「同じ平民の特待生が王子の恋人になったそうだけど、男って、馬鹿よね」(匿名女性)
ある日、王立学院の平民たちの間に衝撃が走った。
同じ平民の特待生が王子と親しくしている、と。
貴族と親しくすることすら、大変なのに、王族と?
生まれてきた環境も知識も教養も違うのだ。平民にとっては恐れ多くて堪らない。貴族相手でも、些細なことで両親まで被害が及んで失業する可能性があるのだ。王族など、家族まで命を失う可能性がある。
件の女子学生の動向は注視され、王子の婚約者である公爵令嬢ですら強く言い出せないとわかると、平民の星と噂する者まで出てくる始末。
しかし、王立学院に入学できた特待生は、その頭脳だけで選ばれただけあって、平民の星に対して賛否両論だ。
「平民が王子に気に入られて王子妃になれば、平民の境遇が良くなるな」
「あれが気に入られるなんて、すぐに飽きられて別に目移りされるわよ」
辛口コメントは特待生の女子学生である。
「勉強ができるっていうのも、本当かわからないわ」
そう言ったのは、別の女子学生。彼女はモテモテ幼馴染が好きだった男の子の恋人になってしまっていた。その幼馴染が普通に性格が良くて可愛い子なら、彼女もここまで捻くれたことは言わない。
薄っぺらい魅力に引っ掛かるような馬鹿な男だとわかって良かったじゃない、と慰めてくれた近所のお姉さんが言うことには、幼馴染は酒場で人気の女性を真似て、ふしだらな真似をしている、らしい。
娼婦ならまだしも、酒場の女性は娼婦ではない。元々、合法の娼婦は税金を払っている娼館でしか買えない。酒場の女性は気に入った客と盛り上がってしまって、多少の心付け(避妊薬代)をもらっているだけだ、というのが、酒場側の言い分である。
つまり、非合法な娼婦の手練手管を使っている、と近所のお姉さんは言っていたのだ。
「勉強ができたとしても、学院に通わせてもらっている学費が勿体無いわね。私たち特待生は学院への寄付のおかげで通えているのよ。妾になる為に勉強してきたわけじゃないし、学院側だって寄付を使って妾候補と引き合わせたなんて言われたら、特待生になれるのは男子学生だけになるわ」
そう言ったのは、特待生の中でも真面目一辺倒で可愛げがない、と言われている女子学生だ。
「真面目ちゃんが真面目腐ったこと、言っている(笑)」
「当たり前のことでしょう? それとも、あなたは一番になりたいから、私にいなくなって欲しいの?」
「そんなわけないじゃん。ただ、真面目ちゃんらしい発言だな〜と」
「王宮の試験に合格するか、貴族の下で働くか。それが私たちの進む未来でしょう? それを一人だけ基準の低いことをされて、台無しにされるわけにはいかないわ」
「彼女、可愛くて、王族のお気に入りなのに・・・」
「私たちにとっては脅威よ」
そう言ったのは、制服を改造してこれでもかと、ボディラインを強調した胸をたゆんたゆんと、揺らしながら歩み寄って来た女子学生。
「これ以上、噂が続いたら、女子学生は除籍を覚悟したほうが良いわ。もしかしたら、平民の入学は取り消されるし、文官や侍女への登用試験も貴族だけになるかもしれない」
「嘘だろ、おい」
「この学院に優秀な平民を入れなくても、貴族の孫や甥、姪ならいくらでもいるもの。子ども全員、爵位持ちや爵位持ちと結婚できなくても、この学院に推薦して入学させることはできるでしょ。後は成績の良い者が平民の特待生が埋めるポストを埋めていくだけの話」
「そんな。それじゃあ、平民の星は――」
自身も巻き込まれる可能性の高い話をされて、男子学生たちも現実に気付いた。
「私たちの可能性を潰すだけの存在よ。私たちの後、数十年の平民の可能性もね」
「星なんかじゃないじゃんか」
「そうよ。でも、夢を見ちゃう奴は多いのよ。可愛いだけで国が変えられるなら、とっくに変わっているわ。あの子の考えが正しくても、戦争を呼ぶわ」
「まさか。そんな大袈裟な」
「お花畑ちゃんな特待生のおかげで戦争?」
女子学生たちもその意見には賛同できなかった。
そんな考えまでは至らないのである。
「ええ。貴族は些細なことで平民を罰するものよ。でも、貴族はこの国以外にもいる。あの子が王宮で他国の貴族の不興を買ったら? 侮辱されたと認識されたら、開戦の口実になるわ。王子たちが庇ったとなったら、王族が侮辱することをやらせたと、言い出されかねないわ」
