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怪奇箱  作者: にとろ


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助ける声

 国見さんには悩みがあるそうだ。最近また忌まわしい記憶が蘇る出来事があったので聞いて欲しいという。


「始まりは小学校の夏休みに海へ行った時のことです」


 当時は小学校のではありますけど大会に出られるかもと噂されるくらいには泳げたんです。だから海に行くと砂浜を掘っている子や水際でパチャパチャ水を掛け合っている子たちを尻目に泳いでいたんです。もちろん足が付く範囲まで戻れるところなのは前提ですよ。


 それで好き放題泳いでいたんですが……離岸流……なんて言葉は当時知りませんでしたが、急な流れに入ってしまい沖の方まで流されたんです。足が付くのだろうかと不安になりながら、何とか泳いで浜まで戻ろうともがいたんですよ。流れからは抜けることが出来ましたがかなりの距離を流されていました。必死に泳いで体力がつきそうになったんです。危ないのは承知で陸の方へ助けを求めたんですよ。


 後で聞いたのですが両親が気づいて慌ててライフセーバーに救助を頼んだんです。当時はよく知らない人が助けに来てくれたと思ったんですけどね。問題はそこではないんです。


 沖でもがいて海水を飲みそうになった時に『あと二十年』という老人のような声が聞こえて脇腹に掴まれる感触が伝わってきたんです。それから力任せに持ち上げられて息が出来る状態で助けが来るまで待ったんです。もがいてもいないのに無事浮かんでいられたんです。


 どうにも不気味でしたよ。でもそんなことを両親に言ったところでまともに取り合ってもらえないでしょうし、そのときは娘が助かったことに泣いていてそれどころではなかったんですよね。


 そのときのことは当分の間忘れていたんです。ただ、大学で海に行こうと友達が言った時は上手く断るのに苦労しました。そのくらいでどうってことなかったですが。


 社会人になってしばらくして、なかなかのブラック企業に入ったんですが、酒を飲む生活を覚えて酒浸りになったんですが、健康診断では全くの健康体で、どうすればここまで健康になれるのか不思議だと医師も言っていました。


 そこまではよかったんですがねぇ……


 それから数年して道を歩いていると『あと一年』というあの時の老人の声が聞こえてから、急ブレーキと共に近くの電柱に車が突っ込んだんです。その事故自体はブレーキとアクセルの踏み間違えというシンプルなものでした。ただ、その車を運転していた老人が証言したところによると、アクセルを間違えて踏み込んだ時、少女が目の前に突然現れたのでパニックになって急ハンドルを切って電柱に突っ込んだそうです。おかげでその車の前に居た私は無事でしたし、車はダメになったでしょうが怪我人の一人もでませんでした。


 だから良いことなのかなとは思うんですけど……『あと一年』というのが気にかかって仕方ないんです。なにがあと一年なんでしょうか? 私を助けてくれたのはまともな存在なのでしょうか? どうにも怖くて仕方ないんですよ。


 まあ……あと一年と言われたのはこの前なのでもうしばらくは命の危険は無いと思うんですけどね。


 そう言って彼女は話を終えた。結局その声の通りの歳になるとなにが起きるのかは分からないそうだ。この話を聞いてからまだ彼女は時間に余裕があるはずだが、なんとなくその続報は聞けないままでいる。

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