037:Dance in the Dark
空に上がってから〈ビースト隊〉は編隊を組む。左から〈ベア〉、〈キャット〉、〈ウルフ〉、〈ライオン〉の並びである。彼らは整然とした飛行を続けていた。
アル・スール上空はすでに戦闘空域に入っていた。戦闘はすぐにでも発生するだろう。〈ウルフ〉は今のところ管制の指示に従って飛んでいたが、それがいつまで続くか。状況の変化には常に臨機応変に対応しようとしていた。
それにしても――
「この光景、前にも見た」
その時は昼、今は夜という差はあるが。
つまりボリス連邦の誇る電撃的戦術のことを言っているのである。彼らの浸透は恐るべき速さで行われている。アルスター王国が完全に後手に回ったのと同じように、アル・ヌルマス教国もそうなっている。
「気に食わないが、ブルース。今はお前を頼りにするしかねぇ。経験はお前が一番だからな」
〈ライオン〉がそんなことを言っている。その言葉はことのほか〈ウルフに〉重く圧し掛かった。確かに自分は戦争経験者である。だが同時にそれは敗軍の兵でしかないのだ。そんな経験が活かせるところはあるというのか。
「〈ビースト隊〉は敵爆撃機への迎撃をお願いします!」
そんな指示が管制塔から飛んだ。簡単に言ってくれるな、とブルースは思った。確かに爆撃機は高速戦闘を行える戦闘機にとっては簡単な的でしかない(ゆえに制空戦闘機なのだ)。しかしそんなことは向こうも分かっている。つまり護衛戦闘機も存在していて、まずはそれを排除せねばならない。
「〈ビースト隊〉、エンゲージ」
深夜の中、戦闘開始。
ターゲットマーカ―には無数の敵機が捉えられている。レーダーにも沢山。
「奴ら、かなりの機数を投入してますね」
「確かに。ここが教国の防空戦略の要だと分かっているんだろう」
そしてそれは傭兵たる自分たちがここにいる理由でもあった。
戦況はほぼ互角のようであった。教国空軍はかなりの練度を保っている。〈ウルフ〉それに感心していた。そこが平和ボケしていたアルスター王国と、常に潜在的敵国に囲まれていたアル・ヌルマス教国の差なのかもしれない。それを認めるのは忸怩たるものがあるが。
「始めるぞ、諸君。絶対に生き残れ」
ブルースは僚機に向かって宣言した。そして散開。
もちろん、守れる余裕があるのなら絶対に守る。しかし究極のところ、戦闘機乗りは空に上がればひとりだ。それは自由と引き換えの責任にほかならない。
「〈キャット〉、きみは俺から離れるな」
「う、うん。でも私が隊長の機動を縛るのは――」
「大丈夫だ」
と言いつつも、〈ウルフ〉は接敵してすぐ戦闘機動を開始する。血が抜かれるようなGが逆に心地よい。彼は空で飛んでいる時こそ、生の意味を感じる男であった。
「俺が護衛機をやる。その間にきみが爆撃機を狙え」
「全部ですか?」
「全部だ」
〈ウルフ〉はそう言いながら、すでに1機目のZa-20を墜としていた。それからさらに食らい付く。
夜の状況では計器と管制を信じるしかない。その点、彼は計器を「読む」能力に長けていた。
「全機、いつでも集合できるように集中しろ」
そう言いながら、誰よりも〈ウルフ〉が自由に空を飛んでいた。自由に、というのは獰猛に、というのと同義である。彼は次々と連邦の護衛機を撃ち落としていき、爆撃機を丸裸にしていった。
「なんだ、あれは! 誰でもいい、奴を止めろ!」
注目されるのはあまりよくないな、と思いつつも〈ウルフ〉は戦闘を止めない。疲れは感じている。長距離飛行のあとすぐに戦闘機に乗り(――しかも慣れていない、初めて乗った機体だ)、魔法を行使している。精神が抉られているのを感じる。しかしそこで彼は、ある種マゾヒスティックな快感を覚えていたのである。
「すごい、全部隊長がやってしまう」