「でも、そんなのあり得ない」
「あり得るのよ。貴族は面目を保たなければいけないわ。あの子が王宮に行ったら、戦争の火種にしかならないってことを理解して。他国の貴族とまだ遭遇していないから戦争にならないだけで、王子にくっ付いて歩いていたら、紹介された時点で侮辱されたと見做されてもおかしくないわ」
「あ」
漏れた声は、身分の高い方との接し方を思い出してのこと。
身分の上から声をかけるものだが、お花畑ちゃんは自分から声をかける。
それに貴族というのは、平民を数としか見ていない。
紹介されるだけの価値を見出された平民など、数える程度だ。
王子から紹介されたとしても、ただの平民の小娘を紹介されて、侮辱されたと感じない貴族はいないだろう。
王子のお気に入りだから笑顔で応じるだけで、その内面は穏やかなはずがない。
「特待生である私たちは、私たちにしかできない方法で自分たちの身を守らなければならないわ」
「そうは言っても、方法なんてないじゃない」
「私たちには、私たちのバックボーンがあるの。貴族ではなくても、貴族に伝手があったり、この学院に入学させてくれた伝手があるでしょ? 困るのは公爵令嬢だけじゃないの。公爵家に恩を売れるチャンスよ」
◇◆
公爵令嬢は父親から紹介された平民の特待生二人に戸惑っていた。
一人は侍女代わりの取り巻きとして、傍に侍らすように言われた。真面目な特待生は意外にも化粧や髪結の技術が高く、公爵令嬢はすぐにその有用性に気付いた。
だが、もう一人の特待生は子爵家と養子縁組をし、王子の側近候補として捩じ込まれた。
歩くたびに、たゆんたゆんと胸を揺らす彼女は、どう見ても、お色気要員だ。
公爵令嬢は父親の判断を疑ったが――
「エスコートでもないのにそれ以上、近付くのはマナー違反です」
お色気要員の特待生は、側近の仕事として、王子に不用意に近付くお花畑ちゃんを注意した。
公爵令嬢がいくら言っても、虐められたと泣き出したり、『平民はこれが普通』だと反発されたわけだが――
「酷い! わたしが平民だからって、そんなこと言うなんて!」
「スラムでは、そんなことをしたら物陰に引き摺り込まれて強姦されますよ」
「「「は?」」」
お色気要員の特待生は子爵令嬢として紹介されたので、公爵令嬢と同様の対処を受けたが、彼女の突拍子もない返しに、お花畑ちゃんは素になった。
「ですから、娼婦のように殿方に身体を寄せたりなんかしたら、スラムでは強姦されると申し上げているのです」
「どうして、スラムが出てくるのよ?!」
「私がスラム出身だから、スラムの常識を教えているのです」
お花畑ちゃんの代わりに王子が問いただす。
「なんで、スラム出身が子爵家の令嬢になっているんだ?!」
「縁あって、子爵家に養子縁組されたからです」
「スラム出身者を養子だなんて、どうかしている」
「どうかしているのは、娼婦のような女子学生の存在ですよ」
「マリリンは娼婦なんかじゃない!」
「娼婦のように殿方の腕にしなだれ掛かって強姦されないなんて、彼女、貴族並みに裕福な平民なんですね」
埒が明かないと思ったのか、宰相令息が口を挟む。
「なんで、そう、強姦、強姦と言うのですか? 恥じらいはないのですか?」
「スラムでは若い女と顔の良い子どもは強姦されるからです。子どもたちは泥や灰で顔を汚し、若い女は若さを隠して強姦されないようにするのですよ。平民って、客引きの娼婦と同じことをしても強姦されないなんて、恵まれていますね」
「「「・・・」」」
赤裸々なスラム事情を語るお色気要員の特待生に、言い返す言葉が見つからない。
同じように、お花畑ちゃんから『平民だから』と言われて言い返せなかった公爵令嬢の胸はスカッとした。
「そんなこと言って、あなただって、そんな破廉恥な格好をしているじゃない!」
「この服のどこが破廉恥なんですか? せっかく、ダボッとした服を着なくて良いから、身体に合った服を着ているだけなのに、変な言いがかりはやめてください」
お色気を強調する制服改造は、スラムで我慢した反動だったらしい。
公爵令嬢は彼女を心の中でお色気要員と呼んでいたことを恥じた。彼女の言うことを信じれば、あんなダイナマイトボディを晒してスラムを歩くことは、強姦してくれと言っているようなものだ。
好きな格好もできず、身の危険と隣り合わせに生きて来た彼女がはっちゃけてしまって、誰が責められるだろうか?
