第一話・半魚人かセイレーンか、それが問題か?
半獣半人、というのはジャンルだ。ケンタウロスは上半身が人で、下半身が馬。半人半獣が正しい。サテュロスなんかは、人間の身体に山羊の角と耳と尻尾と蹄を持つ。混獣という方が正しい。顔から胸までが人間の女性で、あとは鳥のハーピーは半人半獣だが、鳥は鳥であって獣とは違うだろう。半人半鳥が妥当だ。
周りからミノさんと呼ばれているのが、ミノタウロス・幸吉。半獣半人のミノタウロスで頭は牛、身体は人間と首から上と下が価値的に・意味的に人間の半分とするのは、若干ケンタウロスに失礼だろうと考えていた。
いまや大腸は、脳を影で支配する裏番長的役割を有する。それゆえに、獣と人を分かつの境界線は、胃あたりに設定すべきだとミノさんはいつも主張している。
ミノさんは創業五百五十年の魔物専門宿屋の十代目主だ。魔物界隈のなかでも老舗だ。ただ老舗は老舗と自らを評することも名乗ることもない。牛鬼の父親が主だった頃、ミノさんがまだ十歳の頃、広告代理店営業のチャラいアンデッドゾンビが
「いやぁ、チラシにも《老舗》ってフレーズ入れた方がいいですよ。その方が、なんだか格式もあるように感じますし。集客力も高まると思いますよ」
とほざいたものだから、
「老舗ってのは、自分で呼ぶモンじゃねぇんだ。お客様が決めるものなんだよ」
と俯いてその日の夜に出すオオサカナを捌いていた。老舗って言われると、いつもこの話をミノさんは思い出す。
父親は牛鬼、東方出身の魔物だ。母親は、どこか由緒正しい名家のお嬢さんだったらしく、駆け落ち同然で一緒になったらしい。
そこに産まれたのが、半獣半人のミノタウロス・幸吉。幸せで吉が訪れるようにと、祖父が名付けた。駆け落ちを赦した祖父は、早々に父親に宿屋の主の座を譲り、隠居生活に入ったという。その頃ミノさんはまだ二歳。祖父の記憶すらないことを、後悔している。小学校でイジメられることはなかったが、半獣半人ゆえに遠慮がちだった。魔物と人類、対立する種族ゆえに、どちらともの架け橋になれればいい。
魔物と人類との大きな戦争はいまのところ停戦中という建付けだ。エランド調停会議で国務長官同士で取り決めた七十八度ラインが双方の安全地帯となっている。
エランド調停会議の名称は、この地エランドキャッサブから取られた。そこにミノさんの宿屋はある。
魔物と人類が交流する場所と、誰の心にも響かない巨大な看板が三つ立てかけられた。ミノさんの宿屋の南側に建てられたので、昼間の陽気と日差しが断たれた。当たり前にあるものを、素知らぬ顔で踏み込んでくるのは、あまりにも理不尽である。見知らぬ魔物に道を尋ねられて、教えてもその通りに行かないぐらい理不尽だ。いやこれは、不可解か。
我慢ならないとなり、ミノさんは、南側の看板だけでなく、自分の宿屋以外にも立てかけられた看板を撤去した。その様子は、鬼気迫るモノだと周りで見ていたスライムたちが証言していた。
あたりまえの状態にもどること、何かが増えてたわけでもないのに、心が落ち着く。ただでさえ、人類と魔物の交流地帯となったんだ、それも自分たちの意思とは関係なく。ピリピリするのも当たり前だろう、と相槌を求めるも、妻も家族もいないことに気づいた。
「ったく、独り身ってのは、気楽で気重だな」
国王からの勅書が、毎日のように放送官によって読み上げられた。粗末な木箱に乗り、若いオークが鼻を鳴らしながら、質問はないか? と周りに問う。そもそも質問がでるとは予想もしていないだろうに。形式だけの質問要求。質問に答えることよりも、質問を募ることの開かれた具合が大切なのだ、とミノさんは無意識にオークを睨みつけていた。
「ん? なんだ、この妙な魔物は?」
若いオークの放送官は唇を尖らせて、ミノさんを指さす。なんだか、不快だなとミノさんがぬくっと立ち上がると
「急に立つんじゃない」と制してきた。
