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怪奇箱  作者: にとろ


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厄介リスナー

 古井さんは音声配信が趣味だ。音声通話アプリを使って日々適当な相手がいれば会話をしている。それを聞くリスナーの数もそれなりに稼いでいるそうだ。そんな彼女が住んでいる物件で起きた少し怖い話になる。


 その部屋は防音設備がしっかりしているという割には普通の部屋とそう変わらない相場だったので契約した。前の持ち主が原状回復可能な防音室を作っていたのだが、そのまま使ってもらっても構わないといわれたので嫌も応もなく契約した物件になる。


 入居してみると確かに一部屋壁に剥がせるタイプの防音材や吸音材が綺麗に貼ってあった。その部屋にエアコンが無いあたりにノイズを乗せないという前入居者の強い意志を感じる。私みたいな物好きにはちょうどいい、これも巡り合わせなのだろうと思った。


 そして引っ越しの間控えていた音声配信を、引っ越すとすぐに試してみた。窓が小さく、そこにも吸音材が貼ってあるので、ほぼ音が漏れる心配は無い。運動でもしなければ隣に響いたりはしないだろう。


「一軒家にしてあったらもっと便利なんだろうなあ……」


 そんな愚痴が思わず出てしまう。もっとも、その点に不満を持った前入居者が、一軒家を買ったので出て行ったのかもしれない。そう考えるとここは配信者としてのスタート地点に適当なのではないかな? そんな考えが浮かんでくる。


 スマホをテーブルに置いて、マイクを接続する。イヤホンを耳にはめ、配信アプリを開いた。


『こんにちはー! リスナーのみんな! 今日は思いっきり話せるからお話ししたい人はドンドン権限をあげちゃうよー!』


 テンション高くそう言う。一人で話すのも嫌いではないが、せっかく新しい良物件に引っ越したのだからお祝いを言ってくれる人が欲しかった。自分もそこまで無名ではないし、話くらいしてくれるかと思った。


 しばしトークを続けたのだが、発言権のリクエストは来なかった。今日はそろそろ引き際かなと思っていた時、ピコンとスマホが音を立てた。


 権限のリクエストだったので、発言権を与えお話をしようとした。


『こんにちは! ○○さん! ええっと……初見さんかな?』


 名前には見覚えがない。名前を最近変更したか、初見さんかのどちらかだろう。


『いえ……ああ……はい……しょけんです……それで私の今の状況なんですが……』


 初見といったかと思うとこの人は怒濤の勢いで自分の不幸自慢を始めた。彼氏に捨てられただの、パチンコですっただの、自分の顔にコンプレックスがあるだのといった自虐トークを延々とされたのでリスナーがジリジリ減っていった。これは不味いと思い軌道修正しようとしたのだが、この人は自分の不幸話を決して辞めようとしない。最終手段としては部屋からのキックがあるが、それを出来る権限が自分にしかなく、やってしまうと他のリスナーさんに悪印象かと思いそれにも踏み切れない。


 仕方ないので満足いくまで不幸自慢をさせて、穏便に配信から去ってもらおうと、必死に相手に『分かる分かる』とか『大変だね』とか、同意の言葉を言って一刻も早く話を終わらせようとした。それから彼女は結構な時間話をしていたがなんとか満足して出て行った。


「リスナーさん……減っちゃったな」


 ミュート状態でそう呟く、呟かざるを得ない。あの人のおかげで延々と時間を潰されてしまった。仕方ないので普段の配信に次からは戻ると宣言してその日は配信を終了した。


 そして、申し訳ないが、さっき延々愚痴っていた方にはブロックをさせてもらうことにして検索をかけた。そこで思わず固まってしまった。


 そこには本名のままアカウントを作ったであろう、リアルの知り合いの投稿が見つかった。そこにはさっき愚痴り続けていた彼女への追悼の言葉が並んでいた。しかも日付は結構な前だ。


 不動産屋に事故物件を掴ませたのかと言ったが、その前に一人普通に住んで退去していると言われてしまった。どう考えても告知事項を無くすために済ませたとしか思えなかったが、仕方ないのでおとなしく引き下がった。


 それから彼女は未だその部屋に住んでいるらしい。きっとアレだけ愚痴を聞いてもらえて満足したのだろう、あの時出てきたリスナーは二度と配信に来なかった。そうなると相場より安く防音室のある部屋なので、これなら引っ越さなくては良いかという結論に至った。


 彼女は収益化目指して今もその部屋に住んでいるらしい。

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