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怪奇箱  作者: にとろ


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排水色

 元井さんがある夏に一度だけ体験した出来事だ。夏の暑い時期、休日だったのでそれを満喫するべくリビングにスマホとPCとTVをそろえ、音楽をかけながら冷房に包まれてのんびり読書をするという贅沢な時間の使い方をしていた。外の暑さと室内の涼しさは対照的で非常に心地よいものだった。


 ソファに寝転びながらお気に入りのアーティストを聞きつつ読書に耽っていたところ、普段の疲れからか流石に眠気がやって来た。スマホを手繰って一時間ほどのアラームをかけて仮眠を取るべくセットしたら目を瞑った。あっという間に意識が薄れ、眠りの中に落ちていった。


 その眠りは轟音と共に去って行った。ドンドンとドアが激しく叩かれている。始めは誰か入ってきたのかと思ったのだが、音の大きさからそう思っただけで、実際の音源は部屋のドアではなく、玄関ドアだった。


 大きめの人影が磨りガラスに映り、バンバンとアルミフレームを叩いている。変形したらどうする気だと思いつつドア越しに声をかけた。


「なんでしょうか? いきなりそんなことをされると困るのですが……」


「隣の石井だ! 今すぐ出てこい! ここで一体何をやっているんだ?」


 はて? お隣さんは確かに大柄で強面だったが、話してみると穏やかでしっかりした方だったと思うが……何か慌てるようなことがあったのだろうか?


 とはいえ、声はお隣さんに間違いない。毎朝挨拶している仲なので間違っていることもないだろう。鍵を開けて戸を開くと狼狽した石井さんが立っていた。


「どうしたんです?」


「どうしたもこうしたもないだろう、こっちに来てくれ!」


 怒気をはらんだ声に気圧されつつ招かれる方に向かった。そこはウチと石井さんの家の間、人が入るには少々窮屈な場所だった。


「こんなところに何が……」


「見ろ!」


 そう言って指さす先を見て思わず絶句した。エアコンの室外機がそこに置いてあるのだが、冷房時に出てくる排水が真っ赤に染まっていた。血ではないのかと尋ねる石井さんに『血だとしたらもっと黒みがあるでしょう』と平静を装って言うが、こんなものが出てくるはずはない。配管が錆びたにしては色が鮮やかすぎる。血のような金属の色ではなく、水彩絵の具のような鮮やかな色をした水を室外機が吐いていた。


「あんた……家の中で何かしたんじゃないか?」


 そんなことを言われるのも心外だったので石井を屋内に招いてそのエアコンの本体がある部屋を見せた。どこにも異常は無く、ただ冷房の冷たい風が吹いてくるだけの部屋をポカンとして眺めていたのを覚えている。


「じゃあ、アレは一体なんなんだ?」


「正直分かりません、ただエアコンが壊れたわけでもないですし、何かの拍子に生き物が室外機に飛び込んだのではないでしょうか?」


 この言い訳に無理があることは百も承知だ。ただ、なんとか説明をつけて石井に帰ってもらいたかった。疲れがたまって寝ていたところを起こされたのだからたまったものではない。あの色ならどうせ血ではないのだからすぐに問題になることはないはずだ。


「そ、そうか。ウチの方でも何か無かったか調べておくよ」


 そう言って人をたたき起こした隣人は去って行った。この現象の原因は一切不明だが、あの日以来赤い水が出ることは一度も無いそうだ。

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