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鳥たちの議会の宴の日は、城も町も、普段より少しだけ華やいでいた。湖を望む大広間では、灯りがいくつもともされ、長い卓に料理が並んでいる。その片隅で、ウィルは抱えきれない程の手紙を、胸に抱きしめていた。背の高い大人たちの間を、ちょこまかと走りながら、手紙を渡していく。
「王子さま、これは……?」
封を開けた兵士は、手紙を見詰めて太い眉を寄せた。王子の字は、一目では読み取れない。
「いつも、まもってくれて、ありがとう、だよ」
「はは……。もったいないお言葉です」
そう言いながらも、その目は嬉しそうで、ウィルの頭をわしゃわしゃ撫でた。
兵士から離れると、ウィルは次の封筒をそっと抜き取った。封に描いたパンの絵を確かめてから、香ばしい匂いのする方へ歩いていく。パン屋の一家は、宴に出す大きなパンを焼きに来ていた。そこへウィルが近づき、手紙を差し出した。
「まぁ。王子さま、『すきな りんごパン』って書いてありますよ」
「好きだから」
「じゃあ、今度はもっと中身を詰めておきますねっ」
パン屋の次は、花を抱えて行き来している庭師だった。封筒の端に、拙い花の絵が添えられているのを見て、庭師は皺だらけの顔を、嬉しそうにくしゃりとさせた。
「いつもはな、きれいにしてくれて、ありがとう、だよ」
「もったいないことで。……来年は、もっといい花を咲かせておきましょう」
そうして、ウィルは侍女、料理長、洗濯場の娘たちへと、順番に手紙を配っていった。抱き上げられて頬にキスされたり、肩をぽんと叩かれたり、お礼にと甘い菓子をこっそり渡されたり。そのたびに、ウィルの胸はぽかぽかと温かくなった。けれど、その温もりの奥には、ほんの少しだけ冷たい気配も残っている。
(……でも、まだここに来た人達にしか渡せていない)
この小さな国には、城で顔を合わせる人たちより、もっとたくさんの人がいる。その人たちの事を想って、ウィルは手紙の枚数を数え直した。
(本当は、全部の家をまわって、一人ずつ渡したかったのに)
肩が、ほんの少しだけ下がる。そこへ、大広間の上座から、落ち着いた声が響いた。
「リーゼルトの民よ」
父王が、杯を置いて立ち上がっていた。静かになった空間で、王はひと呼吸おいてから続ける。
「今日は、森の鳥たちにならい、互いの想いを伝え合う日だ。……我が息子も、この日のために、せいいっぱい手紙を書いたらしい」
周りの視線がいっせいに集まり、ウィルは小さな体をぴんと伸ばした。
「けれど、六歳の手では、この国の全員に手紙を書くには、とても追いつかなかった。そこで、父として考えた。息子の心づもりを、もう少し広く配る手立てはないものか、と」
王が軽く手を上げると、侍従たちが、大広間の扉を開ける。銀の台車が押し入れられ、その上には、小さな箱がぎっしりと並んでいた。
「本日、国に住まう一人ひとりに、ウィルからの贈り物を用意した。鳥たちが啄むように、ひと粒ずつ味わうがよい」
箱の蓋がひとつ開けられ、近くにいた者たちの目がそちらに吸い寄せられる。
中から現れたのは、小さな鳥の形をしたチョコレートだった。羽をすぼめている姿で、胸のあたりに、ハートがそっと浮き出ている。ひと粒ずつ丁寧に型から抜かれたのだろう。
「かわいい……!」
思わず、といったような感嘆の声がひとつ上がり、すぐに他の場所からも同じような声が続いた。王は満足そうに首肯した。
「これは、王子からの感謝と好意を込めたものだと思って受け取ってほしい。手紙をもらえなかった者にも、同じ想いが届くように、と息子が……」
「えっ」
ウィルが思わず息を呑むと、王はちらりとこちらに視線を投げる。
「……と言ったことにしておこう」
大広間に、どっと笑い声が広がった。王妃も口に手を添えて微笑み、ウィルは耳まで熱くなる。
(そんなこと、言ってない……でも、言いたかったことだ……)
父の手を借りて、国のみんなに気持ちを届ける自分が、少しだけずるいようにも思える。けれど、嬉しさもあって、胸の中でいろんな感情がぐるぐる回っていた。
自分の手では届かなかった遠くの家まで、甘い鳥が飛んでいく。
箱を抱えた侍従たちが、一軒一軒の家をまわり、「王子さまから、『好き』の贈り物です」と言ってチョコレートを差し出す。そして、受け取った人たちがニコニコと笑う。そんな光景を思い浮かべるだけで、胸がふわりと熱くなった。
宴の終わりに、ウィルは父王に呼ばれた。
「よくやったな、ウィル。これだけ手紙を書いて、これほど多くの人に渡した。それだけで立派だ。届かなかったところは大人の役目だ」
「うん」
母王妃も、隣でそっと微笑む。
「あなたの書いた手紙、とても素敵でしたよ。字は、また来年に期待しますけれど」
「う……」
「でも、たくさん書けばすぐに上手になりますもの。来年は、もっと多く書けるでしょう?」
そう言われて、ウィルは、胸の中で小さく拳を握った。
(来年は、今年よりもっと、たくさん「好き」って書こう)
今年は、どうしても間に合わなかった人たちがいる。名前だけ聞いて、まだ一度も話したことのない人たちもいる。
鳥たちが森の高い枝で歌うように、この国じゅうに、少しずつ。自分の字で、自分の言葉で、できるだけ遠くまで。
初めての鳥たちの議会の宴は、そうして、六歳の王子にとって、胸がいっぱいになるほど甘くて、何より幸せな夜になった。
2026.バレンタインに寄せて




