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怪奇箱  作者: にとろ


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戻ってくる

 稲美さんはある日、いつも通り出勤の準備を整え、朝食代わりの牛乳を一杯飲んで家を出た。まだまだ余裕のある時間だが新人だというのに遅刻するわけにもいかない。


 余裕を持って車に乗り込む。就職祝いに祖父母の連名で送られた車だ。軽自動車なのだが割と気に入っている、某社のツーシーターだが、新人には手の届かない車なのでありがたい。


 そうして町中を走りながら目的地へ急いだ。会社へはここを曲がれば着くはずだ。それほど高性能ではないエアコンなので、早くオフィスの強力なエアコンの効いているところに行きたかった。そう思いながらハンドルを切る。そうして曲がったはずなのだが……


 何故かそこは自宅の前だった。いや、確かに会社の近くにいたはずなのだが……再び出社しようと試みたが、やはり最後の角を曲がると自宅に出てしまう。狐狸の類いに化かされているような気分だった。そんなことを考えながら時計に目をやると、まだ家を出てから5分ほどしか経過していない。アレだけ走って5分で済むはずがないのでますます奇妙に思えてくる。


 そこでふと祖母から教わったとあるお経を唱えた、この際神にでも仏にでも頼りたい。半ばヤケになってのそれだったのだが、それの一説を唱え終わろうかという時に視界が一瞬ブレて風景が変わる。そこは町の共同墓地だった。なぜ? と言う言葉が喉から出かかったが、今ではいちいちそんなことを気にしていられない。そこから会社までは多少距離があったので飛ばして何とか始業時間には間に合った。


 普通に勤務を終えて、無事帰宅して、何故あんなことになったのか考えた。そこでふと気が付いたのだが、あの共同墓地は我が家の墓がある場所で、曾祖父母まではもうすでにそこに入っている。なんとなくなのだがふと思い立って仏壇を見てみた。そこには忙しさにかまけて痛んだ食べ物と空っぽになった水の入っていた容器があった。お供えをきちんとしてお経を一通り上げるとなんとなく家の空気が軽くなったような気がした。


 そういえば仏壇がこれって事はお墓の方はもっと酷いんだろうな……


 そうして週末に家の墓に行くと草が鬱蒼と茂っており、ゴミのようなものも散らかっていた。一日がかりでそこを手入れして線香を供えておいた。ご先祖様もこれで満足だろうという状態になったので一安心して帰宅した。


 それからは定期的に家のお供えをきちんと交換して、経をあげ、月一程度で墓の手入れをすることにした、それ以来会社に行くような単純な道で迷ったりはしないが、ただ、年に一回、曾祖母の命日はタイミングこそまちまちだが共同墓地に着くことがあるそうだ。実家に連絡を取ると、曾祖母は自分の生まれるのを非常に嬉しそうに語っていたという。残念ながら生まれる前に鬼籍に入ったが、年に一度くらいは会いたいのだろう。そう思って毎年曾祖母の命日に合わせて有休を取るようにしている。


 目下の悩みは、本来禁止のはずなのだが、有休を取ろうとすると理由を探られる。私用で今のところ押し通しているが、誤魔化せなくなったらどうしようかというのが悩みだ。

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