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1部

第一部: ワッフルと歯

「すみません、クレームです! さっき買ったワッフル、噛んだら歯が入っていたんですけど、どうなっているんですか!?」


電話の向こうから怒鳴り声が響く。清美は顎に手を当て、ため息をついた。もう何度目だろう、この手のクレーム。風俗店時代のトラブルとはまた違った意味で面倒だが、今や彼女はお菓子工房の経営者である。風俗業から足を洗って、まったく新しい人生を歩んでいた。


「申し訳ございません。すぐに確認させていただきます。お客様のご注文はどちらの店舗でしょうか?」


清美は、社員が目の前で震えながら電話を取り、素早くメモを取る様子を見守った。ワッフルに歯が入っていた? それが本当だとしても、そんなことはあってはならない。清美は無表情で電話を切ると、社内に響く鈴の音が鳴り響く。


「またか…」


清美の声に、周囲の空気が一瞬で凍りついた。すぐに元風俗嬢たちが集まってくる。彼女たちは今、お菓子工房で働いている。しかし、その体に刻まれたアザや傷跡は、どこか彼女たちの過去を物語っていた。


「社長、どうしますか? またあのワッフルの件でクレームが来てます。」


「確認しておくべきよ。自分たちが作ったものが、あんなことになっているなんて絶対に許せない。」


清美は立ち上がり、厨房の奥へと向かった。ワッフルの製造工程をチェックし、従業員が焦っているのを見つけると、少しだけ気を和らげて言った。


「落ち着いて。手順通りにやっているの?」


「は、はい。ですが、たまにああいう不具合が出るんです…」


「わかってる。でも、あのワッフルには歯なんて入っていない。どうしてこんなことになっているのか、しっかり調査することが大事だよ。」


清美は、口調を変えることなく冷静に言った。彼女はもともと風俗業界にいたからこそ、冷徹に問題を処理する力を持っていた。しかし、その過去が彼女を苦しめていた。


その時、社長室に一人の女性が現れた。彼女の名は由美子、かつて風俗業界で彼女を支えていた女会長だった。


「清美、久しぶりね。元気だった?」


由美子の目つきは鋭く、まるで清美の過去をすべて見透かしているかのようだった。清美はその視線を避けることなく、静かに答えた。


「元気にやってるよ。だけど、ワッフルに歯が入っているってクレームが入っててさ。どうしても不安が消えないんだ。」


由美子はニヤリと笑った。


「ワッフルに歯? また大げさな話になってるわね。まあ、それもそのうち収まるでしょ。でも、これだけは言っとくわ。あんたのところには問題を抱えた子たちが多すぎる。気をつけなさいよ。」


その言葉に、清美は何も言えなかった。元風俗嬢たちが集まったこのお菓子工房で、どうしても彼女たちの過去が顔を出すことがあった。その過去の負い目が、清美には痛みとして残っていた。


「わかってる。でも、私にはこの子たちの未来を守る責任がある。」


由美子は黙って頷いた。彼女もまた、清美と同じように苦しみながらも立ち直ろうとしていた。それが、今ではお菓子作りに精を出している姿を見て、清美は少しだけ希望を感じるのだった。


第二部: 和解と過去の鎖

数日後、清美と由美子はある飲み屋で再会していた。周りの騒音が気にならないほど、二人の間には深い静けさが広がっていた。杯を交わしながら、清美は少し疲れた顔で話し始めた。


「最初は、あんたに助けられると思ってなかった。でも、今は本当にありがとう。あんたのおかげで、みんな少しずつ立ち直れてる。」


由美子は一瞬、清美を見つめた後、にやりと笑った。


「そうね。でも、あんたが寝取った男のこと、あれは本当に面白かったわ。」


「冗談でしょ…」


清美は顔を赤らめながら、目をそらした。由美子が言うとおり、あの男、野党の実力者の息子が元々彼女の元にいた。だが、その男を寝取ったことが、清美の人生にとんでもない波乱を呼び起こした。


「でも、あの男がいなくなったおかげで、私たちは何もかも変わった。風俗業から足を洗って、こうしてお菓子の世界に生きることができたんだもの。」


由美子はグラスを持ち上げ、乾杯の音を鳴らす。


「まあ、最実力者の息子があんたに寝取られて、あの政治家も頭を悩ませていたみたいだけどね。あんたがうまく立ち回ったおかげで、和解したんだろう?」


「そう。でも、あの和解には政治家の息子がいてこそだった。あの時、私たちの背後にいた力が働いたから、やっと安定したんだ。」


「でも結局は、あんたが選んだ道だからね。」


二人はしばらく無言で過去のことを振り返った。清美は少ししんみりとした表情を浮かべながら言った。


「私はもう過去を引きずりたくない。あんな人生、二度と歩みたくない。ただ、今は、みんなと一緒に幸せを感じていたい。」


由美子は一度静かに頷いた。


「そうね。過去を捨てるのは簡単じゃないけど、やっぱり前を向くしかないわ。」


二人は、しばらくの間、グラスを傾けながら、静かに過ぎていった時間に思いを馳せた。過去の苦しみと今の安心感が交錯する中で、清美と由美子は互いに確かな絆を感じていた。


そして、過去の痛みを乗り越えた先に、ようやく見えた未来が二人に微笑んでいた。

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