038:Easy Goer
「教国は民主ユニオンとの同盟を模索しているらしいですよ」
どこで聞いたのか、隊舎の中で言ったのは〈ビースト隊〉のクリストフだった。彼自身は疑わしいと思っていたようで、すこし苦笑気味でもあったし、聞いたほかの面々も同じような感じだった。顔を動かしていないのはブルースだけだった。
「そうなれば俺たちも楽できるんだが、まぁ無理だろうな」
返したのはゲラルドだった。
ボリス連邦は開戦同時攻撃を行っている。民主ユニオンも攻められているのである。各国は概して準備不足だった。それだけ連邦がこのタイミングで開戦したのは予想外だったのだ。
それで苦労するのは兵たち――つまり自分たちである。
特に傭兵は散々に使い倒された。ソーティーは開戦1週間ですでに15回にも至っている。そして一番危険な所に投入されている。まだしも幸いなのは、戦場は主に地上上空になっているところだった。「空の底」の上だと、被撃墜即ち死、であるから。
今は連邦の攻撃も一時中断している。アル・ヌルマス教国は健闘していた。その中にはブルースたちも含まれていた。
「でもこんなところで死ぬのはいやよ」
「もちろんだ。俺たちは生き残らなければならない」
かといって明白なサボタージュも出来る訳ではない。というより、生き残る為には結局のところ必死に戦わざるを得ない。それが遮蔽物もなにもない空の戦いである。無慈悲なのである。
「反転攻勢とかできないものなのですかね?」
クリストフは自慢の金髪をくりくりしながら言った。彼にはどこか中性的なところがあり、そういった仕草を見せても嫌味はない。だがゲラルドにしてみては別のようで、そんなクリストフを拳骨で小突くのだった。
「出来るわきゃねぇだろ。教国はそんなに大きな国じゃねぇからな」
「いや、民主ユニオンと協力して……」
「そこに話が戻るの?」
ブルースは静かに精神統一していた。意識して、というよりはほとんど癖のようになっている。いつの間にか自分の人生は戦闘で、空戦で彩られている。地上にいる時間より空にいる時間のほうが長いような気がする。もちろんそれは錯覚に過ぎないのだが、それだけ今の空は濃密で、かつ残酷だったのである。
「それは今のところ無理だろう。それに俺たちネブラスカ・ヴァンガードも今のところは中立を示している」
もっとも、国(と空賊)の政情などは彼らには関係ない。空賊の戦闘機乗りなら、望んで戦場に向かわねばならなかった。その上で生存を考えなければならなかった。矛盾しているようだが、そういうことなのだ。
それが正規の軍人との違いである。軍人は死を当然のものとして受け入れなければならない。だが今は傭兵に過ぎない。どちらが良いか悪いかという話ではない。ともあれ、ブルースは生き方を変えねばならなかったし、それにはすぐに適応した。
だが……
「なあブルース。戦争ってのはどういうもんだ?」
ゲラルドの質問はじつにタイミングが悪かった。ブルースはそこで精神統一を乱された。だがまだ落ち着いてはいる。もともと滅多に怒らない男なのである。
「いまさら訊くことか? きみたちも今、戦争を体験している」
「しかし正規軍での経験はあんたしかない」
ゲラルドはなにを聞きたいのか――と思った。戦争に対しての心構えなのだろうか。だがそんなものはブルースにも存在しない。それが生まれる前に戦争は終わってしまった。
そしてなにより――そう訊かれると、彼は彼女に思いを馳せてしまう。
だがブルースは決してミーティアのことは他人には話さないようにと心に決めていた。彼女のことは秘めたる記憶にするつもりだった。話をするとしたら、それを知っているリーアムにだけだろう。
「大して変わらない」
「そっけないな」
しかしゲラルドもそれ以上は触れなかった。同僚もどこか陰を見せるブルースを、どこか腫れ物を触るように扱っていたようであった。それはそれでもやっとしたものもあるのだが、それを払拭するには、まだ思い出にするには、時間は経っていない。
「その話はいいじゃない」
「そうですよ。ぼくたちは隊長に付いて行けばいいんです」
「言葉よりも行動、ってか?」
〈ビースト隊〉は意外にも仲良くなっていた。奇妙なバランスが成立していた。出身国も経歴もてんでばらばらなのに――いや、だからこそなのか。
もちろん、生死を共にする戦いが絆を深めているのもあるだろう。
「その通りだ。俺は決して諸君を見殺しにはしない」
それもまた経験ゆえなのだが、やはり同僚たちもそれ以上は聞かなかった。
「警報! 警報! 連邦軍の接近を確認!」
来やがったな、とゲラルドが吐き捨ているように言った。クリストフもアリスも顔を引き締めている。いつの間にかここに来ての日常となっていたが、緊急発進となるとどうしても緊張し、慣れるものではない。また、慣れてはいけないものでもある。
全員即時にパイロットスーツに着替え、手短なブリーフィングに向かう。
「今回は小規模な動員になっている。奴ら、我々を本気で倒すつもりがあるのだろうか」
それは誰もが思っていることだった。ブルースはもうすこし踏み込んだ考え方をしていた。つまり連邦の教国への攻撃は牽制に過ぎない。主敵はあくまで民主ユニオンである。そのために教国を釘付けにしておくつもりなのだろう。
「ともあれ、諸君は即時要撃に当たれ。以上!」
緊張してはいるが、それは怯懦ではない。そこは〈ビースト隊〉に共通した意識だった。彼らはアリス以外は元軍人であり、それゆえの兵士特有の楽観主義が存在したのである。そしてそれはアリスにも伝播し、〈ビースト隊〉はしなやかに強靭な力を保っている。
「奴らはホント遠慮ないな」
「それは連邦に対して? それとも教国の指揮官に対して?」
「両方にだよ、くそったれが」
ぶつくさ言いながらも、〈ビースト隊〉の面々は出撃準備を続けていた。
もはやアル・スール航空基地のハンガーも見慣れたものになってしまった。これを普通とは思いたくないが、とブルースは考えていた。空賊にいる以上は色々なことが考えられる――また別の国に派遣されるとも限らないのだ。その度に逐一適応していかなければならないのか?
戦争が終わらない限りは。
ここでブルースはどうしようもない妄想を弄んだ。自分の力で戦争を終わらせるにはどうすればいいか。簡単だ。全世界すべての航空機を墜とせばいい。それでなにもかもが終わる。
だがそれは即ち世界の終わりを意味するとも考え、彼は自分の妄想の拙さを内心で自罰した。本当に、馬鹿げている。
「ケインさん、いつでも発進できます! どうか御無事で!」
「ああ、ありがとう」
〈ビースト隊〉が現状に順応している以上に、教国の面々も順応しているようだった。彼らにとってはそれこそ生死を分ける戦いなのだから当たり前だ。
緊急事態なのは間違いない。だがそれゆえにこそ、ブルースはその整備士に訊いた。
「きみたちは――俺たち根無し草の傭兵に命を預けられるものなのか?」
言ってから後悔した。こんなことは言うべきではなかった。だがその健気な、少年の色を残す若い整備士は怯まずに答えた。
「我が国の戦士でもないのに、命を懸けてくれる貴方がたを俺は――我々は有難く思っています」
「本当か?」
「本当です」
そう言われてしまえば、戦うしかない。その意味で、その整備士の言葉は思った以上に彼の双肩に重く圧し掛かったのだった。




