桜、舞い落ちる頃
第4話
桜が、まさに見ごろを迎えていた。
風が吹くたびに、花びらが舞い、まるで世界が淡い夢に包まれているようだった。
ようは、あの夜に約束した場所へと向かっていた。
そう──夜桜の並木道。
彼が最後に言った。「桜が散る前に、もう一度だけ会おう」と。
足元を包む花びらを踏みしめるたび、胸の鼓動が早くなる。
まだ来ていないのか、それとも、もう来ているのか。
──そして、桜の下。
彼は、いた。
浅葱色の羽織を着て、背中を木にもたせかけ、空を見上げていた。
「……来たか」
総司は、ゆっくりとようの方へ目を向ける。
その顔はやつれていたが、笑みは変わらず、ただひとつ、彼だけの優しさを浮かべていた。
「話すって言ったよね。わたしへの気持ちを、って」
「ああ……」
風が、ふたりの間をすり抜ける。
「よう、おれは──」
言葉が途切れた。
総司は咳を噛み殺すように口元を押さえる。指の隙間から、桜の色と同じ、淡い紅が覗いた。
「……っ、そうちゃん……!」
駆け寄ろうとしたようの手を、彼はやんわりと制した。
「よう、聞いてくれ。……おれは、おまえのことを、ずっと前から大事に思ってた。いや……」
言葉を選ぶように、ふと目を伏せる。
「好きだ。初めて会ったときから、ずっと。けど、おれは……もう、先が長くねぇ」
それは、まるで静かな告白。
そして、永遠の別れを告げるような声だった。
「おれは……ようの未来にいちゃいけねぇ。けど、最後に、どうしても言いたかったんだ」
ようは、震える手で彼の手を握った。
その手は驚くほど冷たくて、だけど確かに、生きていた。
「バカ……。ずるいよ、そんなの……。でも、わたしも……あなたが、好き。誰よりも、どんな未来よりも……今、あなたがいい」
その夜、ふたりはもう何も言わず、ただ肩を寄せ合って、散る桜を見上げた。
まるで、すべての花が彼らのために咲いていたかのように──