ミノタウロスの厚い胸板には自分でもほれぼれする。鍛えたわけでもないのに、屈強な肉体で肩はバスケットボールよりも、二回りほど大きい。頭からはそそり立つような二本の角が勇ましく天に向かって生えている。
「人間は食べてもいいんですか?」
わざとだ、わかっている。この憎ったらしい若いオークに悪態をつきたかったのだ。
そもそも人間なんて食ったことはない。主食は米だ。父方が東方の国の出だし、母親は人間だ。人間の母親が、息子に人間を調理して出すか? と半日かけて問い続けたい。
主食が人間と誤解されているが、それは伝説上のミノタウロスのことで、神話の話だ。ミノさんはこの手の誤解のせいで、人間はおろか魔物からも恐れられている。
「バレないようにやってくれるなら、いいっすよ。骨も残さずに食ってくださいよ」
不適切すぎる発言。オークって豚に似ている。コイツこそ、皮ごとひん剥いて、内蔵取り出して、ホルモンチームと分けて焼いたろか? とミノさんは怒りで肩が小さく震えた。
「ジョーダンですよ。ほんと、ジョーダン」
そう言うのは、厨房を切り盛りする「リーザードマンならぬ、リザードウーマンだ」性別のことごちゃごちゃ言う時代じゃぁないが、本人がこだわっているから仕方ない。結局リザと呼んでいるからどっちでもいい話だと思うのだが、とミノさんはリザに震える肩をポンポンと軽く叩かれて、落ち着きを取り戻した。放送官みたいな下っ端の冷や飯食いであっても、役人は役人。逆らっていいことなど何もない、リザはそうミノさんに耳打ちした。
「とにかく、人類とはうまくやるように。わかったら解散」
形式的に国王からの勅書が、大して儲かっていない世襲企業の朝礼のように、しゃんしゃんと終わった。
「リザ、ありがとう」
「いいのよ。そんなことよりも、今日の宿泊予約、見たわよね」
「まだ見てない」
「ミノさんがいなかったから、私が予約受けたんだけどさ」
「家族連れ?」
「なんだけどさぁ、アレなのよ」
リザが確認漏れでもしたのかと、ミノさんは不安に駆られた。アレルギーでNG食材なんかがあれば、場合によっては厨房での調理が限定される。小麦粉NGなんてなろうものなら、仕込んだ朝のパンはどうなるのか。完全に小麦粉を取り除いた厨房になどはできるはずもない。菓子のパッケージにある「この工場のラインでは、小麦粉・エビ・カニも原材料として使っています」みたいな開き直った申し送りに、妙に腹が立った。
「で、なんなの?」
「半魚人なのよ」
「はんぎょじん?」
ミノさんは深呼吸した。初めて見るかもしれない、半分人間で半分魚の魔物。上半身は裸だと言う。美しい女性で、人間の船乗りはその歌声に惑わされるとも。
「たぶん、頭の中えらいことになってると思うけど、考えてるの《人魚》でしょ。いまはセイレーンとも呼ばれてるけど」
「セイレーンって、半分鳥だろ?」
ミノさんは半獣に対する知識なら誰にも負けないつもりだ。
「もともとはね。時を経て、魚と交配したのか、半分は鳥から魚になったらしいよ」
「なにがエライことなんだよ」
ミノさんは不服そうに、リザの糸引く口元に目線を送った。
「上半身が魚、下半身が人」
……期待したのと違う。下半身が人なら、自分みたいにちゃんと服着て欲しい。
「その半魚人さん、家族連れなんだけど、四人ね。魚NGだから」
ウチの名物は港で水揚げされた魚たちだ。ミノタウロスだからって、牛肉は食う。焼き肉だって、和牛派だし。牛丼だって週一で食う。共食いと思ったことすらないわ、と半魚人に滾々と説教したいが、お客様だ。
「リクエストが、牛肉なのよ」
リザが言いにくそうに伝えてきたが、
「じゃぁすき焼きでも出せばいいだろ」
ミノさんがイラつきながらそう言うと、
「魚って、牛肉食べるの? って驚いちゃって」
「そこか」
ミノさんは、とりあえず今日仕入れた魚は日持ちもしないので、賄いに使うようにリザに指示した。