「ゾーイ先輩、訂正してください」
そう言ったのは、公爵令嬢の侍女代わりになった真面目な特待生だった。
「あら、どうしたの?」
「先程から彼女を娼婦とおっしゃっていますが、それは侮辱です」
「おお! クロエの取り巻きにしておくには勿体無いな」
「お褒めに与り光栄です。――先輩、彼女を娼婦だなんて、姐さんが聞いたら怒ります」
「「「???」」」
真面目ちゃんが言う、姐さんがどう関わってくるのか、どちら側の人間もわからない。
「だって、彼女、マナーも教養もなくて、娼婦なんてできないじゃないですか!」
「・・・ちょっと待って。なんで、娼婦にマナーや教養が必要なの?」
子爵令嬢の問いはその場にいた一同の疑問だった。
「何をおっしゃっているのですか。冗談ですよね」
「冗談じゃないわよ」
「・・・え、冗談ですよね?」
「冗談ではないわよ」
「え? マナーができないと、パーティーに参加できないし、教養がないと、お客様の愚痴や悩みを解決する手助けができないじゃないですか」
「「「はあ?!」」」
真面目ちゃんの娼婦に求める能力の高さに、全員が驚いた。
「あのね。娼婦っていうのは、パン1つを買う為に何人も客を取らなきゃいけないから、マナーも教養もいらないのよ」
「先輩こそ、何をおっしゃっているのですか。娼婦の姐さんたちは幾つもの外国語も話せますし、お客様の困ったの解決の助言をするプロフェッショナルですよ」
「「「はああ?!!」」
「それ、娼婦じゃないんだけど」
「いいえ、娼婦ですよ。彼女はガキみたいな馬鹿な男の相手はできても、身分の高い方の相手はできないので、娼婦とは呼ばないで欲しいって話です」
「ああ、そうか」
そこで、ようやく、宰相令息が気付いた。
「彼女が言っているのは、税金を納めて運営されている娼館の娼婦――高級娼婦のことです」
「娼婦ですよね」
「高級娼婦は王族や高位貴族を客にするので、高位貴族並みのマナーと知識と教養が必要なのです」
「娼婦ですよね」
話が食い違っていた理由を理解した子爵令嬢は溜め息を吐いて言った。
「あなたの言う娼婦は、娼婦の中でも別格よ。普通はそんなマナーも教養もいらないわ」
こうして、子爵令嬢がスラム出身であったことがわかり、真面目な特待生も高級娼館出身だったことが判明した。
だが、その過程で彼女らが披露した常識のおかげで、王子たちはお花畑ちゃんとの付き合いを止めた。
真面目な特待生の知識では、お花畑ちゃんと付き合うことが”ガキみたいな馬鹿な男”である証左であると、気付いてしまったからだ。
それに物珍しいなら、お花畑ちゃんよりもスラム出身で特待生に選ばれた子爵令嬢や高級娼館育ちの特待生がいる。
『平民だから~』が如何に便利で、騙すテクニックだったか、二人の特待生の常識で痛感した王子たちであった。




