視える人と思い出
谷口さんは所謂『視える人』なのだそうだが、私に記録しておいて欲しい話があるという。
「呼び出して悪いんだが……昔の話でな、なんとなくだが忘れちゃいけない気がするんだ」
アイツの名前は……ひとまずXとしておこう。Xって子と幼稚園から小学校半ばまで遊んでいたんだ。気のいいヤツだったと思う、思うってのはもうアイツと具体的に何をして遊んでいたかがドンドン抜け落ちていっているんだ。昆虫採集……だったか、釣りだったか、したような記憶はあるんだがはっきりとはしてない。
とにかくもう覚えていることを話そう。Xとは幼稚園時代から仲が良くてな、小学校に上がっても同じ学校だったし仲良く遊んでたんだよ。まだ公園で多少は無茶が出来た時代だったな。
ブランコ……乗っただろうか? シーソー……も座っただろうか? 何しろとにかくはっきりしないんだ。ただ、小学校でもアイツと楽しく遊んだことは覚えている。ああ、あの頃は無邪気なガキだったから気にしなかったのかもしれないな。とにかくアイツは確かに『いた』んだよ。誰がなんと言おうと俺はアイツと遊んでいたよ。
それで、或る休日にな……公園に行こうとしたんだ。公園にはいつ行ってもXのヤツがいたよ。今思うと公園に住んでないと無理だと思うんだが、当時は不思議に思わなかったな。
靴を履いているときに祖母……つってももう鬼籍に入ってんだが、が話しかけてきたんだ。『どこに行くんだい?』てな。俺は『公園でXと遊んでくる』と答えたよ。すぐに顔色を変えて引き留められ、両親が飛んできたのを覚えてる。オヤジもオフクロも一緒に慌てて出てくるものだから何事かと思ったよ。普段は仲が悪かったりしたんだが、そのときは息を合わせたように駆け出てきたんだ。
それで二人して俺の片手をそれぞれ掴むんだ、結構な力だったよ。それから叫ぶように言われたんだ。
「Xくんは交通事故で亡くなったでしょ! 絶対に行っちゃダメよ!」
なんで気が付かなかったんだろうな……Xのやつ交通事故であの世にいってたんだ。ただな、俺がいくらガキだったとは言えすっかり忘れてしまうなんて都合の良いことがあるのかね? 俺はそれも含めてアイツが俺と仲が良かったのでそういう悲しい思い出を忘れて欲しかったんじゃないかって思ってるよ。
その後すったもんだの押し問答をしてから俺が『Xはいるもん!』ってガキの我儘を言ったんだが、無理矢理引き留められたよ。当時体調の悪かった爺さんまで何事かと出てきて、結局、爺さんと婆さんが俺を同席させて仏壇にお経を唱えてたよ。
結局、それでも公園にはこっそり行ったんだけどな。Xに会うことはそれから二度と無かったよ。でも俺は確かにアイツと遊んでいたし、それは否定されたくないんだ。
アンタにこうして話しているのもアイツとの記憶が薄れて言ってるからなんだ。始めは認知症かと本気で思ったよ。病院まで行って調べても何の異常も無いんだ。ってことは俺がアイツの記憶だけを忘れようとしてるって事だろ?
今じゃあの時遊んでた記憶はあるのに顔も満足に思い出せないんだよ。それどころか名前までXって呼んでるだろ? 思い出せないんだよ。だからアンタにきちんと記録してもらいたくってな。俺もそう長い身でもないんだろうが、アイツがいたってことを覚えておいて欲しいんだ。
それが彼の話の全てだった。出来ることならいくらでも具体的な話をしたかったそうだが、如何様にも記憶が薄れているので話せるのはこれだけしかないそうだ。彼が全ての思い出を語った後、『全部話そうってのにこの程度しか思い出せないんだな』と言っていたのが記憶に残ってしまった。彼は今、幽霊が見えるそうだが、そのXの幽霊だけは絶対に見えないそうだ。だったら視えない方がどんなによかっただろうかと言っていた。




