警備が必要な理由
本田さんはそろそろ定年を迎える警備員だが、やはり彼にも曰く付きの建物の警備を任されたこともあるそうだ。
「まあ、俺も運が良かったんだろうな、何回もえらい目に遭って逃げるように辞めた連中もいるからな」
そのビルはコンクリートでそれなりの高さのある建物だった。入り口にはしっかりとしたセキュリティが有り、警備も十分な人数があてられていた。
何故この建物に部外者の自分をわざわざ呼んできたのかは分からないが、雇い主の意図などよりその給与が魅力的だった。他の建物より明らかに単価が高い。どうしてこんなやることの無さそうなビルの特定の階に専門の警備を雇うのかは謎だが、相場より大きく高いのでそこを詮索するのはやめにして淡々と夜間警備をこなしていた。
普通は何人か雇うものだが、そのビルには夜間に自分一人で警備をしてくれという奇妙な注文が入っていた。そこはITの派遣が終電近くまで当然のように勤務しているので、夜警の自分はご苦労さんと思いながら全員出て行ったのを確認して施錠と警備システムを動かしていた。
こんな事なら他の階のやつがついでにやればいいのでは無いかと思う内容だが、金持ちの考えることは分からない。分かりたいとも思わないが、監視カメラを見ながら、時々フロアを回るというそれほど難しいものでも無かった。
ある時休憩を終えてフロアを回ることにした。とはいえ終電も過ぎているので残業している社員もおらず、誰もいないフロアを見て回るだけだった。入り口にしっかり二十四時間警備が射るのに、わざわざ自分が必要なのかと思いつつも、ライトを持って回っていく。
通路の奥、向こう側に窓があるところで何か黒い影が横切った。まさか! ここにどうやって入ってきたんだ? そう混乱しつつ不審者の後を追いかけた。
「おい! 誰なんだ?」
そう声をかけたが、その影が横切ったところで消えていた。気のせい? いや、そんなはずはない。焼きが回るような年齢ではない。となるとどこだ? どこに隠れた?
そちらの通路を全て調べたが、部屋はしっかり施錠されており、部外者が入ることは出来ない。残業していた社員なら隠れる必要も無いだろう。一体なんだ? そう思いつつ引き返してカメラを確かめようと考えた。そこでふと振り向いた時に窓を上から下に落ちていく人間が見えた。真っ青な顔で頭を下にして一瞬で消えていった。
まさかと思い急いで窓に駆け寄った。当然その窓は飛び降りられるような作りになっていない。わずかに外気を取り入れられるだけだ。もちろん割れてもいないので、ここから飛び降りたのではないだろう。開けられるだけ開けてから下を見てみたが誰も居ないし、何かが落ちた様子など無かった。
一応報告はしたのだが、そのまま警備を続けろ、気にするなとしかいわれなかった。確かに自分の担当階では何かが起きたわけではない。だから放置しろといっているのだ。怖くはなったがもう少し調べてみることにした。やはり誰一人としてそれを見たものはいなかった。
「で、だ。俺はそこを辞めたんだがな、アレが決定的な出来事なんだよ」
その日も憂鬱な警備に出ていると、また通路の奥で影が動いた。真っ黒な人の形をした影が何故か手持ちのライトしか光源が無いはずなのにはっきり見えた。その日はその影が手招きをしてきた。ふらふら近寄りそうになってハッと我に返った。
「多分もう一回見てたらあの時落ちていった何かと同じ事になってたんじゃないかな」
彼はそう言って、その警備を辞めた顛末を語った。配置換えはあっさり聞き届けられたのだが、そのときに『誰か手が空いている知り合いはいないか? 未経験でもウチで教育する』といった意味のことを言われた。
「いくら近代の建物言うても生贄が必要なんだろうなあ……ここだけの話、あのビルを建てるのに地鎮祭やってないそうだぜ。まあどこの建物かは分からんようにぼかしといてくれよ」
最後にそう付け加えられたので、具体的にどこにあるかは伏せておく。




