12.ホットミルクみたいな時間
「あなたを愛します」なんて花言葉の花を渡されたら飛び上がりそうなほどに嬉しくて、それでも勘違いしないように必死で。
由美は時間が経っても、結局「お付き合いするのか」という単純で純粋な質問を切り出せずにいた。今更だねと緊張しながら連絡先を交換し、冷凍のピザと安い赤ワインを開けて軽く食事をしながら他愛もない話をして、日付の変わる少し前に手を繋いで眠った。
眠りが浅いと聞いてはいたけれど、翌朝先に目覚めたのは由美の方で、宙也は隣で子犬のように丸まって、由美の毛布を奪ったまま、笑顔でむにゃむにゃと寝言を話していた。
「宙也くん朝だよー、おはよー」
「……おはよう、ございます。僕寝てた?」
「っふふ、ぐっすり寝てたよ。宙也くんって朝ご飯食べる人? お米でいいなら二人前用意するけど、食べてく?」
「……ん……食べる」
眠い目を擦りながらベッドに座り、由美に両手を伸ばしてハグを要求する姿は、やっぱり犬のようだ。クリクリにカールした髪の毛は、セットしていないからか一段とふんわりしていて、思わずわしゃわしゃと撫で回したくなる。
「ん……なにするの、由美さん。あー眠たい……」
くたりと体に力を入れず、由美の肩に頭を預けるこの男は、本当に大型犬かと思ってしまう。警戒心がなさすぎる。
「ごめんごめん。つい、かわいくて。朝ご飯すぐ出るから、服着たら下降りてきて」
頭をポンっと撫でて、洗い立てのロングTシャツを彼に投げる。メンズのLサイズをパジャマとしてオーバーサイズ気味に着ている物だから、彼なら多分着られるはずだ。
「ん、ありがと……」
まだ1/3ほどしか開いていない瞳でこちらを見て、頭をこくんと動かしたのを確認して、はーいと返事をして1階のリビング兼キッチンへ下りた。
冷蔵庫から、タッパーに移した明太子と梅干しを小皿にわける。卵は小ぶりなやつを2つ、テフロン加工のフライパンへ落として目玉焼きにする。作り置きしておいたひじきの煮物も小皿に分けておいた。
冷凍庫から丸く取り分けた冷凍ご飯と、揚げなすを取り出して、ご飯はラップで包んだままレンジへ。揚げナスはお湯を沸かしたミルクパンへ、お揚げと一緒に放り込む。普段はちゃんと出汁をとるけど、こういう朝は顆粒だしにお世話になると決めている。
ご飯の匂いにつられ、さっきより少し目の開いた宙也くんが降りてきた頃には、簡単だけどしっかりとした見た目の朝食を卓上に並べ終えていた。
「えっ、なにこれ、めちゃ豪華……!」
「簡単だけど、どーぞ」
「えへへ、いただきます。朝のお味噌汁って、旅館みたい。由美さんすごい」
「はい、いただきます。……いつもはもっと適当よ。今日は特別」
人と食べる朝ごはんなんて、とてもとても久しぶりだった。最後に経験したのはいつだったか。大学の女友達と、卒業旅行に行った時が最後かもしれない。どんな風だったのかも思い出せないけれど、人との食事がこんなにも幸せな時間だったのかと、由美は胸が熱くなった。
「……っはー。美味しかった。ご馳走様でした」
出された食事全てを美しく平らげ、きちんと手を合わせてご馳走様の言える大学生。由美の中での偏見が爆発し、思わず、珍しーと声をあげてしまう。
「珍しいかな? 食事した後は、ご馳走様でしょ?」
「そんな礼儀正しい私生活の大学生なんて、存在するんだと思って」
「くくっ……。由美さん、大学生をなんだと思ってんの」
「え、人生最長で最後の、夏休み。」
「まぁそれは……、間違ってないかもだけど」
「でしょ。今やりたいことを、めいっぱい満喫したまえ若人よ」
「あーまたそうやって年上ぶる!」ぶつくさ言いながら、ぷくっと膨らませた宙也の頬を摘みながら、ふたりで分担して食器を片付け、出勤の支度を始めた。
宙也から貰った花束は、色気のない小さな牛乳瓶に刺さったまま。
翌朝になってもしゃんと背伸びしながら、たっぷりと朝日を浴びようと、懸命に顔を上に向けていた。




