男と女の世界 胸元のほくろ
「おい、掃除機いつかけ
た」
「昨日」
ソファーにねころび、お
煎餅をかじりながら、そ
のままの姿勢で、無愛想
に答えた。
「今日はかけてないんだ
な」
会社から帰宅するなり、
そう言い放つといきなり
掃除機をかけだす主人。
ガーガービービー、うる
さい音だ。
カチンとくるが、ここは
我慢だ。
いつものことだ。
気にしてたら一緒に暮ら
せない
耳元で、掃除機の音がい
よいよ大きくなる。
「俺は不機嫌だ・俺は不
機嫌だ」
と聞こえてくるのは気の
せいか。
掃除機をかけ終わると、
ぐるっと部屋を見渡す。
「なあ、使ったものは元
の位置に戻さないと、
どんどん部屋がちらか
るぞ」
そう言って、さっき私が
子供と紙切りをして遊ん
でいたはさみを、おもむ
ろに引出しに直す。
「今かたづけようと思っ
たのに」
「今、今って、かたづけ
た、ためしがないだろ
が」
私が黙ってるのをいいこ
とに夫はますます増長す
る。
「だからB型の女は嫌な
んだ。
由香の血液型は調べ
たか、お前と同じB型
だったら嫁のもらいて
がない ぞ、、」
夫のきれい好きは異常だ
毎日、掃除をしないと気
がすまないし、本棚やテ
レビのホコリはもちろん、
カーテンレールのホコリ
までチェックするのだ。
そして最悪なのが、あま
り掃除をしない私をチク
チクいじめるのが一番好
きなのだ。
最悪。
Sっ気たっぷりの男だ。
じゃあ、、なぜ別れない
かって。
まさか。
ふふ・・もったいない。
潔癖症さえ我慢すればあ
とは結構いい旦那。
それに私の嫌いな掃除、
小言さえがまんすれば、
結局主人がやってくれる
わけだし、第一、ほっと
いても家の中が勝手にか
たづくなんて、楽じゃな
い。
動く掃除機よ。
しかも喋るんだもの。
素敵だと思わない。
・・・・・
・・・・・
たまたま飲み会で同じに
なった、とても小粋な女
性が、笑いながら話して
くれた、潔癖症の旦那の
話。
同じ席にいた女性達が皆
引いたのをおかしそうに
眺めながら、その女性は
余裕たっぷりに言い放っ
た。
「金運んでくる掃除機見
つけたと思えばラッキ
ーでしょ。
時々おもちゃの代わり
にもなるし・・うふふ」
なんとまあ、、色っぽい
含み笑い。
ゾクッとするじゃないか。
大した女傑だ。
綺麗だし、落ち着きある
し、なんといっても、し
とやかだ。
しかし・・なんだ。
ものも考えようだ。
動く掃除機ね・・。
そう・・思いながらも
深く割れた、女性の胸元
に視線が、釘づけの私。
拒むでもなく、誘うわけ
でもなく、妙に色っぽい
この女性。
誰だったっけ。
向こうは私を知ってるら
しいが・・おいおい
いくら考えても思い出せ
ない。
もったいないくらい、艶
っぽい。
冗談じゃない。
ここで思い出さねば、金
運ぶ掃除機のもとにかえ
ってしまう。
だれだっけ・・
うーーん
だれだっけ
あ・・またこっち見た。
おいおい、誘ってるよ、
彼女・・誰だけっ・・
お・・あのほくろ。
あの胸元の左乳房に隠れ
た・・あのほくろ・・
思いだした。
やった・・
思いだした。
ほくろだ。
あのほくろだ。
下の階に住んでる、名前
は知らないが・・あの奥
さんだ。
間違いない。
あのほくろは、、絶対そ
うだ。
なんか、急に人生楽しく
なってきたなあ・・
コップ片手にほくろ奥さ
んの隣に向かうのは、私
のせいじゃない。
勝手に、足が動いていく
のだ。
ほらな・・勝手に。
ほんと・・
ほくろは・・罪作りだよ
な。
まったく・・もって。
しかし・・なんだ
ここでもし気があって
ああして・・
こうして・・・
ああなって・・
おいおい
やばいぞ
財布だ・・財布
金、今日はいくら持って
たかなあ。
とりあえず、、ホテル代
まではなんとかなるか・
ムフフ・・
「あ・・奥さん、こんに
ちは」
私は持ったコップを高く
掲げた。
ふと・・ほくろ奥さんが
言っていた「金運ぶ掃除
機」を思い出し
「俺は財布かも・・」
と不吉な思いが心をかす
めたが、そんなの自ら消
してやった。
艶っぽすぎるよ・・