022:So You Think
随分立派な航空基地を持っているな、とブルースは思っていた。
空賊「ネブラスカ・ヴァンガード」は世界各地に基地を持っている。もちろん、二大国を主とした世界各国もそれを座視している訳ではない――しかし、彼らはひとつの基地を失っても、摩訶不思議なことに別のところに基地を建設するのである。
そして根拠地は容易には攻められない小大陸に存在する。領土的にはどの国も重要視していなかった山がちの大陸である。それはヴァルハラ大陸とボリス大陸の合間にある。民主ユニオンの母体となったアウレリア共和国、社会主義革命の起こった前のスウォーロフ・ボリス帝の時代からここは緩衝地帯としてほぼ中立地になっていて、そして現体制に移行してもそれが続いていた――その間隙を衝いたのがネブラスカ・ヴァンガードの首魁、ジョセフ・ネブラスカなのであった。
彼らが指定したのは大陸の中央、山間の基地だった。通常航空基地というのは沿岸に作られるものなのだが、ここは彼らの最重要拠点であり、つまりは隠れ家だった。
「本当に彼らを信用してもいいのでしょうか」
その綺麗に整備されている滑走路を見てブルースは言った。驚くべきことに、見るとそこではすでにこちらの受け入れ態勢を整えている。
「通信の感じでは、奴らはすでにこの状況を予想しているようだった」
「それだけ空賊の情報網は密かつ的確、ということでしょうか?」
「ま、そういうことになるな」
リーアムの言葉は軽いように思えて、実際の声色はすこし重いものがある。仕方あるまい。
「お前、結構冷静だな。王女殿下を後ろに乗せているにしちゃ」
「だからかもしれません」
「肝が据わっている。頼もしいことだ」
お前に任せたのは正解だったな、とリーアムは半ば感嘆、半ば呆れという風に言った。
「着陸を許可します。我々の誘導に従って下さい」
空賊の管制オペレーターも女性だった。それは別におかしくないはず――なのに、ブルースは「空賊」に女性がいることに奇妙なおかしみを覚えた。
「本当に大丈夫なのか? 地雷とか仕込んでいないだろうな」
「我々は紳士的に貴方がたを受け入れます」
空賊オペレーターの胆力は中々のもので、リーアムのやや攻撃的な揶揄にもたじろがず、冷静に受け応える。
「歓迎します、アルスター王国空軍。我々は味方です。それは主ジョセフ・ネブラスカの意思であると宣言します」
本当なのかな、とブルースはまだ疑っていた。彼らがアルスター王国の亡命民を受け入れるメリットはほとんどないように思えた。リーアムも同じ思いをしているだろう(だからあんな挑発的なことも言ったのだ)。
全面的に信用できる訳ではない――とは思っていていいだろう。
「王女を人質にするつもりなのかな」
そのリーアムの通信に反応したのはブルースではなく、ディアーネ当人であった。
「まさか。亡びた国の王女に人質の価値などあるはずもありません」
「分かりませんよ」
リーアムはある程度の緊張を越え、やや調子が戻っているように思えた。
「空賊が『王』たる殿下を奉じ、新生アルスター王国の建国を宣言するかもしれませんよ」
リーアムの言葉は冗談にしては上手くなかったし、それゆえディアーネも機嫌を損ねたようだった。ブルースは心を閉じて着陸シークエンスに集中している。下ではほかの生き残りの戦闘機が着陸していくのが見えた。歓迎されているかどうかは分からないが、とりあえず捕縛されている訳ではないらしい。
「私たちトゥアハ=テューダー=アルビオン家が国なのではありません。国とは、母なるダヌの大地アルスターであり、そしてそこにある民なのです」
「もちろんです。だが臣民も命を懸けてアルビオン家を守護奉ろうとしておるのですよ」
「あなたがた空軍パイロット様は――すこし、面白いですね」
さらにディアーネの不興を買うと思いきや、彼女はリーアムの挑戦的な言葉を快く受け入れていた。ブルースはなお無言だったが、内心ではこのひとは器の大きい王女なのだろう、と評価していた。
「気分は大丈夫ですか? 殿下」
ブルースは着陸を前にして訊いた。さすがに彼女も消耗しているようだったが、その言葉は健やかだった。
「この程度でへこたれてはいられませんよ」
王族にしてはくだけた言葉遣いだった。親しみやすさを演出しようとしているのか――いや。今の彼女にそんなことを考える余裕はないだろうし、また意味もない。
「……殿下には、国を取り戻す御意志がおありなのですか?」
「まだ……分かりません。しかし、私の血が役に立つのであれば、その時は進んでそれを供します」
「自分の御意志ではなく、民の意志、という意味でしょうか」
「我々は敗れ去っても、生きているのであれば、ひとつであるべきです」
簡単に言質を与えないところは、政治的にセンシティヴにあった王族らしかった。
しかしそこでブルースはこうも思う――果たして自分は国を取り戻したいと考えているのだろうか? そこまでの愛国心があるだろうか? そこまでではないように思える。なにより、「彼女」のいない国を取り戻して、なんになるというのだ――?
「御国を取り戻したいとお考えなのなら、空賊を利用すべきです」
そういった個人の思いはさて置き、ブルースはもうすこし現実的なことを言った。ディアーネはくすりと笑った。そして意外にも蓮っ葉なことを言う。
「私は、ジョセフ・ネブラスカと寝ればいいのですか?」
王族が、しかも清純な第二王女として親しまれていたディアーネ・ヴィクトリア・トゥアハ=テューダー=アルビオンがあけすけに言うと、さすがのブルースも困ってしまう。だがそこで再び彼女の悪戯気な笑みが響くのである。
「もちろん冗談ですよ。そんなことはしません」
「止めて下さい。着陸前なのに心臓が縮みあがってしまいます」
「それに、私に女としての魅力があるとも思いませんしね」
「だから、止めて下さい……」
女とは強いものなのだ、とブルースは思いを新たにした。それは幼少期に従姉にかわいがられていた頃から感じていたことだし、ミーティアを通じてさらに強めたものでもあった。しかし一見儚げに見えるディアーネ王女までとなると、なんとも……
着陸作業は順調に進んでいた。ブルースは自分たちの番がくるまでに、基地の周りをゆっくり旋回していた。その中で同僚たちが降りていくのを見ている。リーアムも降りて、そのまま格納庫に向かう様子まで見えた。そして滑走路がクリアになり、最後にブルース機、ではなくディアーネ機というべき自分たちが降りる。
「航空機と言うものは不思議なものですね。翼を持たない人間が手に入れた、このムンディアル・シエロでは昔から私たちが作ってきたもの。しかしそれでもそれで空を飛ぶというのは――ましてこのような自由な戦闘機が」
「口をお噤み下さい。着陸の時に舌を噛んでしまいます」
果たして、彼女が言ったように戦闘機は自由な航空機なのだろうか、とブルースは思っていた。自由なのかもしれない。しかしその自由の代償として、彼女は命を奪われたとでも言うのか――
ブルースの空への信仰はまだ残っていた。だがそれはこの時決定的に歪んだのかもしれない。そしてそれは同時に、もしかしたら彼を空の戦鬼として生まれ変わらせたのかもしれない。
いずれにせよ、それはまだ誰にも感知されていないことだった。
――着陸。失意の後、また新しい何かを得るべき地への。




