が凍った。
目と眉がくっつくかと思うくらいに渋い顔を見て、「やるぞ」と言った。
2人同時だった。
* ** * ** *
ボコ。パチン。
2、3発殴りあった後、
同じ顔でも、少し引き締まった顔の方が先に口を開く。
「いつだったか、あいつが弁当忘れた時太郎は、わざと自分のも落としたよな」
正座した格好になった双子は、何故か落ち着いた形に収まった。
このまま殴り合ってもらちがあかない。意思疎通のとれた兄弟は、諦めて話で収めようと思い至ったようだった。
修の言葉に、太郎はうなづく。
「そして3人で俺の弁当を分けた。あの時、おねだりされる役が当たったのは嬉しかったが横に並んだ太郎がうっとおしいと思った。」
「ほお」
「そう、その時お腹を空かせてウインナーをねだる湊を俺は好きになったし、同時に太郎はただの兄弟から、邪魔者になった」
「おいおい!随分な言われようじゃないか兄弟」
「確かに、太郎が先に持ってたよ。」
修の瞳はまっすぐ太郎に向かう。
太郎はいつものように眉を少し上げ、口をすぼめてとぼけ顔だ。
「でも、やっぱり好きなんだ。そんな簡単に、人を好きになるもんなんだと、びっくりしたし嬉しかった。」
「それまで、同じ顔してたのにな。確か、中学入ってくらいからか、イキイキした主人公みたいな顔になったのは」
「ふは!やめろよ!そんなんじゃねえよ。」
修は、湊に好かれたかった。その一新で変わったのだ。何もかもが楽しかったし湊以外にも目を向けるようになった。自分から発言し、喜んでもらうのが喜びになっていた。だがそんな胸の内を兄に暴露されたのが恥ずかしく、思わず照れてしまって今のような事を言ってごまかした。
「まっすぐ過ぎて、お前は不器用なんだよ。もっと視野を広げたらどうだ」
「いやいや、その手には乗るかバカ太郎め。湊は俺の核なんだよむしろお前が広げろ」
「修、湊の部屋を見たことあるか」
「は・・・太郎入ったのか!?」
「いや、入ってない。だが教科書がどっさり入った机の中といつもペッタンコの鞄を見たらだいたい想像できないか」
「・・・許容範囲内だ」
「ち」
太郎のちっちゃな作戦は失敗したが、修はそんな太郎らしさに本人も気づかない気持ちの大きさを確認できた。普段何も欲しがらない太郎にとってのおねだりだったのだ。さっきのは。(幼稚園児レベルだったが仕方ない)
おもむろに、修は立ち上がる。
「太郎、俺は昨日湊に気持ち伝えたんだ。」
「んー。」
返事なのが相槌なのかが曖昧な発音だった。
「フラれたろ」
太郎が挑発するように悪い顔をする。
「俺は、勝てない勝負はしないんでね」
「ほお」
「まだ付き合ってない。だけど、振られても無い意味分かる?」
「なら、俺は今日告る」
「それは駄目だ」
(・・・・!)
すかさず口を開いた修に本人が驚き、悔しそうな顔を浮かべて俯いた。
「なあ、俺もまだわからないと思うぜ。だって湊はきっと困るか怒る事しか知らないから」
「いや、俺もしかしたら目覚めさせたかも」
太郎のまゆがピクリと動く。
「何したお前」
座っていた太郎も立ち上がり、修へ顔を近づける。
そこには爽やかな笑顔があった。
「言わねえよ」
「その黒い笑みやめろ」
ムキになる太郎。きっといろいろ想像しているのだろう。
「はあ・・・兄弟って・・・一番厄介な」
太郎がそこまで言って口をつぐむ。
その先はきっと―――
* ** * ** * **
「太郎?」
前髪から覗く淵めがちな男の子に、私は声をかけた。
「・・・おう」
太郎だ。いつものやる気の無い顔でこちらを見返している。
いつも体育の時間にサボる場所を覗いてみてよかった。
やっぱりいた。
でも、気のせいか太郎の周りの空気がいつもと違って見えた。
昨日の、あの瞬間から周りの当たり前のものが全て新鮮に見える。
となりに座って、太郎の横がを眺める。
「今日、修も見かけないから一緒かと思った」
「さっきまでいたよ」
「え・・・」
何話してたのって、前の私は言っていたけど、今はタイミングが悪いことに気がついてやめた。
(話題を変えよう)
「・・・」
あれ、駄目だ何も出てこない・・・こんな事初めてだ。どうしたらいいかわからないなんて・・・
「昨日・・・」
「へ!?」
つい、変な声が出た。太郎は、わずかに口を上げる。
「ごめんな、一緒に帰れなくて」
「ううん・・・別に」
「知ってると思うけど、ちょっと用が出来てすぐに終わる予定だったんだけど・・・」
「別に」
「さっきから、なんか怒ってる?」
「へ!?」
また変な声。戸惑う私に、太郎はじっと返事を待つ。
「怒ってないよ。今は」
頬が熱くなるのを感じながら、自分の言った事に少し後悔していた。
うっすら、修の顔が浮かぶ。
まったく、厄介な掟だ。正直な気持ちを伝えないといけないなんて。それが習慣だから変えることもできないし。
「そっか」
あっけない返事と一緒に、太郎は湊へ顔を近づける。
「・・・太郎?」
息遣いをお互いに感じながら、湊は太郎の膝の上に手を置き、太郎は湊の肩に手を置く。自然な流れだった。
「どうしよう・・・」
私の心の声が、出てしまった。太郎は、ボーっとした目になっていく。
「湊」
はっきり、すごい近くから太郎が私に声をかけた。
ゆっくり、私はうなづく。
「・・・ん」
唇から熱が伝わった。
次の瞬間――――
ドン!!
「は・・・?」
尻餅をついた太郎が、不満げに湊を見上げる。
私が、突き飛ばしたのだ。
「ごめん、咄嗟に・・・」
「え・・・いやいや」
「だからごめん!」
もう無理!これ以上近づいたらどうなるか分からなかった。
私は走り去る。
太郎を残して。
「おい」
「なんだ相棒」
「るせえ、お前なんか本当、最低な奴だよ見てたんだぞ」
「ほお」
どこから湧いてきたのか、修は低い位置にある太郎の頭に手をやった。
予想外だったのか、双子は魂を抜かれたかのようにただ動かずにいた。
「ここからだ」
終わりました。けど、意味がわからない方たくさんいらっしゃると思います。本当、すみません。でも、終わりました~ほ。