「ぼさっと見てる場合か! 俺たちも仕事をするんだよ!」
〈ビースト隊〉が空に上がってから、戦況は一変した。彼らが――ただの傭兵隊に過ぎない彼らが――すでに状況の全てを握っていた。〈ウルフ〉はそれをあまり意識していない。彼の集中は単純なものだった。目の前の敵機を墜とすだけ。だがそれは単純であるがゆえに究極のものだった。
「まずは基地を守れ。帰る場所がなければ俺たちは空の迷い子になってしまう」
特に思い入れもないアル・スール航空基地だが、その滑走路が壊されてしまったらどうしようもないのは事実。よって〈ビースト隊〉はそれを守らなければならない、ということはつまり、いま相対している爆撃機部隊を完全に潰す必要がある。
〈ウルフ〉の戦闘指揮、並びに自身の飛行はそれに基づいていた。敵の護衛機はほぼすべて彼が引き受ける。その支援に付くのは〈ベア〉。爆撃機を要撃するのは〈キャット〉と〈ライオン〉である。
疲労は限界にまで来ていた。しかし限界疲労の中でこそ発揮できるパフォーマンスというのもある。この時の〈ウルフ〉はその境地に至っていた。すべてが緩やかに見える。そして自分は別に鋭くなっている訳ではない。いつも通り。だがそのギャップが彼を撃墜王たらしめる。
「ちくしょう! いいかみんな、みんなブルースに付いて行け!」
〈ライオン〉の悪罵にも似た叫びは彼自身の焦りでもあったのだろう。彼はまだ〈ウルフ〉への対抗心を捨てきれなかった。だがそれゆえにこそ、自分が圧倒されていたのを自覚せざるを得なかったのである。
〈ウルフ〉自身は、特に自分が異常な行動をしているとは思っていなかった。それは練度の高かったアルスター王国空軍第3師団第045中隊に所属していたのも関係があるのかもしれない。とにかく彼には連邦の戦闘機はさして速く見えなかった。
ロールとピッチを繰り返し、彼は精確に敵機の後ろを取り続け、墜としていく。それに合わせて〈キャット〉が爆撃機を捉えるのを見て彼は満足した。今のところは上手く行っている。生き残れる。そうだ。生き残ることがすべて。すべてだ。
彼らは戦場を握った。しかしそれはわずかな時間に過ぎなかった。
それは逆転されたという意味ではない。単純に、戦況不利を悟ったボリス連邦空軍が撤退していったのである。
「勝ったな」
〈ウルフ〉はなんの感慨もなく呟いた。それに唖然としているのは僚機だった。
「ブルース、あんたは……」
〈ライオン〉の呟きは、彼には届いていないようだった。
◇
この戦闘記録は長らく秘匿されていた。少々間抜けなことのようにも思えるのだが、アル・ヌルマス教国はこの時の記録を事故によって一部消失しており、ボリス連邦はやや卑怯とも見える夜間奇襲を隠していたからである。今我々がその記録に触れられるのは、戦後の民主ユニオンにおける調査ゆえである。
〈ビースト隊〉がこの戦闘において重要な役割を担ったのは間違いない。筆者の入手した記録においても、彼らがアル・ヌルマス教国に着任したのと、ボリス連邦の宣戦布告は同日だからである。
戦闘記録はなお断片的である。ゆえにこの時のスコアもまた、〈ウルフ〉のものには含まれていない。だが彼がアル・スール航空基地防衛において大いなる貢献をしたのは間違いないようである。事実、筆者が取材した限りにおいては、彼らはただの傭兵でありながら、教国の基地司令部はかなりの感謝を述べていたからだ。
さて、このようにして〈ウルフ〉は異国の地において開戦を迎えた。だがそれは傭兵という立場上時限的なものだった。彼はその立場ゆえ、自由に「空」を選ぶことができなかった。では、それでは、その時彼が宿敵、〈ウィッチ〉に出会ったのは必然だったのだろうか? それともそれは、単なる運命の女神の悪戯だったのか?
(第2章終)




