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怪奇箱  作者: にとろ


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簡単な登山

 砂川さんは登山が趣味なのだが、なんとも奇妙な体験をしたことがあるらしい。


「害はなかったんですが……運が良かっただけでしょうねえ」


 彼は寂しそうな顔でそう語った。


 アレはいい年をして登山を始めて少し慣れてきた頃だったかな。近くの山から少し足を伸ばしたところまで行っていました。ああ、もちろんですが登山道がしっかり整備されているところです。登山といっても別にピッケルを刺しながら登るようなものじゃなく、ただ登山道を歩くだけなので傾きのついた散歩道みたいなものです。もちろん歳を考えて危なそうなところは行く前に候補から外していましたよ。ただ……事前に調べただけではダメなこともあるんですよねえ。


 某県の小さな山に登っていたんですが、事前情報通り山は低いですし登山道は整備されていました。だから問題無いなと思って軽装で登っていったんです。気分よく登れるなと手続きをすませて登り始めました。始めの頃は登山をしている方と挨拶を交わすようなこともあったんですが、少し進むと不思議と他の人が見当たらなくなって、気が付いたら一人でした。


 焦った方が良かったのかもしれませんが、なにぶんあの時は登山道を外れず歩いていたので道なりに進んでいけばいいだろうと思っていたんです。実際に誰ともすれ違わなくなっても足の方は自然と先へ先へと進んでいきました。


 はっきり言って楽な山だなと思いました。人がいないのは寂しかったですが、そもそも見ての通り歳なもので、知り合いに登山をしようという仲間が居なかったんですよ。同僚を誘ったことはあるんですが『そんな体力はない』とにべもなく断られましたよ。


 そうしてそのまましばし歩くと洞窟に着いたんです。鍾乳洞かも知れませんが、とにかく山の中に穴があって、そこに向けて登山道が伸びていたんです。なんでこんなところに? とは思いました。ただ、不思議な事なんですが自然と足が洞窟の方へ進んでいくんですよ。山には登っていても探検家でもあるまいし、洞窟に入る気なんてさらさらなかったんですけどね。


 何かに惹かれて洞窟に一歩踏み入ろうとした時に腰に痛みと衝撃が走ったんです。これはダメだと思うと同時に、足が自由に動くようになったので慌てて下山したんです。麓の駐車場が見えてホッとしたので山を見上げたんですが、パラパラと登山をしている人が点のように見えました。


 何故誰にも出会わなかったのだろうと不思議だったんですが、そのときそう言えば腰に何か起きたことを思いだしたんです。その辺を触って見るとゴツゴツしたものが触れたので手を入れるとポケットに入れたお守りでした。持ち運びやすかったので持ち歩いていたので、きっとそれは軽くて曲がる紙製のものだったと思っていたのですが、手にすると少し重くて、中を覗いてしまったんですけど、中には黒くなった木片のようなものが入っていました。


 木の札が中身だったら曲がるはずないんですけどね……それまで持ち歩いていた時は乱暴に扱っていましたけど、柔らかくて軽いものだったんですよ。あのお守りが洞窟のよくないものに触れたんでしょうかね?


 結局、あの山にはリベンジしましたよ、二度とあの洞窟を見ることはなかったんですがね。確かめようとお守りを新しくして登山道を辿ったんですが、普通に他の登山者とすれ違いましたし、道に沿って進めば山頂に出ました。それからも他の山に登ってもあの洞窟が出てくることはありませんでした。よくないものなのは分かるんですけど、アレは一体なんなんでしょうね?


 私は『分かりませんが、お守りを大事になさってください』とだけ言った。彼は今でも平気で山に登っているようだ。

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